け
カンペンは茂木をぐちゃぐちゃにすると役目は終わったとばかりにぱりんと砕けた。塞と星川は思わず胸を撫で下ろす。星川は実際に学校の七不思議として体感したのであろう恐怖から、塞は実際にカンペンを使っていたという不安からそれぞれ解放されたのだ。
だが、安心するのは、まだ早かった。
砕け散ったカンペンが、新たなカタチを形成し始める。それを見た悠が、普段の物静かさをかなぐり捨てたように叫ぶ。
「それを見ちゃ──んんっ」
何かを言いかけた悠の口を塞ぐ者があった。それは、四十四人目だった。いつもながらにいつの間に移動したのか。そんな疑問を口にする間もなく、四十四人目は相変わらず不気味な顔のまま、にこりと笑う。
「しまったなぁ、霊感持ちは五月七日さんだけと思ってたけど、君もだったか。もっと警戒しとくんだった。何せ君とか、そっくりさんとか、鶯色の目の子とか、
「悠から離れなさいっ!!」
妹想いの雫が警戒心を剥き出しに、四十四人目と相対する。射抜かんばかりの鋭い目線に、四十四人目は肩を竦める。
「そんなに警戒しなくても、僕は元々僕を知らない人まで処断しようなんて理不尽な存在じゃないさ。君たちを害するつもりはないから安心しなよ」
一応自分たちの安全というのが約束されると雫はやや警戒を緩めるが、それでも口約束だ。安心はできないらしい。
「悠を放しなさい」
相変わらずの眼光で四十四人目を睨む。四十四人目は「はいはい」と肩を竦めて悠から手を離した。
「君たち転校生を害するつもりはないけれど、僕の復讐の邪魔はしないでほしいなぁ。これでも僕は真剣なんだ」
「……復讐なんて、下らない」
解放された傍から挑発するようなことを口にする悠。四十四人目は聞き捨てならなかったようで、瞳に剣呑な色を宿す。
「私はあなたがどうしてこうなったのかを知ってる。学級委員から聞いた。どうしてこんなことするかも想像できる」
「それで、何がわかるっていうんですか?」
今度は四十四人目が悠を睨む。不気味な目に睨まれても、悠は動じることなく言い放った。
「わかる。一卵性双生児だからすぐわかると思うけど、私と雫は双子。ねぇ、それでドッペルゲンガーの話とかした東海林さん、私たちが他の学校でどんな扱いを受けてきたか、わかる?」
「……え」
急に話題を振られた東海林が言葉に詰まり、あわあわとする。答えを持ち合わせていないのを見ると、悠は東海林から興味をなくしたように視線を移し、四十四人目を見る。これでわからないかな、と。
四十四人目はしばし沈黙し、やがて「なるほど」と頷いた。
「そうでありながら、あなたは僕の復讐を下らないと断じるのですか」
「そうよ。だって、意味がない」
じろりともう一度、東海林を睨み、言う。
「一度意思を削げば済む、恐怖を刻みつければなくなるなんて、あり得ない。心ある限り人は誰かをいたぶる素質を持つ。それが無意識なら、尚悪い」
滔々と悠の声が場の中で波打つ。悠は一度目を閉じ、それから真っ直ぐ四十四人目を見た。その瞳の奥に、直接問いかけるように。
「……空しいと思わないの?」
四十四人目はその問いに少し遠い目をした。透明で、それでいて感情に満ち溢れた色。そんな黒い瞳で見つめ返す。
四十四人目はかつて、このクラスでいじめを受けていた児童の一人だ。これがいじめへの復讐だとするなら、これ以上に響く言葉はあるだろうか。塞は頭が痛んだ。
心ある限り人は誰かをいたぶる素質を持つ──いじめはそう簡単に消えない。「そんなことしちゃ駄目だよ」なんて注意でいじめっ子がいじめをやめるのなら、いじめなんてとうの昔に消えている。現状はどうだ? 葉松の暴力や佐伯の言葉に、誰も抗わなかったわけではない。霜城のように真正面から立ち向かう人間もいたし、香久山や球磨川のように、言葉を弄してやり込めようとした人物だっていた。
だが、それで続いたクラス、葉松は暴力をやめたか? 佐伯はいびるのをやめたか? ──否である。何も変わっていやしない。いつも同じ。その場はやめても後々また繰り返すのだ。
そんなの、空しいじゃないか。
悠の言はもっともだった。特に、他校でいじめを受けていたというのなら尚更、重みを持つ。
四十四人目のやり方は、とても塞たち人間に成せる業ではないが、恐怖を刻みつけ、殺す、なんてしたところで、何が変わるというのだろう。死んだ人間は改心なんてする暇もないだろう。いじめっ子や傍観者が大量に死んでも、それは地方新聞の記事になるかどうかといったところだ。何も変わりはしない。
「ふむ、確かに一理あるね」
四十四人目が考えるように顎に手を当てる。が。
「それでも僕は、復讐をやめるつもりはないよ?」
そうこてんと首を傾げると、
「きゃああっ!?」
悲鳴が空気を振動させる。東海林のものだ。そちらを見ると、東海林の前に東海林にそっくりな見た目の人物がいた。そのそっくりな方の後ろには、一枚の姿見が。
「……何を驚いているの、
「何言ってるの? あんたが
そんな言い合いが続く。なんとなく、本物の東海林にはいつもの語調の激しさがあるためどちらかわかる。ドッペルゲンガーは反対で落ち着いた静かな声をしている。例えては悪いかもしれないが、本物が雫でドッペルゲンガーが悠みたいだ。
ドッペルゲンガーが言う。
「ドッペルゲンガーは、鏡に吸い込まれるのよ。やってみれば、すぐわかるわ」
「わ、私がそんな非科学的なことになるわけないでしょ! 見てなさい」
……あまりにも簡単に、本物は挑発に乗ってしまった。鏡に手を伸ばし──ずずず、と吸い込まれていく。
「なっ、ぃやっ……」
慌てて手を引こうとするが抵抗すればするほど、体が鏡に吸着していく。
ずぶずぶ、と鏡はまるで水のように抵抗なく、東海林を呑み込んだ。
鏡の中に入った東海林は、だんだんと鏡面を叩く。
「なっ、入ったのに出られないなんて……! 出してよ! 出しなさい!!」
「無理」
ドッペルゲンガーはあっさり言う。
「ドッペルゲンガーは鏡から出られない。あなたももう、出られない。あ、鏡を割っちゃだめだよ? 本当に出る手段なくなるから」
ドッペルゲンガーが淡々と突きつける真実に、東海林が絶句する。頭を抱えて、踞った。
そこでここまであまり動きのなかったドッペルゲンガーの表情に笑みが灯る。
「あ、友達が欲しいのね。大丈夫、すぐ合わせ鏡の子が行くよ」
「はあっ!?」
合わせ鏡の子、と言われ、思い当たった園田がずざざ、と後退りする。けれど東海林のドッペルゲンガーは、園田の腕をがしっと掴んだ。それから女の子とは思えない力業で園田を「そーれ」と鏡に向かって放る。
しゅぼっ
普通は鏡が割れるはずなのだが、抵抗なく園田の体は受け入れられ、鏡の中の東海林の上に転げる。いたた……という二つの声が、鏡から聞こえた。
「ほうら、寂しくないでしょ?」
「冗談じゃないわよ!?」
愉しげに笑うドッペルゲンガーに怒りを露に反論する東海林。しかし、今度の言い争いは長くは続かない。
何故なら、
「一人じゃなければ寂しくないでしょ、黄泉逝きも」
がしゃーん、ずががががっ
すっかり存在を忘れ去られていた巨大ミキサーが鏡とドッペルゲンガーを粉々にした。
その後ろには引き裂かれ、見る影もない須川の遺体が。
「ふふふ、あと五人」
四十四人目が、そう笑った。
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