ポンチ―カン!

藤原くう

第1話

 ジーパンを叩きつければ、いよいよ僕が身にまとっているのはパンツしかない。靴下はとっくの昔に脱がされている。


 目の前には雀卓があって、席には幼馴染と友達が座っている。


 三人全員、服を着ている。いやまあ、靴下を脱いでいるやつとかブラジャーから脱いだやつもいるけど、僕と比べたら軽傷だ。


「これはどういうことだっ」


「どういうことって、脱衣麻雀でケイが負けてるところ?」


「それはわかってる! どうしてこうなったかって話だよ!」


「実力では? ケイさんは一度も和了あがっていません」


「そりゃそうかもしれないけどさ、ここまで和了れないってのもおかしいよ」


「う、運のせい」


「だよな! ヒカリはよくわかってるな」


 僕は今、友達と麻雀をしていた。ただの麻雀じゃない、男のロマンの一つ、脱衣麻雀だ。……現状は僕だけが半裸になっているけども、まだ南場、ここからだ。それにラス親だって残っている。


 ルールは簡単。振り込んだら脱ぐ。ラスを引いたら脱ぐ。それだけ。


 上家に座るのは幼馴染のサクラだ。生足をプラプラさせるサクラはまだ靴下しか脱いでいない。僕と一緒であんまり打ったことないって聞いてたんだけどなあ。どこで差が付いたのか。


 対面はクラスメイトのレイ。メガネをくいっとさせて知的な雰囲気を醸し出している。先ほど和了したのもレイで、メンタンピン赤の満貫である。……振り込んでしまったのが悔しい。


 最後に下家のヒカリ。友達だ。僕なんかよりもずっと頭がいい。胸を張ってもいいのにいつももじもじとしている。中性的な見た目は、どことなく女の子とよく見間違われるらしい。かわいいってのも大変だ。


 そしてこの僕がケイ。女子の前でパンイチになっているのが僕だ。すごく情けない。情けないけど、ここでやめるわけにはいかない。


 僕だけが服を脱ぐなんておかしいだろう。


「いや、自業自得では?」


「正論で殴ってくるのはやめて! 僕だって何となく思ってるんだから」


「まさかケイがここまで弱いなんてねえ」


「おまえだって初心者だろ!」


「でも勝ててるよ?」


「だから、なんか仕込んでんじゃないかって言ってんの。イカサマ」


「マンガの見すぎじゃないの? そんなことできるわけないじゃん。わたしを誰だと思ってるの?」


「そうだとも、期末テストの成績を思い出してみたまえ。彼女は下から数えた方が早い」


「確かにイカサマなんてできるほどかしこくないか」


「そもそもサクラさんはイカサマしてないよ……?」


「なんだかしゃくぜんとしないけどまっいっか」


 次やろうよ、とサクラは言う。この能天気なところが、バカっぽいんだよなあ。


 僕は頷いて、卓へ身を乗り出す。みんなで牌をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。全自動じゃないから、こうするしかない。そうやってかき混ぜたところで、ヒカリの手によって青い牌が積み上げられていく。並べるのは、ヒカリの仕事だ。僕たち三人はネット麻雀しかやったことがないけど、彼は家族で打つんだとか。


「毎回ごめんな」


「う、ううん。慣れてるから……」


「そうか。うん、それならいいんだけど、嫌だったら言ってな」


「イヤじゃないよ。ケイさんの頼みだから」


 ヒカリは俯きがちに牌を並べていく。その流れによどみはない。


「あ、またケイがヒカリくんをたぶらかしてる」


「たぶらかしてるって」


「だってそうじゃん。こんなかわいらしい子にそんな言葉かけちゃうなんて、わたしだったら好きになっちゃうな」


「嘘いえ」


「ウソじゃないもん。わたしはケイくんのこと好きだよ?」


「……何が望み?」


「ドラ!」


 誰がやるか。


 牌が積み上がり、親から取っていく。南一局の親はヒカリだ。そっからレイ、サクラ、そして僕と続く。


 最初に親が山から牌を取り、捨てていく。14枚の牌で4面子1雀頭をつくるゲームだ。あと一個あれば和了れますよってなったら、リーチって宣言することもできる。


 先ほどメンタンピンと言ったが、リーチタンヤオピンフのことで、これを狙うのがいいよ、とヒカリが教えてくれた。


 だというのに。


「ポン」「ポンポンっ!」


「おい」


「なにさ、ケイ。ドラは上げられないよっ」


「いや別にいらないけどさ。そんなんで和了れるのか?」


 ポンポンと二連続で鳴いたサクラの手は、ヒカリが狙うべきだと話していた手からは大きく離れている。これ、ホンイツでもないし、字牌のバックとかトイトイくらいしかないぞ。


「見てなさいって」


 僕が切った牌さえもサクラはなく。そして、次の手番で。


「カン!」


 勢いのある発声とともに、引いた牌をポンしたところに持っていく。ダイミンカンってやつだったと思う。基本的にしちゃだめだよ、ってヒカリは言ってたけどなあ。


 王牌のドラ表示牌がめくられる。


 新しく増えたドラは、先ほどサクラがカンした牌。


「おかしいだろ絶対!」


「ツモっ」


 サクラが手牌を倒す。字牌なし、しかもすべて暗刻というわけでもない。


 つまり、これは。


「リンシャンだけじゃねーか!」


「いいじゃん別に! これもれっきとした和了だよ! 差別だ! 人でなし!」


「こんなん運ゲーだ」


「運で決するのであれば、こういうこともあるのでは?」


 正論が、正論が痛い。


 僕は何も返すことができなくて、ため息をつく。ツモなので、サクラ以外の三人が点棒を払うこととなる。一人だけじゃないからいいけど、また一歩トビに近づいてしまった……。


 このままだと負けてしまって、誰にも見せたことのない全裸を友達に――しかも異性に晒さなければいけないのだろうか。想像するだけで、どうにかなってしまいそうだ。


 気持ちで負けたらだめだ。レイの言う通り、先ほどのは運だったに違いない。偶然。ビギナーズラックというやつだ。


 そうしている間に、親番はレイへと移動する。


 手牌はっと、うおっ国士リャンシャンテンじゃないか。あとイーピンと南があれば聴牌だ。さっきサクラの方にあった運が僕の方へとやってきたらしい。


 これを上がることができたら、一位だって夢では――。


「それ、ロン」


「は?」


「だからロン。5200ね」


「リーチしろよっ」


「いやだって、君の手牌高そうだったし」


「親だろ」


「親だからといって、適当に打っていいわけではない」


「確かにその通りだけどさあ、僕の時にやらなくたって」


「私だって勝ちたいからな。服を脱ぎたくはない」


「脱ぎたくないやつは、ブラジャーから脱いだりしない」


「あれは下着ではないか。何を恥ずかしがる必要がある」


 胸を張った拍子に、レイの胸がたゆんと揺れた。制服越しにわかるその立派なものは、男子どころか女子からさえ羨望のまなざしを受けている。見てはいけない

と思いつつも、視線が吸い寄せられてしまうのは、男の性というものなのかもしれない。


「ふふふ、見たければ好きなだけ見てもいいぞ」


「え、遠慮しておきます」


「まったくうぶだなあ」


 滅茶苦茶熱い。エアコン効いてないのかな。二十五度だったわ。むしろ効きすぎているくらいだったけど、まったく寒くなかった。


 レイと話しているといっつもこんな感じでからかわれてしまう。いつか見返してやりたいとは思ってるんだけど、その機会は今のところ来ていない。


 と。その時不穏な視線を感じた。主に左から。


「なんだよ」


「別にー」


「その言い方は何かあるやつだ」


「何もないってば。……イチャイチャしやがって、なんて思ってないよ」


「思ってんじゃん。っていうか、今のがイチャイチャに見えるのか? からかわれてただけだろ」


「ふうん。ヒカリくんはどう思う?」


「ぼ、ボクですか。えっとそのう……」


「おい。あんま、ヒカリをいじめんなよ」


「いじめてなんてないですけど。それに、ヒカリくんも気になってると思うし」


 ヒカリの方を見れば、顔を真っ赤にさせて首をぷるぷる振っている。その手元には牌が握られていたけども、くるくると回転させている。無意識にやっているのだろう。すごくかっこいい。


「それ、癖なの?」


「そ、そうです。おとうさんがしてて、かっこよくって。ま、マナーが悪いですよね……?」


「別にそう思わないけど。僕もかっこいいって思うし」


「か、かっこいい!?」


「うん。教えてほしいくらい。どうやってやるの?」


 僕が、ヒカルの方へと身を乗り出すと、ヒカリがぴょんと飛び上がる。椅子に座っているのに、器用だ。その視線はおろおろとしている。そんなに怖がらなくてもいいのに。まるで、小動物みたいだ。かわいがってあげたくなってしまうじゃないか。


 そのかっこいい癖――小手返しというらしい――を教えてもらっている間、女性陣からは恨みがましい視線を頂戴することとなってしまった。なんでだ。

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