さ
「……救う?」
疑問符を浮かべたのは五月七日だった。
「それって、どうやって? 幽霊にはなっているかもしれないけど、夏彦は死んだのよ。今更何ができるっていうの?」
五月七日の冷静な問いはもっともだった。死んだ人間を生き返らせることなんてできない。葬儀をして、死を悼んで、生きている人間には、それくらいしかできないのだ。
けれど香久山は自信ありげだった。
「僕がどれだけの邪法を知っていると思ってるの?」
胸を張って言うようなことではないが、確かにその通りだった。香久山くらい、呪術の類に詳しければ、幽霊になった相手に対しても、何かできるかもしれない。
けれどやはり胸を張って言うことではない。
それでも香久山は更に告げた。
「僕の持つ方法なら、幽霊だって、呼べるさ」
「……はあ!?」
さすがに五月七日が突っ込んだ。それは少し、普通の域を越えすぎていやしないだろうか。
香久山が納得させるように続ける。
「方法は簡単だよ。来年の七月三十一日に、百物語をすればいい」
意外にもあっさりした香久山の答えに、五月七日のみならず、全員が目を丸くする。
香久山は補足した。
「第一に、七月三十一日は夏彦くんの命日だ。それにお盆も近い。霊が降りてくるには絶好の時期だろう」
「それはまあ、確かに」
その場で唯一の霊感持ちである五月七日が相槌を打つ。
「でも、百物語っていうのは?」
「それは……あの日と同じにするためさ」
条件を死んだ日と同じに整える。それで本当に度会が来るのかは賭けだが、香久山は自信満々だった。
「あの夏彦くんが百物語と聞いて来ないわけがないよ」
そう確信するのは一年前の七月中頃。今年と同じように葉松が喚き、百物語をする運びになったのだ。
そのとき一番ノリノリだったのは、度会だった。
いつもしてやられてばかりだから、とんでもない話でもして、葉松たちに一泡吹かせてやる、と意気込んでいたのだ。
故に来ないわけがない、と。
「その読み通り、僕は来たわけだ。さすが、よく僕のことをわかってるね」
まさか一年前の八月にそんな計画が成されていたとは。
「段取りがあまりにもよく進むと思ったら……やっぱり仕組んでやがったのか」
葉松が香久山をぎろりと睨むも、香久山は全く意に介した様子もなく、けらけらと笑った。
「確かに今日、夏彦くんが来られるように仕組んだのは僕たちだけど、納涼したいっていう葉松くんたちの要望に僕らがこれを提案しただけ。納涼の方法なら、他にもいくらだってあった。でも、君たちは
違うかい? という香久山の問いかけに反論できる者はなかった。
「でもさ、偶然委員長がこの日を選んだからいいものの、委員長がこの日を避けたらどうするつもりだったの?」
相楽の質問はもっともだが、その考えは根本から間違っている。
「塞くんがこの日を避けるわけないよ。塞くんが忘れるわけないんだから」
香久山の確信した物言いに相楽は不思議そうに塞を見上げた。
塞は自分の一年前を話すことにした。
「七月三十一日、僕は裕くんたちから連絡を受ける前に夏彦くんの死を知っていました」
塞はその日の夕方、珍しく日勤で帰ってきた母を出迎えた。
「おかえりなさい」
いつも通り、スルーされると思いながらも挨拶をした。すると、
「塞、話があるの」
ただいまと無機質に答えて、母はそんなことを言った。話とは珍しい。たまに顔を合わせたときにすら、おはようもいってきますも普通の挨拶すら交わさないのに。
塞は純粋に嬉しかった。反応されたのなんて、何年ぶりだろう。
けれど、その喜びはすぐに消えていってしまう。
「今日の昼過ぎ、事故があったの知ってるかしら?」
「事故?」
わからなくておうむ返しに訊くと「風鳴駅よ」と簡素に返ってきた。
「風鳴駅……また飛び込みですか?」
「まあ、そんな感じね。被害者はあなたの同級生らしいわ」
「えっ……?」
かたーんと持っていたお盆を落とした。
淡々と話す母は亡くなったのが度会であること、遺体が悲惨な状態で、病院に運ばれるでもなく死が確認されたこと、目撃証言からしか度会だと確認できなかったことなどをつらつらと述べた。
その後しばらくして、八坂からの電話を受けた。
「塞、実は、今日の百物語なんだが……」
「中止だよね。夏彦くんが死んだっていうのは聞いたよ」
「……!」
電話向こうから息を飲む音が返ってくるのに、「母さんから聞いたんだ」と塞もまた淡々と答えた。
「目撃したのは、八月一日なんだ。詳しい話はお盆に……」
「悪いけど、お盆は僕、うちの留守番があるんだ……今軽くでいいから教えてもらえないかな」
塞はダメ元でも確認しなければならないことがあった。
「夏彦くんは、自殺だったの……?」
そう、母は事故と言っていたが、度会には自殺する理由がある。
佐伯からいじめられ、葉松からいじめられ、クラスメイトの大半から相手にされず……香久山たちのような友人はいるものの、心の拠としては少なすぎる。
「……わからない」
八坂からは力ない返事が返ってきた。
状況から見て、自殺とも事故とも取れるらしい。現場にいた八月一日は混乱しているとされ、事故としてさくさく処理されたらしい。
冷静になった八月一日も、自殺とも事故とも判断がつかないと証言しており、そこは断定しかねるところだった。
塞は理由がどうあれ、度会が死んでしまったことに責任を感じていた。いじめを止められなかった。止められないまま、死なせてしまった、と。
そんな悔恨を抱き、塞は翌日、学校へ行き、度会の席の前で黙祷をした。
たまたま学校にいた葉松などの独自に百物語を実行した者たちからは、「楽しかったぞ」と声をかけられた。
彼らが度会の名を口にすることは、ついぞなかった。
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