【完結】私は死神に恋をした

かずき りり

第1話

 今日は早く帰ってきてくれる事を祈っていた。

 祈っていたが、こんな事は望んでいない。


「いい加減にしろ!」

「何よ!貴方は私の気持ちなんて考えた事ないの!?」

「七年たったんだ!もう七年もたったんだよ!」

「まだ七年よ!たった七年しかたってないのよ!!」


 いつもと変わらない日常。

 否、お互い存在しないかのように振舞っていた……というか、顔を合わせる事すらしなかった両親が喧嘩しているのは、いつもと同じとは言わないのかもしれない。

 いつもは暗く静まり返っている家に、今日は何年かぶりに珍しく両親が揃った事に喜んだのは一瞬だった。

 二人は顔を合わせた瞬間、怒鳴りあった。

 賑やかな家庭に憧れはしたが、怒声と罵声を望んだわけじゃない。こんなものが欲しかったわけじゃない。


「知ってるのよ!家族よりどうせあの女なんでしょう!」

「何だと!?それならお前だって、あの男とずっと一緒に居るじゃないか!!」


 すでに壊れている家族関係に、いつから……なんて問いかける必要もない程に心当たりがある。

 壊れている……そう認めたくなかっただけで、知らないふりをしていた。

 そんな事を思いながら、私は両親が喧嘩しているテーブルの上にある、自分で用意した誕生日ケーキを眺めた。

 きっと、それすら視界に入っていないんだろうな。それどころか、私が居る事にすら気が付いていない気がする。

 そこまで思って、私は自虐的に笑った。

 私の事を少しでも思って二人は帰ってきたわけじゃない。だって、それなら私の存在を真っ先に確認するでしょう?

 二人の手に……プレゼントがあってもおかしくないでしょう?


「貴方は亜美の事なんて愛してなかったから、そんな平気な顔をして生きていられるのよ!!だから浮気も楽しめるのよ!!」

「なんだと!!!」


 浮気という言葉に衝撃を受けたのは一瞬で、そこからは目にうつる光景がスローモーションに見えた。

 母の言葉に怒った父が、テーブルの上にあった物をなぎ倒す。

 私が用意したご馳走、私が用意したお花、私が用意した。


 ――ハッピーバースデー 奈美――


 そうプレートに描かれた誕生日ケーキは無残にも床に飛び散り、両親はそれを気にとめる事もなく踏みつけた。

 バラバラになったプレート共に、私の心までバラバラになったようで――……。



 私は此処に居る

 私を見て

 私を認めて

 私を愛して

 私に話しかけて

 私を抱きしめて

 私の名前を呼んで



 望み続けていた事を、このまま望み続ける事は無駄だと悟った。

 愛される事を諦めた。

 自分を見てもらう事を諦めた。

 私の存在を知ってもらう事を諦めた。

 ……生きる事を諦めた。


「――バイバイ――」


 私のそんな小さな言葉は、大声で怒鳴りあっている両親の耳に届く筈もなく、私はその場から立ち去った。

 否、その家から出て行った。

 何も望まず、何も持たず。

 その場から子どもが去った事も、玄関の扉が閉まった音も、親と言われる二人は全く気が付かず、お互いを罵りあっていた。

 そんな私の誕生日は珍しく大雪で、羽織るものも持たずに薄着のまま出てきた私の身体に、雪は遠慮なく積もっていき、夜の街灯だけを頼りに死ぬ場所を探して駆け出した。

 凍えそうな冷たさも、足が雪に埋もれる事もかまわず、少しでも早くこの場を去りたかった。

 追いかけてくるわけがない、そう思っていても、どこか心に焦りが生じていた。

 期待しても無駄なのに。

 それでも諦めきれない何かが心の中にくすぶっていた。



 十二月二十六日

 私、小林 奈美にとって十五歳の誕生日を迎えた日でもあり、両親の愛を諦めた日で、死ぬ事を決めた日となった。




 生きる術なんて持っていない、否、持てないと言った方が良いのだろうか。

 現代社会で中学三年生が一人で家を出て生きていく方法を知らない。児童養護施設とか言葉だけは聞くけれど、助けを求める気力も、もうない。

 もう少し我慢すれば……そう思うけれど、ずっと我慢し続けてきた。既に心は疲弊して粉々に砕け散った。

 小学二年の時から狂ってしまった家庭に……愛情のない生活に……寂しさに……孤独に。

 一筋だけ流れた涙は外気の冷たさを更に感じさせた。


「あっ」


 ずっと走り続けて疲れて果てた足はもつれて、もうすぐ歩道橋を登りきるという寸前で、雪のおかげで見事に滑った。

 人間の条件反射と言うのだろうか、思わず手すりを掴もうと手を伸ばしたが、それは叶う事がなかった。

 夜空から降り落ちてくる雪が目に焼き付く中、私はそのまま落ちていった。

 暗い世界に街灯の光と舞い落ちる雪を綺麗だと感じながら、幸いというか何というか……このまま死ねる事だけを祈っていた――――。



 昔の暖かな家庭を

 家族四人で囲う食卓を

 楽しい団らんを

 笑い声で賑わう生活を


 走馬灯のように思い出しながら




 ◇




「おーい」


 遠くのような近くのような、反響したかのような声が耳に届く。


「ねぇ、おねーさん?あ、違うか」


 意識が浮上してきたのか、男性の声が自分のすぐ近くから聞こえている事を認識できた。

 私を呼んでいる……?と思ったけれど、私はまだ十五歳になったばかりだ。お姉さんと言われる年齢でもないような……?というか男!?


「え!?」

「あ、起きた」


 思わず目を開け身体を起こすと、目の前には前髪が目にかかり、ボサっとした感じの地味な男が立っていたが、それ以上に驚いたのは今自分が居る場所だ。


「ここ……は?」


 真っ白な空間に光が漂う光景は現実味がない空間となっていて、思わず自分の目を疑った。

 地平線と思える程に延々と広がり続けている白い空間は爽快どころか、ただただ不安を掻き立てるほどに何もなく、漂っている光は何かの明かりとかそういう物じゃなくて、本当に漂っているのだ。何もない空間に光だけが、ふわふわと。

 思わず自分の頬をつねるが、痛みなんて全くない。


「……夢か……」

「…………幽体ってやつかな…………」


 何もない空間の中、唯一居る私以外の存在である男の人は、どこか言いにくそうにそう答えた、と思ったらいきなり思いっきり頭を下げた。

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