餓鬼

塚本ハリ

第1話

 よう、久しぶりだな。ずっとコロナで外食もあんまりできなかったし。

 あ、生二つね。

 いやね、ちょっと同じ課の連中には聞かせたくないってのと、法務部にいるお前なら、弁護士さんとか紹介してもらえるかもしれないかなって……。


 あ、どーもどーも。えーっと、それじゃあね、フライドポテトとメガ盛り唐揚げ、枝豆、それにアジフライ二つね。それから、煮込みも。

 じゃあ、まずはカンパーイ! ……ふぅっ、生き返るなぁ。あ、このお通し旨いよ。ナスの揚げ浸し。冷たくしたの、俺、好きなんだよねー。


 ……あー、うん。嫁のことなんだ。え? いやいや、離婚とかそういうのではないんだ。じゃないんだけどな。何か最近、ウチの嫁が宗教じみてきててさ。毎日朝起きたら灯明を灯してな。で、ご飯とかお菓子とかお水とか供えてお経あげているんだ。嫁の実家? いや、別にそんな宗教団体とかに入っているわけでもないし、ごく普通。うん、そりゃ仏壇とか神棚はあるけど、典型的な日本人の宗教観だと思うぜ。子どもいるから、クリスマスもやるしな。


 あ、どーもどーも。そんじゃまぁ、食べながら話そうよ。冷めないうちに食うのが、料理に対する礼儀ってもんだろ? あ、すいません。追加でチキン南蛮もらえる?


 いやね、きっかけは三カ月くらい前かな? 休みの日だったんだけど、嫁の知り合い合って言う人がウチに来たんだ。それが、いわゆる霊能者だっていうんだ。歳は……うーん、嫁と同じくらいじゃないかな? いや、そんな変な恰好してなくってさ。普通にワンピースとか着てて、どこにでもいるその辺の人って感じ。あ、ただ、数珠は持っていたな。


 ……ねぇ、それ食べないの? 冷めちゃうじゃん。もったいないから俺が食ってやるよ。あ、すみませーん。ビールお代わりね!


 えーと、どこまで話したっけ。そうそう、霊能者ってのが来たってとこね。そんな人に会うなんて初めてだったしさ、でも胡散臭いじゃん? だから何か高い壺とか買わされないようにと思って様子を見に行ったんだよ。そしたらさぁ、挨拶もそこそこで俺の顔をじーっと見るんだよな。

 で、こう言ったんだよ。

「お宅のご主人様、餓鬼が憑いていますね」って……。


 ああ、すまんすまん。食べないからいいのかなって。そうか、取っておいたのか。そう怒るなって。まぁいいじゃん、もうひとつ頼もうよ。すいませーん、アジフライ、追加でもうひとつ! あ、あと串揚げ五点盛りもお願い!


 ……それにしてもさぁ、そんなこと言われたって冗談じゃねぇのって。だいたい、餓鬼って何だよって。その霊能者が言うには、ウチのご先祖……っていっても、そんな古いものじゃなくって、終戦前後の話らしいんだけどさ。若い男――おそらくは兵隊と、小さい子どもの姿が見えるんだって。そいつらが、戦争でろくに物も食えなくって栄養失調で死んだ上に、ちゃんと供養されていないので餓鬼と化しているって言うんだよ。そんで、そいつらが子孫である俺にとり憑いているんだってよ。

 何でって? そんなの俺だって分かんねぇよ。


 ……ってかおい、それ食わないならもらうぞ。あ、食うの……? そっか、食うのかぁ。そうかぁ……。


 そのご先祖? それがどうも本当にいたらしいんだよね。その数日後さ、実家の庭でバーベキューやろうって話になって。その時に嫁が「ご先祖にこういう方はいますか?」って聞いたんだ。そしたら親父が嫁の話を真に受けてさ。仏壇から、過去帳を引っ張り出したんだよ。ああ、確かに昭和二十年に、フィリピンで戦死した人がいたんだ。確か、ひい祖父さんの二番目の兄……って話だったな。

 親父曰く「当時の南方戦線は、マラリヤとか餓死者がほとんどだったらしいから、その霊能者の言うことも間違ってはいない」だとさ。

 そしたら、今度はオフクロの方が「そう言えば、ウチの実家のお祖母ちゃん、満州からの引き揚げの時に二歳の弟を亡くしたって言ってたわ」って追い打ち掛けやがったんだよね。つまり、父方の兵士の幽霊と、母方の子どもの幽霊が、ダブルで俺にとり憑いているってことになるんだな、これが。

 まぁ、正直言って俺はまだ信用しているわけじゃねぇんだ。だいたい、あの時代ならそんな風に死んでいる奴なんてザラにいるだろ? それっぽく言えば大抵は当たるって言われるんだよ。どこの家にも一人や二人、戦争で死んでいる奴はいるんだし。そうそう、ハッタリだよ、ハッタリ。霊感商法でよく使う手なんだよな。


 あー、最後の一個! 何だよぉ、食おうと思っていたのに。え、さっきの仕返しだって? もう、食い意地張ってんなぁ、お前も。あーいいよいいよ、すいませーん! ビールお代わり!あと、チーズボールと豚キムチ追加で!


 けどまぁ、問題はそこじゃねぇんだな、これが。そもそも何で霊能者なんか呼んだんだ?って話になってな。そしたら、嫁のやつ、俺がやたらに食うから心配なんだって言いだしたんだよ。何言ってんだ、お前の料理が旨いからだよって笑ってやったんだけどさ、アイツ、笑わねぇのな。

 いや、のろけるわけじゃないけど、アイツは料理上手なんだよな。いっつも台所で何か作っているし。ただ、本人はあんまり食わねぇのよ。

 なんか食うのも遅いし。俺さぁ、できたての料理が冷めているのって、見ていられないんだよな。熱々のをハフハフ言いながら食うのが一番だろ? 食い過ぎだって文句言うけどさ、せっかく作ったものが放置されているんだぜ、もったいないじゃなねぇか。

 つーかさ、俺が稼いだ金で飯作っているんだから、そんなに文句を言われる筋合いはないよなぁ。この前も冷凍庫のアイスを勝手に食ったってヒス起こしていたけどさぁ。俺のこと、食い意地張ってるだの意地汚いだのって言うけど、アイツだってアイス一つで何をぎゃーぎゃーぎゃー言ってるんだよ、そっちこそ意地汚いじゃんってな。


 あれ、それ何? へー、とんぺい焼き! いいなぁ、ひと口くれよ。いいじゃん、ひと口だけ! うーん、旨いなぁ。


 今かい? その霊能者のアドレスに従って、毎日のお供えと読経がな。うち、仏壇が無いんだけど「リビングの片隅に小さいテーブル置いてお祀りするスペースがあればいい」って言われてさ、陰膳って言うんだっけ? ままごと遊びみたいな小さいお膳にご飯とか供えているんだ。あと、線香を付けて般若心経とか唱えてる。最近だと、子どもたちも一緒になってやっているから、薄気味悪くてさぁ……。


 あー、すいません。肉巻きおにぎり二つください! あと、ウーロンハイ一つ追加ね!


 腹立つのはさぁ、子どもたちが「何でお祈りするの?」って聞いた時! アイツ、俺の方をチラッと見ながら「パパが食べ過ぎないためよ」って抜かしやがったんだよ! 腹が立ったからさ、後で陰膳の飯とか、お供え物のお菓子とか、全部食ってやったんだ、アハハ。

 そしたらアイツ、めちゃくちゃ怒ってさぁ〜。

 非常識だの、食い尽くし系だのって、うるせぇの何のって……。

 まぁ、そう言うわけでさ。何か変な宗教にかぶれているみたいな感じなんでさ。そのインチキ霊能者とか訴えられるかな〜って。霊感商法とかに詳しい弁護士、いないかなぁ。


 ……なぁ、隣りのカップル、さっきから話ばっかりで全然食ってないよな。もったいないなぁ。食ってやった方がいいかねぇ。


「なぁ……その霊能者は間違っていると俺も思う。お前に餓鬼が憑いている、ってのは違うな。むしろ、お前が餓鬼そのものなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

餓鬼 塚本ハリ @hari-tsukamoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ