を
「じゃあ、話すね」
宇津美の表情に、知れず全員が引き込まれていた。まだ話も始まっていないというのに、山川コンビなんかは感心していた。塞も半ば山川コンビに同意だ。宇津美の意外な才能発見というか。
ギャグ漫画のような先程までの雰囲気が吹き飛び、皆、緊張感を持って宇津美の話に耳を傾ける。
「指さし鬼って知ってる?」
そんな文言から始まった。ほとんどの者が首を横に振るか、傾げるかだった。塞もそんなのは聞いたことがなかった。響きからするに鬼ごっこの類だろうか。
「ん、まあ、指をさされた人が鬼になるから鬼の指にさされないように逃げるって遊び……って捉えていいかな」
予想通り、鬼ごっこのようなものらしい。怖い話と思っていた面々の何人かが肩透かしを食らったようで、葉松などが「地味」「辛気臭ぇ遊び」などと揶揄する。
けれど塞にはなんとなく引っ掛かるものがあった。隣に座る美濃なども何か感じているらしく、続く宇津美の言葉を待った。
すると宇津美は半笑い……少し嘲るような色を滲ませて、地味とこぼした連中に言う。
「え? 地味? 何言ってんの? 命懸けだよ?
だって指を
感じていた違和感の正体が明らかになり、塞は隣の美濃共々ふるりと震える。
確かにただ『指を指す』なら地味に感じるかもしれない。けれどこれは『さす』違い。鬼の指は人間のように優しくはできていない。よく絵本などで見られる鬼は、よく研がれた尖った爪をしている。指さし鬼とは、その爪で『刺してくる』鬼のことなのだ。
そんな鬼から逃げる……果たしてこれが『鬼ごっこ』などと呼べる、楽しい遊びなのだろうか。
思考を巡らせただけで怖じ気が立つ。
そんな心理を煽るように、宇津美は笑みを深めて告げた。
「ちなみに指を刺されたら死ぬってさ。ま、当たり前だよね。そんな鬼に会った時点でさ」
しん、と静まり返る。門間の話のときとは全く異なる恐怖が、場の空気をひんやりとさせていた。
そんな納涼の手助けをするように、宇津美はふう、と蝋燭に息をかけた。
灯火がまた一つ減り、心無しか、部屋の空気がまた冷えた気がした。
「いやいや、今日は怪談日和だねぇ」
ひんやりとした雰囲気の中、能天気な声で沈黙を破ったのは、企画主の香久山だった。こう、怖い話を聞いてもすぐに立ち直るというか、何事もなかったように語り出せるあたり、本当に今回の企画主が香久山たちでよかったと思う。教室で企画したときといい、企画力もあれば、実行力、進行力、共に申し分ない。雰囲気の近寄り難ささえなければ、実は案外交友関係の潤った、クラスの誰もから好かれる人気者になれたんじゃないか、と思う。球磨川も同様に。
けれど山川コンビはそれを望まない。どうやらわざと近寄り難いような不気味さを気取っているようなのだ。
塞は学級委員になる前に、この二人に相談したことがある。自分がなるよりこの二人の方がクラスを引っ張っていくのに適任じゃないか、と。しかし即断即決で、二人に断られた。二人共理由は同じだった。「そんなの柄じゃない」と。
確かあのとき、こうも言っていた。
「僕らはね、僕らが楽しい教室であればそれでいい。利己愛主義者なのさ。偽善者とも言うね」
「あれ、偽悪者かな」
「ともかく、君のように正義感で動いてるようなできた人間じゃないってことだよ。塞くん」
二人はけらけらと笑ってそんなことを言うが、やり方はどうあれ、彼らのやること成すことは、いじめられっ子たちのためになっており、いじめっ子たちへの報復になっている。
彼らは偽善者でもなければ、偽悪者でもない、蓋を開ければ、普通にいい人なのだ。
塞のことだって、弄るのには最高のネタである苗字は一切呼ばず、初見から下の名前で呼び続けている。
そんな細かい気遣いができるのに、何故二人は自分を卑下するのか。学級委員になった自分は彼らほど表立った行動はできていないというのに。
と、思考の海に浸っていると、意外な人物の顔が薄暗い部屋の中に浮かび上がり、塞は思わずわっと声を上げた。幸い、驚いたのは塞だけではなかったらしく、目立つことはなかったが。
「次はボク……ですね」
懐中電灯を持ち、そう薄く微笑んだのは霜城乃愛。両のこめかみから垂らした三編みはいつも通りにぷらぷら揺れており、いつも通りの儚げな、守ってあげたくなるようなか弱い面差しは、懐中電灯により怖さへと変換されている。
儚げで愛らしい微笑みというのは、暗がりと懐中電灯一つでこうも変わるものなのか、と感心していた。おそらく直前に宇津美が作った空気も手伝っているのだろう。
「えへへ、今日はみんな楽しめるように、飛びっきりの用意しました!」
……言っている内容と声はとてもほのぼのとしているのだが、怖い話で飛びっきりと言われると、誰もが肝を冷やした。霜城が宇津美以上に無邪気なのが尚更効いているのだろう。霜城はか弱いイメージの見た目に反し、いじめっ子にも果敢に立ち向かうような肝の据わった子だ。百物語中も終始、目をきらきら輝かせていた気がする。今も、ようやく懐中電灯を持てた喜びでわくわくという擬音が見えそうなほどだ。
表立って、といえば、事はいじめに限定されるが、霜城もなかなか行動力がある。特に葉松に絡まれている星川を放っておけない、と上手く意見を言えない星川の代わりに「嫌がってるです!」などと力強く批判する。かなり逞しい。
人を見た目で判断してはいけないといういい例かもしれない。
そんな霜城は、うきうきと話し始めた。
「ある遊園地での話です」
遊園地ものか。遊園地にも色々曰く付きの話はある。お化け屋敷なんかはよくあるネタだよな……と思いながら次の言葉を待つ。
すると。
「遊園地って言ったらジェットコースターと観覧車と……やっぱりお化け屋敷です!」
後半は予想通りだったが、前半は予想だにしなかった一撃を食らった気分だ。まあ、真ん中に観覧車が来たあたりは女の子らしいが。
「ボクお化け屋敷がすっごく楽しみで。でもその遊園地のお化け屋敷ってすっごい人気ないんですって。勿体ないですよねぇ」
そこは同意を求められても困るが。
「まあおかげで待ち時間なく入れたからラッキーって思ったんですが」
なかなかのポジティブシンキングだ。
さて、怖い話をしているのではなかったか。
塞は恐る恐る訊いてみる。
「楽しかったですか? その遊園地のお化け屋敷」
人気のないお化け屋敷というのは大抵出来が悪いと聞く。そんなのでは、肝がかなり据わっている霜城には物足りなかったんじゃないかと思った。
しかし、霜城はきょとんと首を傾げ、答える。
「え? うん楽しかったですよ? 何かメイクとかも凝っていましたし、世界観とかも統一されていて。特に最後の、その館の化け物に殺されて怨霊になってしまった肝試し客の女の人が追いかけてくるっていうのが、もうすんごい生々しくて鳥肌立ちましたね!」
どういう世界観とか細かく話すと話が逸れてしまうからか、詳細な説明はなかったが、見た目に反して剛胆な霜城が「怖かった楽しかった」と絶賛するのである。出来映えは申し分ないのだろう。
だが、霜城は告げた。
「うーん、でもですね、あそこはやっぱり、本当行かない方いいです」
「え、なんで?」
もはや行く気満々の空気を漂わせていた球磨川が問いかける。すると霜城は最初のようににこっと無邪気に笑って言った。
「だって最後のそれ、お化け屋敷のアトラクションじゃないらしいですから」
ひぃ、と美濃の向こうの古宮が縮こまる。小鳥遊の隣の知花なんかも同じく震えていた。
オカルト不信心者の東海林さえ、「ま、まさか……スタッフの冗談か何かでしょ」と震えた声を出す始末。
「どうだろうねぇ。霜城さんが嘘を言うように思えないし」
誰かが言った。その通りだ。霜城は嘘を嫌うが嘘を見抜けない。代わりに、自分は決して嘘を吐かない。長い付き合いのクラスメイトだ。そんなことは重々承知である。
けれど、東海林の中では「オカルトなんてあり得ない」という気の方が強いらしく、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てた。
「そんなの、客を楽しませるための方便に決まってるわ」
なんて夢のないことを。
「うわぁ、瑞季ちゃんめっちゃ怖がってるー」
百物語前に「東海林のようなオカルト否定派こそが一番怖い話を信じる」といった類の話をしていた美濃が、思わずといった体でクスクス笑う。東海林が怒って、「五月蝿いわね、怖がってなんかないわよ!」と返してくるが、美濃は楽しそうな笑みを収めない。
遂に堪忍袋の緒が切れたのか、東海林が叫ぶ。
「黙りなさいよ、保健室登校になった腑抜けが! 得意分野だからっていい気になって……!」
「っ……」
空気がしんとなる。痛々しい表情を浮かべて、美濃は俯いてしまった。それに伴い、流れ始めた気まずい空気に、さすがの東海林も頭を冷やし、口をつぐむ。
霜城が懐中電灯を持ったまま、ぽつりと指摘する。
「瑞季ちゃん、言い過ぎなのです」
「っ……ごめん……」
「……いいよ」
東海林を許した美濃の声は小さかったが、霜城は一区切りついたと判断したのか、そっと蝋燭を消した。
あと、二十八。
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