わ
気まずい沈黙がしばらく場を支配するが、淡々と懐中電灯が回され、次の人物の元へと向かう。
「……あたしか」
そう呟いて懐中電灯のスイッチをかちかちと弄るのは、茂木。何の嫌がらせか、美濃、古宮のいる方角に懐中電灯を向けてちかちかと繰り返す。二人は痛そうに目を瞑っていた。
「電池が勿体ないから遊ぶのやめてくれないかな」
「うわぁっ」
存外全うな理由で茂木を止めたのは、不健康な顔をぼうっと照らし出した球磨川だった。どうやら茂木の次が球磨川の順番らしく。もう一つの懐中電灯を持っている。
「一応長持ち電池にしたけど、替えを用意するほどの余裕はなかったんだから、大事に使ってよね。それとも真っ暗闇の中でのお話の方がお好みかな? 茂木さん」
球磨川がそういうと、途端に懐中電灯の灯りが
「きゃあっ」
茂木が思わずといった体で悲鳴を上げる。すると、茂木の懐中電灯だけ、灯りが戻った。茂木の傍らにはスイッチに手を添えた香久山の姿が。
茂木が怒って香久山を睨み付ける。
「勝手に何してくれてんのよ?」
「どっきり」
何の悪びれもなく、香久山が告げた。
「というかさ、君、そんなちまちました嫌がらせ楽しい? 小学生かっ」
「なっ、小学生よっ」
「低学年かっ」
「違うわよ!」
「幼稚園児か」
ああ言えばこう言う方式の香久山の返答に、口には出さないながらも、茂木の苛立ちがありありと見えた。
「というかさ、こっちの台詞なんだよね。企画主は僕らなのにさ、『勝手に何してくれてんの』?」
自分の台詞がブーメランされ、茂木は押し黙る。
「遊ぶ余裕があるくらいならさっさと話してくれないかなぁ? 仮にも僕らまだ小学五年生だよ? もうすぐ良い子は寝る時間なんだからね? さっさと切り上げて解散ってしないと迷惑でしょ」
「……面倒くさ」
茂木が渋面を浮かべるのに、香久山がすかさず、「じゃあやめて帰れば?」と返す。
「まあ、君がこの部屋から勝手に出た時点で、結界壊れて怖い目に遭うのだけれどね。ああ、ご心配なさらず。君に被害はないよ。ただ、佐伯嬢を含めたあなたのお友達がどうなるかは知りませんがね」
「っ、下手な脅迫しやがって……」
茂木は懐中電灯を握りしめる手を震わせた。香久山は「脅迫?」と疑問符を浮かべている。
「僕は脅迫なんてしていませんよ。事実を言っただけです。でもこれを脅迫と取るのなら、あなたは脅迫を受けるくらい、余程疚しいことをしているんですかねぇ」
「っるさいっ!」
茂木の怒号をさらりと流し、お帰りはあちらですよ、などと示す。茂木はぷんすかとしたまま、溜め息共々吐き捨てるように言った。
「わかった、わかったわよ。話せばいいんでしょ、話せば。ごちゃごちゃ五月蝿いのよ」
「一番五月蝿かったのは茂木さんですけどね」
最後までおちょくる辺りがさすがは香久山である。
茂木は苛々を募らせたまま、話し始めた。
「じゃあ、ここで学校の怪談を。
付喪神の話って知ってる? うちの学校の七不思議らしいんだけど」
学校の七不思議。七不思議とは名ばかりで、確か六つしか伝えられていない。ちなみに最後の不思議を知ると恐ろしい目に遭うというお決まりの言い伝えが、塞たちの学校にもやはりある。
確か、塞たちの学校の七不思議はなかなか独特な怪談が揃っていたはずだ。茂木が今語り始めた「付喪神」のように。
「付喪神って、百年近く大切に扱われたものが神様になるってやつなんだけどさ」
「
「そうそう」
「つくも」というのは「九十九」と書く。まあ、日本に伝わる「八百万」の神のような「たくさん」という意味合いがこもっていると考えたらわかりやすいだろうか。たくさんの年月を過ごし、物体が神格を得たものが所謂「付喪神」というやつなのだ。
「この学校にいるのはカンペンって、あの落とすとすごい音するやつの付喪神らしいんだよね」
「あのがっしゃーんって五月蝿ぇやつな」
葉松が相槌を打ち、さりげなく星川の方を見る。見られた星川はびくっと震え、縮こまった。
そういえば星川は以前カンペンを使っていた。間違って落とすたびに「うぜぇ、五月蝿ぇ」と葉松に理不尽に殴られていたっけ。……塞もカンペンを持っていたため、少し覚えがある。苦い思い出だ。
茂木はそんな周辺の様子などお構い無しに続ける。
「ただの付喪神なら問題ないんだけど、やっぱ七不思議なだけあって、曰く付きらしいのよ。
……祟り神になったって」
付喪神が祟り神になるという話はあまり聞かない。付喪神とは通常、百年近い時を大切に扱われたものがなる神だから。大切に扱われたものが人を祟るなど……とは思うのだが、実際学校の七不思議にはそう伝えられているから不思議なものだ。
「そのカンペンは今もどこかの教室の机に置き去りにされていて、触れた人の手を食べちゃうんだって」
仮説ではあるが、とある生徒の忘れもののカンペンが、忘れ去られたまま百年近い時を過ごし、祟り神として神格を得た、という話があるらしい。茂木の言ったように触れた人の手に噛みつくという説もあれば、見つけて、忘れものに届けても気がつくと手元にあるというようなどこぞの人形みたいな話もある。
どちらにせよ、子どもからすると怖い怪異に変わりない。
「でも、百年も見つかんねぇとかある意味すげぇよな。見つかってもよさそうなのに」
嗣浩が不思議そうに言うと、あらかじめ調べていたのか、茂木はすらすら答えた。
「噂によれば、付喪神になる前から色んな人に使い回され、学校の各地を転々としたそうよ。見つかっていないというより、もはや誰のものかすらわからなくなったカンペンが付喪神になったって話かな。付喪神になってからは自分で移動してるとか……今、どこの教室にいるかは、わからないんだけどね」
もしかしたらあたしたちの教室にいたりして……と茂木は意地の悪い笑みを浮かべて締めくくる。堪らず星川がひいぃっと悲鳴を上げたところで、茂木はふっと笑みに交えて炎を消した。
「んだよ星川、こんくれぇでびびってんのか? だらしねぇなぁ」
悲鳴を上げた星川をからかうように葉松がばしばしと背中を叩く音がした。かなりしっかりした音で、聞いているだけで痛そうな気がしてくる。そう思っている一同を代表するように、霜城が「このはくん痛そうなのです、やめるです!」と果敢に葉松に立ち向かう。
少しひんやりとして、怖さのある中でも、それはいつもの光景だった。葉松は霜城に「あぁん?」とガンを飛ばし、霜城はきっとそれを受け止め、静かな火花を散らす。
いつもなら、それを止めようと、星川が慌てて「ぼくは大丈夫だから」と言ってしまうのだが……
星川は黙りこくっていた。蝋燭の薄明かりでわかるのは、踞ってガタガタといつもより震えていること。……カンペンの話がそんなに怖かったのだろうか。みんなが知っているただの学校の七不思議のはずだが……
「大丈夫ですか? このはくん」
「大丈夫なわけないよ!!」
心配して声をかけた霜城を振り払うように起き上がり、星川は叫んだ。
「『あいつ』は本当にいるんだよ……! ぼくは本当に触っちゃったんだ、見ちゃったんだ、本当だよ……」
「てめえ」
星川の言葉に葉松が低く唸った。普段ならそこでまた息を飲み、口をつぐむ星川だが、今ばかりは我を忘れたように「いるんだ、いるよ、本当に」と繰り返す。
苛立った葉松が、そんな星川の首根っこをひっ捕まえた。シャツの襟が星川の首に食い込み、ぐえ、と空気を吐き出して、星川は言葉を止めざるを得なかった。
「このはくんを離すです」
か弱い見た目でありながら、正義感の強い霜城が腹に据えかねたように声を荒げる。葉松の目に怒気が宿り、苛立ちのままに霜城に手を上げようとするが。
すこーん
そこにちょっと抜けた感じの音を立てて懐中電灯が葉松の頭にクリーンヒット。「いてっ」と葉松が頭を押さえに手をやったことで、星川は解放された。そこへ霜城が寄る。
霜城が星川を抱き起こす傍ら、「ごめんごめん」と相変わらず悪びれた様子のない人物がニコニコと葉松に寄っていく。
「手が滑っちゃったよ」
そう言って懐中電灯を拾ったのは、香久山だった。
「いってぇんだよこんちくしょうが」
「だからごめんってば」
「……けっ」
反省の様子が欠片も感じられない香久山に呆れたのか、葉松はすごすご座った。
星川が霜城に介抱され、だいぶ落ち着いたところで、百物語が再開される。
「さてと、意外と早く番が回ってきたなぁ」
そう呟いて顔を照らした人物は、球磨川だった。さすがは不気味で名の通る人物。懐中電灯のベタな遊びも、不気味に様になっていた。
「飛び出しの多い交差点知ってる?」
そんな切り口で始まった怪談。塞は思考を巡らせて、すぐ解答に辿り着く。
「信号あるのに人身事故が多い交差点?」
「そうそう、あの信号機あるおっきい交差点。
あそこにも『手押し車のおばあさん』っていう都市伝説があるんだよねぇ」
なんだか響きがほのぼのしている都市伝説だ。
「まあ、最初は信号無視の車が手押し車を押して横断歩道をゆったり渡っていたおばあさんに突っ込んだって百パー車の悪い悲惨な事故だったんだけどね。
おばあさん死んだのに気づかなかったのか、地縛霊になっちゃったみたいなんだよねって話」
「車でも祟ってんのか?」
「いんや。優しいおばあさんだよ」
「害なさそうー」
呑気に言う永井に、球磨川は大仰に首を横に振る。
「害がなさそうって? とんでもない。
実際あのとき止めてもらえなかったら、僕はここにいないしね」
「……え?」
あのとき、とは。誰もが頭に疑問符を浮かべると同時、ぞっとした。
「まさか、会ったの? 『手押し車のおばあさん』に」
「ふふふ」
そこは誤魔化して答えようとしないが、代わりとばかりに指を立てて説明する。
「ほら、塞くんが言ってくれたでしょう? 人身事故が多い交差点って。つまりそういうことなんだよ」
自らを亡き者にした車より、人を引きずり込もうとする。
さすがは都市伝説というか。
蝋燭を吹き消そうとする直前、塞は訊ねた。答えが返ってくるかはわからなかったが。
「実くんのそれって、いつ頃の話なの?」
「去年」
意外にも答えは即答で返ってきた。
球磨川は少し、悲しげに見えた。
「去年の夏、ちょうど今頃の話……だよ」
灯りが消え、すぐに球磨川の表情はわからなくなってしまった。
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