め
ぱちり。
部屋の明かりが着いた。塞は目の前の光景に目をぱちくりとする。
八坂の寺であることは変わっていない。違うのは、そこに最後に残った十六人のみ。しかもいやに部屋は綺麗で燭台は十六個囲うようにと……真ん中に一つ。
「……え」
状況が理解できない。ひとまず隣の相楽と顔を見合せた。
「……あぁ、長い夜だったねぇ」
現状把握が及ばず、目をぱちくりさせる面々の中で、香久山が感慨深そうに言う。どうやら彼はこの現象を理解しているらしい。
「か、香久山くん……?」
「ん、ああ、塞くんおはよう。みんなも」
見たところほとんどが現状を把握できていないようだが、百物語の企画主である香久山、球磨川、八坂の三人は何か知っているようだ。それとなく視線で問いかけると、香久山はさらっと爆弾発言をした。
「端的に言うと、今の、夢ね」
「はいぃっ!?」
全員が驚愕したのは言うまでもない。
あそこまで生々しかったあれが、夢? 夢オチとは、ギャグ漫画じゃあるまいし……
「……って、香久山たちはみんなが同じ『夢』を見ていたと確信してるわけ?」
「そりゃもちろん」
宵澤の指摘に香久山が頷く。
「今日来てもらったのはここにいる十六人だけ。じゃないと、『みんな』に悪夢を見てもらえないからね」
「悪夢……」
これは、悪い夢だったということか?
仕掛け人の香久山によると、ここに呼び集められたのは、去年、百物語に参加しなかった者たち。それはそれぞれが度会に関して強い記憶と感情を持っていたから。その記憶と感情、そして百物語という怪談を媒体に霊である度会を引き寄せるという邪法らしい。
クラス全員には百物語の開催が決定した際にそれとなく(大分語弊のある)催眠をかけていたらしく、『夢』が同調したのだとか。
「でも、僕は真川くんたちと来たはず……」
塞はここに来るまでに真川、真城、林道、園田と合流したのをはっきり覚えている。その四人共がいないのは何故だ?
「答えは簡単、その時点で『夢』だったのさ。ここにいるみんなは八時に集合した。けれど他のみんなには中止と伝えた。だから実は『夢』の中で時間は止まっていたんだ。誰も時計を見なかったから、わからなかっただろうけど」
そういうものだ、と言われてしまうと、その方面に明るくない他の面々は納得せざるを得ない。
言われてみれば、部屋に時計もなかったし、何度か何人かがの携帯端末を見る機会があったが、着信や内容に気を取られて時間を見ていなかった。
「さすがに、みんなの家とリンクさせなきゃだから、大分力が入ったけどね」
そこではたと気づく。
始まる前、八坂の母が言っていたこと。
『全力でサポートします』
それは、この術に必要な『力』を補助する、という意味だったのだ。
「だから本当に今回は八坂くんが手伝ってくれて助かったよ」
「まあ、俺も、葉松たちには一物持っていたしな」
礼には及ばん、と八坂は告げる。確かに、『夢』の中で聞いた八坂の七月三十一日への思いは痛いほどに伝わってきた。
「それにしたってやっぱり、ここまでやる必要あった?」
相楽がそんな疑問を口にすると球磨川がニヒルに笑う度会のように。
「これっぽっちしかやっていないんだよ? ……これで終わりだと思うかい?」
「……どういうこと?」
不穏な空気を感じ、全員が固唾を飲む。球磨川は語った。
「今回の百物語は始まりに過ぎないのさ。いつまで続くか知れない、なつくんの『復讐』のね」
ぞわりと悪寒が走る。
いつまで続くか知れない、とは。
「そ、それって、どういう意味……?」
古宮が恐々問う。震える体を美濃の方に寄せていた。
「言葉のままの意味さ。今回みたいな『夢』が今後何度も……なつくんの気が済むまで続く」
「ま、毎日?」
星川が震え声で訊ねる。それは、毎日こんな悪夢が続くかもしれないと思えば、誰だって怖い。
幸いなことに、球磨川は首を横に振った。
「年に一回、七月三十一日だけだよ。毎日は、なつくんも降りて来られないからね」
ふう、と安堵に胸を撫で下ろす一同。しかしその中で未だに不安げに眉をひそめる者がいた。
「あの……『夢』の中で死んじゃったみんなは、どうなったですか?」
そんな不安を挙げたのは、霜城である。確かに、『夢』であれだけ残虐に殺された一同がどうなっているかは気になる。ショック死などしていたら、文字通り寝覚めが悪い。
すると香久山がへらりと笑った。
「大丈夫大丈夫ー、あれは全部夢だから。みんなのことだから、『散々な夢を見たなぁ』程度で終わってるんじゃないかな」
曰く、『夢』の中で死んだ順番に目を覚ましているはずらしい。佐伯などはぴんぴんしてるにちがいないと香久山は告げた。
死んだ順番が最初であればあるほど、スプラッタなその後の光景を知らずに済むのである。羨ましい限りだ。
「リアリティーに富んだ夢だから、佐伯さんがお父さんとかに告げ口するかもしれないけど、結局『夢だから』って軽くあしらわれるだろうよ。うん、いい気味」
「あ、はは……」
香久山のなかなか腹黒い発言に古宮が苦笑いする。
そう、何をどう騒ぎ立てたところで、これは『夢』なのだ。信じてくれる大人などいない。唯一挙げるなら、八坂の親くらいだろうが、まさか八坂が親まで巻き込んでいるとは誰も思うまい。
「でもさ」
と、香久山は続ける。
「それってつまり、子どもの間でも……みんなの間でも『夢』ってことで処理されちゃう。だからみんな、『夢』の中で味わった苦しみも、知った真実も、どうせ『夢』だって片付けちゃう。だから、夏彦くんが満足するには、足りないのさ」
『夢』──そんな一言で、あの凄惨な復讐劇を片付けられてしまっては、たまったもんじゃないだろう。
一年間、どれだけ耐えたと思う? どれだけ苦しかったと思う? ──きっと、塞たちにさえ理解できないほどの憎悪が、度会の中に有り余っているにちがいない。
それを思えば、巻き込まれた十三人は何も言うことができなかった。
「夏彦くんは、『またね』って言っていた。それが『さよなら』になるまで、付き合ってくれるかな」
香久山のその問いに、首を横に振る者は、その場には存在しなかった。
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