第77話 ルーナ村の役目
「どう? あたしが作った村はいい所でしょ?」
馬車をトコトコ走らせながら、流れゆく村の景色に圧倒される。
何度も思うが、村というよりは街のレベルだよなここ。
しかも構成員の殆どが非純人種というのが、ポイント高い。
「うん。アブテロみたいで凄いと思う」
「そうでしょう。まあ、そのアブテロ……というかネイブルの発展自体にあたしもかなーり関わってるんだけどね」
「えっ」
マジかよ……と一瞬驚くけれど、そういえばこの人は何百年も前から別人に成り代わってネイブル国で権力者をやっていたらしい人だ。ネイブルの発展に関わったどころか、裏で操っていると言われても違和感はない。
「でもそれなら、この国を純人以外でも住める場所にしてくれたらよかったのに」
「うぅむ……痛い所を突くわね。あたしもその辺から何とかできないか色々頑張ったのよ。でも、長年純人に化けて暮らしていく中で、そんな大層なことを成し遂げるにはあたしだけの力では到底足りないって悟ってしまったの。それほどに純人社会が持つ非純人への潜在的な差別感情は強いものなのよ」
「あたしに出来たのは水面下で保護しやすい環境を作ることだけ」と肩を落としたルーナさんは付け加える。
「ご、ごめんなさい。私はべつにルーナさんを責めてるわけじゃなくて……アイサさんもリソンさんもそんなに睨まないで……」
リアはつい口走ってしまったことを後悔する。
保護の環境を作ることだけで、相当な苦労があっただろうに。失言だったな。
「アイサ、リソン、やめなさい。リアちゃんが言うことも当然のことなの。あたしたち大人の力が足りていれば、もう少し沢山の人を助けることが出来たかもしれないのだから」
ルーナさんが彼女たちを諫めるも言い過ぎたことには変わりない。
「それにあたしは諦めたわけじゃないのよ。今でも少しずつこの世界を変えようと足掻いてる。色んな意味でもっと力をつけて、獣人やエルフが安心して暮らせる国を作ることが出来たら。その発展を支えることが出来たらってね」
そんな気持ちを吐露することによって、ようやくリアに厳しい視線を向けていたふたりは笑顔に戻る。
そして、丁度そのタイミングで馬車はゆっくりと動きを止めた。
馬車が停車した先には体育館くらいの広さの巨大な平屋の建物がある。
「あたしが数百年かけて積み上げてきた成果を見せるわ」
そう言って、ルーナさんは目の前に聳え立つ大きな扉をゆっくりと開け放つ。そして、そこにあったのは──
「工場?」
リアが思わず口にした単語、まったく同じものに俺も思い当たった。
平屋の中には何列にも並べられた机があって、大体30は下らないほどの人数がそれぞれのスペースで作業を行っている。
とある「モノ」を金槌で叩いていたり、表面を指でなぞっていたり、水晶のようなものにかざしていたり。
そして、その「モノ」とは。
「あれ、見覚えあるんじゃない?」
したり顔でルーナさんはリアに問いかける。
彼女の言う通り、それに見覚えがある。……どころか冒険者になってからは毎日のように使っていたし、リアは何度も解析をしていたアレ。
「冒険者証!」
そう、アレとは冒険者証。冒険者証といえば、そのまま冒険者ギルドに所属する証であり、特定の国に所属しない人間の為の身分証明書でもある。
名前や魔法位など個人の簡単な情報が一目でわかるようになっているのだが、このカードの真価はそこではない。専用の器具を通すことによって、現在の冒険者ランクや今まで受けた依頼の情報や立ち寄ったギルドの履歴など、個人のさまざまな情報を管理することが出来るれっきとした魔道具なのだ。
そういえば、リアがシャフルの街で冒険者証を発行した際に受付のお姉さんから聞いた話がある。
この魔道具の技術はアブテロのギルドにいるお偉いさんが開発し、普及させたという。
うん。それ、ルーナさんのことだな。
技術や製法が秘匿とされていると言っていたが、まさかこの村で作っていたとは。
「ここでは冒険者証を作る過程のうち、魔法術式の『定着』を行っているのよ」
「ていちゃく」
「そう。つまりモノに仕込んだ魔法術式を発動体として定着させる作業ね」
「なるほど」
いや、なるほどじゃないが。
今のやりとりだけじゃ分かりづらいので、俺なりに解釈する。
『定着』とはつまり、魔法術式を言語化した魔法陣的な模様、アレをただの模様でなく魔法を発動させる模様に進化させる作業といったところか。
……上手い事解釈できたつもりはない。
とにかく、机の上でカードの表面を指で撫でている人たちがその作業に当たっているという。
「冒険者証に限らず、魔道具というものは魔法術式を刻めば誰でも好き勝手に作ることが出来る、というものではないの。モノに持たせる魔法的機能に対して十分な理解があって、かつその実行が可能なほどの魔法位である。これが必須よ」
刻まれた魔法術式に沿って魔力を流し、魔法として発動の準備をさせることで魔道具として機能するという。
つまりあそこで冒険者証を触っている人は皆、あの魔道具に込められた機能を十分に理解しているということ。
「ここまでの人材を育て上げるのは本当に大変だったわ」
そうだろうな。魔法を本当に理解して使うのは本当に難しい。リアはいつもなんてことなくこなしてしまうのだが、俺には未だに出来ないことだ。考えなくとも身体が覚えている魔法、つまり魔法スキルを使うので精一杯。
そんな難しいことを人に教えるのだから、並大抵の理解では済まない。
しかもこの村には冒険者証の工房だけではなく、その他様々なジャンルの魔道具を作る工房があるという。一体それだけの人材を育てるのに、ルーナさんはどれだけの月日を費やしてきたのだろうか。
「そういえばカンザ師匠と行った建築現場で聞いたよ。最近は色々便利な魔道具が沢山出回っていて、魔石の値段が高騰してるんだって」
「ああそれね。勿論全部この村で作った魔道具よ。魔石加工品と称してどんどん市場に流しているの」
「ええ……」
ということは。
「かなり儲けさせてもらっているわ」
ルーナさんはふと悪い笑顔を見せる。
彼女が非純人勢力の為に長い年月をかけてコツコツやって来た成果。それは今のアブテロにおいて大量の魔道具を流すことによって得た富だった。最近はその富を利用して、また更に金儲けの種を作っているという。
そして経済的な余裕が出来た事で、今までよりも多くの奴隷獣人を保護しているらしい。
やはり事を荒立てず目的を達するには金が必要になるのだ。
「それでね、どうしてあなたにここを見せたかというと……」
言いながらルーナさんは作業台から小瓶をひとつ持ち出す。
中には青色の液体が入っており、ラメパウダーのように流動しながらキラキラと七色の光を反射させていた。
「これは何かわかるかしら?」
「え、うーん……」
実際に小瓶を手に取ってみる。
液体は使い込まれたエンジンオイルのように粘度が高い。
ただじっくり見てみると、ただのドロドロとした液体ではなく、何か力を感じられるのがわかる。
この世界において、こういう不思議パワーの正体は大体アレだ。
「なんとなくだけど、魔力を感じる。……もしかして、これって魔石?」
「あらわかる? これは≪青≫の魔石を使った塗料なのよ」
「塗料……。これで何かを塗る? いや、描くのかー。ということはこれで魔法術式を?」
魔道具に内蔵されているという言語化された魔法術式。つまりあの魔法陣みたいな模様はこの塗料を使って描くらしい。
「そうそう。塗料の他には糸にして刻む方法もあるのよ」
今度はモールみたいにゴワゴワした糸玉を渡される。
「でもどうしてこれを?」
「いえね。あなたって魔法の達人でしょ?」
「達人ってそんな……別にちょっと得意なだけだし」
「にやけ顔が隠しきれていないわよ。……とにかく、あたしが知る中で魔女様の次に魔法の才能がありそうなリアちゃんに、ひとつ依頼をしておきたくてね」
「魔女の次に……」と、変な部分に引っ掛かるリアを他所にルーナさんは話を続ける。
「魔女様から頂いた魔道具の内、唯一あたしが解析、複製できずに諦めちゃったものがあるのよね。まあ、それなんだけど」
彼女の目線がリアの肩掛け鞄に行く。
この鞄……ではなく、中に入っているマジックバッグのことだろう。
「あなたなら解析できる気がしてね。もし出来るなら複製して、是非あたしたちに売って欲しいのよ。あれはどんだけあってもいいからね」
「ああ依頼ってそういうこと」
「別に急ぎじゃないし、旅の途中適当に進める形でいいから」
ルーナさんとしても、リアに作ることができたら儲けもの程度の考えだったのだろう。
だがリアの魔法に対する熱意を舐めてはいけない。
「実はもう解析終わりそうだったり」
「……え、マジ?」
ニコニコしていたのが、一転真顔になる。
「言っても2年前からずっと解析続けてたからね。かかった方だよ」
「いや、あたしは200年くらい続けてるんですけどー!」
200年か。その丸々を解析作業に費やしてきたわけではないだろけど、数字のインパクトとしてはスゲェな。
「とにかく、マジックバッグ量産計画に一歩近づいたわ」
「でもさ、そもそも複製なんてそんな簡単にできるのかな?」
設計図を書くことが出来るからって、そのものを作れるとは限らない。
俺たちは魔道具作りなんて一度もしたことがない。そんな俺たちでもあんな凄い魔道具を作ることが出来るのだろうか、というごく単純な疑問。
「簡単ってわけにはいかないでしょう。でも、解析出来るなら後は何とかなるわよ。見本だって自分で持ってるんだから」
「まあ、確かに」
そうか。魔法術式などは、そのまま持っているマジックバッグのものをパクればいいんだ。
そう思うと、あとクリアすべき大きな課題は先ほどの『定着』の工程くらいか。
「というわけで実際に魔道具作りの流れを体験してみましょう」
突然、プチ社会科見学が始まった。
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