_シャー芯の折れる日に_/
ニュートランス
シャー芯が折れる日に
「何の為に勉強してるのかな」
日が沈み始めた頃、帰宅して直ぐ自室で拾い上げたのは、先月あった模試の答案用紙だった。
テストには70点と記されてある。
国立大学に行けと親に言われて3年間、今年僕は受験生となった。受験まではもう一年を切っている。
3年間頑張ってきた。塾にも通って、確かに頑張ってきた筈なのに。結果は形として現れない。
“何の為に勉強しているのか”と僕が親に聞いても、明確なそれらしい答えは返ってこない。
しいて言うなら「老後私達が安心して暮らせるように」と母親は僕に言った。
クズだと思った。
僕に勉強を強いる理由がお金を稼ぐ為だと言うのなら、今の時代勉強以外にも色々な選択肢がある。
ただ親は馬鹿だから、良い大学に入って名の知れた大企業に就職する事以外お金を稼ぐ方法を知らないのだ。
馬鹿度で言えば親は僕に中山 エジソンという名前を付けた。取り返しのつかない程のキラキラネームで、学校では毎回『電球おじさん』だと変なあだ名を付けられる。
一度親には昔から好きだった絵を描く事を仕事のしたいと説得を試みた事があるが、そんな不安定で稼げない仕事じゃ私達が安心して生活できないと一蹴されてしまった。
このまま親の言いなりになって大学へ行き、就職して、僕は果たして何の為に生きているのか。
僕は悩んだ。今ぶつかっている悩みを全てノートに書き出してみたりもした。そして行き着いた先は、命を絶つという選択だった。
最近ニュースでよくドラッグの過剰摂取による死亡例をよく見かける。ドラックであれば苦しまずに死ねるのではないか。
後はドラッグをどこで手に入れるかだが……とスマホを使ってドラッグについて調べていると、自室の窓から風が入ってきているのに気づく。
窓の開口部は大きく、外には小スペースだがベランダもある。最近は風が凍てつくように寒くなってきたので窓は常時閉めているのだ。
学校から帰ってきて無意識の内に開けていたのだろうか……と首を傾げながら、寒い風がこれ以上入ってこないように窓を閉めに立ち上がる。
一瞬不審者が入ってきたのではないかと警戒したが、ここは5階だし、窓から顔を覗かせて外を見たが何もなかったので少し安堵した。
そっと腕を撫で下ろしていたその時、背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「君」と一言、声質的に女性であろう。今さっきまではこの部屋には僕以外誰も居なかった。まさか窓から? ──いいやここは5階、普通の人間なら入ってこれない。
まさか、オバケ? 高まる鼓動を手で押さえながら、声の主を確認するべく、僕は恐る恐る背後に目を向けた。
──するとそこには小柄な女性が1人、僕のベッドの上で足を組んで座っていた。
「やっ! 」
彼女は手を小さく挙げ、僕に挨拶をする。その拍子に僕は後ろへ尻餅を付くようにして倒れた。
「大丈夫かい!?」
彼女は僕を心配するかのようにベッドから立ち上がり、体を起こす支えとして手を伸ばす。
彼女に対してまだ不信感があった僕は、手を取らずに自分の力で起き上がる。
彼女は何者なのだろうか。改めてその姿を見てみると、背は低く150cmくらい。黒髪のサイドテールに目はジト目、最近よく見かける地雷系の服に上から白色のパーカーを被っている。足にはタイツを履いていたが、靴は履いていなかった。何より驚いたのが、彼女の座っていたベッドの横に置かれていた大きな鎌だった。
刃渡は彼女の身長と同じくらいの長さで、僕の所有物ではないから彼女の物なのであろう。
その異様な様子に恐怖していると、「忘れてた! 」と突然自己紹介を始めてきた。
「私の名は死神。今日は君にはとっておきの情報を持ってきたんだ」
彼女が腰に手を当てて、その小さな身長を大きく見せるかのように胸を張り出している様子に、“ちまーん”という効果音が脳裏にパッと浮かんだ。
「死神にしては、可愛い姿ですね。随分イメージと違いました」
「いつまでも同じ姿じゃ、取引相手である人間に逃げられてしまうからね。これが時代に順応するという事だよ」
案外まともな会話が出来ている事に僕は驚く。死神という空想上の存在もその可愛らしい姿のお陰で次第に恐れも薄れていった。
「さて、長話もあれだから端的に説明するよ。君、今自殺考えていたよね」
突然図星を突かれ、おどおどする僕だったが彼女は構わず話を進める。
「君の寿命はあと90年。今君は17歳だからそれはもう長生きだ。だからここで命を絶つのはすごく勿体無い」
「しょうがないんです。このまま生きたって、生きる意味がない。今の命の価値は自由になる事より軽いんです」
「そこで提案よ。今から君に自殺を止めたくなるような、とっておきの能力を授けてあげる。その代わり、十分にこの世で生きて、寿命で死んだ時、君の魂を貰うわ」
「とっておきの能力? 」
僕がそう興味を見せると、彼女は着ていたパーカーのチャックを開け、中の胸ポケットから一本のシャーペンを取り出した。
「これは君も持っている至って普通のシャーペン。この中には新品のシャー芯が一本入ってる。何か願いを叶えたい時に、この芯を一定の長さ出して折ると、その願いが叶うの。呪文とかはないわ、イマドキね」
彼女は僕にシャーペンを手渡すと「願いが重要な程折るシャー芯は長くなる。だからシャー芯の長さを超えるような願い事は叶えることができないよ」と付け加えた。
彼女に手渡してもらったシャーペンはごく普通のもので、とても願いの叶えられる特別なシャーペンとは思えない。
「どう? 取引する? 」
明らかに怪しい取引。持ち掛けられた取引でこちらが得する事はない。何か裏がある筈なのに、今僕はそのシャーペンが欲しくてたまらなかった。
嘘でもいい、嘘でもいいから自由になる為の手段が欲しい。
僕が「分かった」と言うまで時間は掛からなかった。
「そこなくっちゃ! 今からそのシャーペンは君の物。有意義に使ってね! それじゃ! 」
彼女はそれ以上の補足はせず、取引が完了したかと思うと早々に姿を眩ました。
窓が開いている。
「さっむ……」
僕は夢心地の中で、手元に彼女から貰ったシャーペンがあるのを確認し、今の現象が夢ではない事を再認識してから、空いた窓をそっと閉めた。
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