妹エルフちゃん、修正パッチ適用済み

猛虎たん

サバイバル

第1話 転生するエロゲーマー

 俺、間地まぢみなとは徹夜明けの重い頭で大学へ続く大通りを歩く。


 今日、待ちに待った18禁美少女ゲームブランド『らいむソフト』の新作タイトルが発売され、俺は日付が変わってから夜通しで攻略に勤しんでいた。


 眠い、眠すぎる。


 今日は1限から講義があった。それなのに、徹夜なんて馬鹿を強行したのは『らいむソフト』が俺のお気に入りのエロゲブランドだったからだ。


 美麗なグラフィック、可愛らしくエッチで個性豊かなキャラクター、凝ってはいないが安定感のあるシナリオなど、このメーカーは中高生向けエロゲメーカーと揶揄されるほど、基本にのっとったいい作品を毎回出してくれている。こんなの発売当日にプレイしないとメーカーさんに失礼だろう。


「はぁ……」


 頭が重い。


 流石に一晩では1ルート終えるところまではたどり着かなかった。夕方家に帰るまでのお預けだな。


 らいむソフトの新作『花束*ヴァイオレットマジック』は、普段から現実世界に即した作品をよく作っているらいむソフトには珍しく、ファンタジー世界にある学校を舞台にしたタイトルだった。登場人物たちは魔法を使い、魔物が現れ、そしてエルフやセリアンスロープといった架空の人種も登場するちょっぴりエッチなファンタジー系恋愛ADV。魔法学院を舞台に、同級生、後輩、先輩、先生といった属性のヒロイン達とイチャイチャする、共通パート終了時点ではよくありがちというのが印象の作品だ。


 まあ、過度な期待はしていない。ささくれた大学生の心を癒してくれさえすれば、万札を出した価値はあるというもの。


 今の所性癖に刺さったのは、エルフのユノちゃんかな。先輩キャラであり、悲しき過去を抱えた儚げな雰囲気の美少女エルフだ。


 適当に選択肢を選んでいたら彼女のルートに入ったのだが、未だに彼女とは初体験すら終えていないのだ。ああ、早くエルフのユノちゃんに会いたい。


「…………ねみ」


 俺は目をシボシボさせながら、交差点で信号が変わるのを待っていた。


「ふぁ~~~」


 一度大きな欠伸をかます。閉じた目を開いた、次の瞬間だった。


 ガシャンと何か重い物のぶつかる音が聞こえた。


 どこだ? どこで何がぶつかったんだろう。ぼんやりと考えていた俺の目の前に、突然黒塗りの高級車が現れた。そして、その車はこっちへ向かって来ていて──


 あれ、このままだと俺にぶつからない?


 やけにスローな感覚で事態がハッキリと飲み込めた。


 ふんふん、なるほど。対向車線とぶつかってそのままこっちへ来たと。うん、避けられない。折角ゾーン入ったけども、この状況を覆すことは出来なさそうだ。じゃあ、どうなる? 死ぬ? えっ、死ぬの?


 こういう時どうすればいいんだろう。「死にたくなーい」と心の中で叫び続ければいいのか。それとも諦めて無の境地に達するのか。


 とりあえず俺は走馬灯的なものを見ることにした。浮かんできたからな。


 幼稚園、小学校に中学校。高校では初めて彼女が出来た。一年後には別れたが……。その後、大学生活はバイトとエロゲに費やす日々。


 まるで人生のおさらいだ。そして、思い知らされたのは俺の人生の薄っぺらさ。


 だって、最後の方エロゲの記憶しかないんだもん。こんな人生なら何の未練も無く逝ける──わけあるかい! 俺はまだ『花束*ヴァイオレットマジック』を終えてないんだよ! 積みゲーも一杯あるし、未発売の期待作だってある。どうしてこんなところで死ねようか。


 ユノちゃんのルートもまだ中途半端なんだぞ。ここで終わってたまるか!


 と焦り出したものの、向かってくる車との距離はどんどん近づいていき、俺の意識は暗転していく。


 そして、次の瞬間、カメラが切り替わるように今までとは全く違う視界が広がった。


 そこは暗くて狭い空間だった。古ぼけた木のにおいと、下から細かく突き上げてくるような振動。視界の端っこには穴のようなところから光が漏れている。


 ゴトリ、重い音が鳴り響いた。


 それは手錠? いやもっと物々しいやつだ。時代劇に出てきそうなガチで罪人にはめる鉄の筒のやつ。それが解除された状態で床に落ちていた。


 って、あれ? 身体に妙な違和感が……って、動かないし。というよりも勝手に動いている? 瞬きすら自分のタイミングで出来ない。なんだこれは?


 視界から子供のように細く短い手足と灰色に汚れた髪が認識できる。つまり、この身体の中に俺の意識があるということだ。


 何がどうしてこうなったんだ? 手掛かりすらないが、何とか今の状況を思い出そうとする。すると、急激に何かが頭に流れ込んでくるような感覚に陥った。






『ジィクスィ シーリャン リフト ゾウン ラグ エルフ!』


 太ったヒキガエルみたいなオッサンが唾を飛ばしながら言った。日本語ではなかったが、何故か意味は母国語のように理解できた。ちなみに内容は「600万!? ぼったくりやろ!?」的な感じ。まあ、つまりは値段交渉だ。


 オッサンの視線は時折こちらに向けられていた。


 以下日本語でお送りします。


『エルフといっても≪黒≫だぞ? しかもこんなに醜い……せいぜい50万ガルドだろうが』

『いえいえ、それがコレに関してはそうはいかないのです。実は同じ巣で捕らえた姉がそれはもう美しい≪黄昏≫でしてね。血を分けたコレにも将来性があると判断したのです』

『なに!? その姉はどこに!?』

『申し訳ございません。既に売却済みです。他のエルフも……』

『くぅ……では、この出来損ないしか残っていないのか。しかし、まあ、幼い故の伸びしろを考えると……』

『そう、600は是非ともいただきたいところです』

『ぐぐっ……高い! が、買った!』


 そんな会話が繰り広げられるのを、力ない目で見上げている俺ではない誰か。


 これは奴隷として売られてしまった少女、ヴィアーリアの記憶だった。


 青空奴隷市であのオッサンに買われ、商品として木箱に詰め込まれた。そして、ドナドナ。今ココ。


 いやわからん。もう少し、記憶を巻き戻してよう。


 買われてしまう前を思い出そうとする。すると、まるで動画をダウンロードするみたいに、また瞬時に頭へ情報が流れ込んできた。


『リアァァァァ!! 逃げてぇぇぇ!』

『お姉ちゃん!!』


 森が燃えていた。周囲には数えきれないほどの兵隊たち。その塊にむかって、が氷の魔法を放っている。


 姉。ああ、そう姉だ。種族はエルフで名前はユノ。ヴィアーリアとは二十歳離れた、エルフにしては比較的年齢の近い姉だ。


 彼女には魔法の才能があって、魔法位は≪黄昏≫。それは魔力の量、質ともに確認されている中では最高位のものであった。


 には魔法があり、魔法使いとしての格は全てその魔法位によって決まる。そしてこのヴィアーリアは≪黒≫で最低位に近い存在。間違いなく落ちこぼれだった。


 しかしながら、最高の魔法位をもつユノであっても、数を揃えた魔導兵士には敵わない。薙ぎ倒しても、吹き飛ばしても湧いてくる敵。魔力が尽きるのは時間の問題であった。


 一方でヴィアーリアは敵に対して、何も出来ることはなく姉に守られていた。逃げろと言われても、四方を兵士が固めているのでどこにもいけない。


 ヴィアーリアとユノは、深い森の中にあるエルフの隠れ里にて、両親や少数の一族と共に平和に暮らしていた。ところがある日、唐突にその平穏は終わりを告げる。


 人間の街から討伐軍が送り込まれてきたのだという。ヴィアーリアがそんな報せを聞いたのとほぼ同時に、軍はあっという間に里を包囲し、次々に住人たちを捕縛していった。両親もすぐに捕まり、最後に残ったのが二人の姉妹であった。


 しかし、その二人の捕縛ももう時間の問題。ヴィアーリアが兵士の一人に組み伏せられる。


『ぎゃっ!』

『リア! やめろ! リアに触るな!』

『おい、妹を傷つけられたくなければ大人しくしろ!』

『くっ……!』


 抵抗空しくユノも軍によって捕らえられてしまった。


 そして、今に繋がる。


 両親や姉がどうなったか、ヴィアーリアは知らない。むしろ、自分の行く末すらわからず、何もかも諦めきっていた。


 んー……ヘヴィだ。そして、どこか既視感がある。


 つい最近見たばっかりの……そう、シナリオ? 設定?


『私には生き別れの妹が一人いてな。奴隷狩りから守ってやれなかったんだ。もう生きているのかすらわからない、でも今でも会いたい。これから一生かけて探しに行くつもり。それでも、お前はこんな私と一緒にいたいと言ってくれるのか?』


 とあるワンシーンが頭の中に蘇る。何のってそりゃあ、俺の人生の屋台骨であるエロゲだ。これは最後にやったエロゲ『花束*ヴァイオレットマジック』のヒロインである、ユノ・トワイライトのルートで描写された一場面。


 ユノって、そうか。そうだったのか。


 繋がった気がした。ヴィアーリアの記憶に出てくるユノという少女。彼女と俺が死ぬ数分前まで向き合っていたディスプレイの向こうにいる少女。その二人の姿が一致する。


 そう、この世界は『花束*ヴァイオレットマジック』の舞台なのだ。そして俺は、ヒロインのユノ……の妹の身体に乗り移っている。わけのわからない事態だが、そう思う他にない。


 ヴィアーリアの記憶を覗き、ある程度の状況を理解した。その次の瞬間だった。


「え……お姉ちゃん!?」


 身体の主、ヴィアーリアが反応を示した。

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