ふわりと蝋燭の灯りが消えると、ふらりと古宮が美濃に倒れかかった。

「わ、紗智ちゃん?」

 慌てたような美濃の声に一番近くにいた企画主の八坂が寄る。

 古宮はすぐに目を開けて、あれ、と声を上げ、消えた蝋燭を見る。

「……わたし、話し終わったの?」

「えっ!?」

 古宮の意外すぎる一言に一同が目を剥く。八坂だけが冷静に古宮の額に手を当てて言った。

「霊障だな。憑かれてたみたいだ」

 さらりというが、それはまずくないか。

「憑かれてた……?」

「ああ。もう立ち去ったようだが、残滓がある。祓うぞ」

 ぽつり、何か呟き、念じると、八坂は古宮の額から手を放した。

「え、えと……」

「紗智ちゃん、彩子さんの話してたんだけど、覚えてる?」

「あ、それ、今日のために用意した話……でも、覚えてない……」

 古宮の発言に周囲は混乱に陥る。古宮が用意した話なのに古宮が覚えていない? 一体どういうことだとどよめく。

 そんな中、揺るがず一人、古宮を睨み据える者があった。

「瑠璃花さまを散々罵っておいてから、覚えてないで済むと思っているのですか?」

 吉祥寺だった。その圧の強さに、古宮は思わずひぃっと声を上げる。こう言っては悪いがいつもの古宮だ。

「ちょっと、それはあんまり理不尽すぎない?」

 そこで声を上げたのは八月一日だった。

「紗智は覚えてないっていうし、裕が言ってたろ、憑かれてたって。つまりは霊に言わされてたんじゃない。霊の悪意を紗智のものとして断罪するのは、筋違いなんじゃないかな」

「……!」

 苛立ちがありありと見えるが、八月一日の言の正しさにぐうの音も出ないらしく、吉祥寺は引き下がる。

「ひとまず、裕が処置したんだし、紗智は大丈夫でしょ。百物語を進めよう」

 八月一日が懐中電灯を手に取る。

「次は僕だったね」

 そう笑んだ。整ったその面差しは整っているからこそか、怖さを引き出していた。


「みんな、『風鳴かぜなりさん』って都市伝説知ってる?」

 そんな切り口から始まった八月一日の怪談。風鳴さんという単語に真っ先に反応したのは、「風鳴かざなり橋」について調べていた五月七日だった。

「『風鳴かぜなり駅』のことかしら?」

「そうそう、飛び込みの多い駅の話」

 オカルト好きの間では地元の都市伝説などは興味深いのか、四月一日や球磨川の目がきらりと光った。

 八月一日は続ける。

「あれね、風鳴さんを呼ぶと、憎い相手を風で突き飛ばして殺してくれる、なんて流れてるらしいけど、それみんなでっち上げなんだって」

「えっうそだろ。俺それで知ってたぞまじか」

 園田が声を上げる。まあ風鳴駅は飛び込み事故が多い駅として有名だから、普通の子が知っていてもおかしくはないかもしれない。

 八月一日は「まじだよまじ」と笑って続けた。

「元々はね、風鳴さんって、あの駅の近くにある風鳴橋を作るときに使われた人柱の霊らしいんだ」

「人柱……」

 その単語に怯えたような声を出したのは霜城だった。

「確か、橋を立てるときや洪水のときに罪人を生け贄にするという、昔の風習ですよね……」

「そう、それ。でも風鳴さんは無実だったんだ。だけど無実を証明できなかったがために人柱にされてしまった哀れな人で、磔にされて埋められるまで、助けてくれる誰かを待ってたんだって。ずっと信じて」

 少し昔話をすると、風鳴さんが人柱にされた年は前年まで続けざまに洪水が起き、たくさんの村人が犠牲になったという。その対策で橋が作られたのだとか。

「風鳴さんがどんな罪を犯したとされたのかは知らないけど、本当、悲しい人だと思うよ。それだけ人を信じたのに、結局、助けてくれる人はいないまま、人柱として風鳴さんは死んでしまった」

 胸がずきずきと痛んでくるような話だ。昔のことだ。今の警察のようなものはなく、事件の検証などされなかったにちがいない。

 他にも人柱の話には冤罪がたくさんあるにちがいない。

 八月一日は少し懐中電灯の先を外向きに傾けて話す。少し角度が変わったからか、より影がくっきりしたように見えた。

「そんな風鳴さんは未だに待っているんだよ。助けてくれる誰かを」

 ちらりと再び八月一日が懐中電灯をずらす。それは八月一日ではない誰かを一瞬照らしたが……誰が照らされたかはよくわからなかった。

 それがわざとなのか偶然なのかは定かではない。すぐに懐中電灯は戻り、八月一日を照らした。

「だから、風鳴さんの噂の本当の結末は、『風鳴さんを呼んだ人が、風鳴さんの力で突き飛ばされてしまう』んだ」

「うわ……」

 都市伝説の真相に、一同が恐怖に浸った。涼風が辺りを漂っている気さえした。

 誰かがぽつりとこぼす。

「八月一日くん、やけに詳しいね」

「あ、なんで詳しいかって?」

 八月一日はにっこり笑って答えた。

「目の前で、見ちゃったからなぁ」

 その笑顔、その一言に誰もがぞくりとしたのは言うまでもない。

 蝋燭の灯りがまた一つ、消された。


「次は私ね」

 そう言って懐中電灯を手にしたのは、五月七日だった。

「じゃあ風鳴橋の話が出たからあそこにまつわる昔話をしようかしら」

 思い出すように、五月七日は人差し指を頬に当て、考えながら話し始める。

「あんまり有名じゃないけど、橋の麓にはひらがなで名前を書いたのと漢字のとがそれぞれの麓にあるんだよね。

 で、ひらがなで書くときは音を濁らせてはいけないって決まりがあるらしくてさぁ。だからあそこは『かざなりばし』だけど『かさなりはし』って書かれてるんだよ」

 橋の名前というのは「下の川が濁らないように」という願いを込めて、濁音がつかないようにされている。故に、欄干に書いてあるひらがなは通常と違った響きの名前となっているのだ。

「でも昔は、さっきの風鳴さんが『風鳴かぜなりさん』と呼ばれているように、「かぜなりばし」って呼ばれてたらしいんだよ。だから看板も「かせなりはし」で……

 けど、風鳴さんが関係あるかはわからないけど、あそこで霊障に当てられる人やあそこで不幸に遭う人が多く出たんだよねぇ」

 霊障という単語に何人かが反応し、古宮を見る。古宮は自分に視線が集まったのを感じ身を固くした。

「大丈夫だ、古宮」

 ぽんぽん、とその頭を八坂が優しく撫でる。

「祓ってあるから、大丈夫」

「……うん」

 八坂のしっかりした語調に思わず古宮を見た何人かも安心したように胸を撫で下ろした。

 五月七日の話は続く。

「橋を通ったことで足が動かなくなる人、が大量に出たとか。

 まるで枷を嵌められたように。

 つまりは『枷成橋』だったわけだよ。まあ風鳴さんが死に際まで磔で手枷足枷つけられてたって伝承とも、関係があるのかもしれないねぇ」

 風鳴さんは磔にされて埋められたという。手枷や足枷がついていたとしてもおかしくはない。

 想像すると、「人柱」というのがどれだけ残酷な処刑方法だったのかが窺える。

「見兼ねて今の『かざなりばし』に読みを変えたらしいけど、駅の話を聞くと、それもどうだったんだか。

 風鳴かざなり橋の延長線を真っ直ぐ引くとあの駅と繋がる……重なるのよ。

 つまりは、単に『重なり橋』に変容して、犠牲者の出し方が変わったってだけの話なのかもしれないわね」

 試してみる? と五月七日はおもむろに懐から地図を出した。市販で売っている、この辺りの簡易地図だ。簡易でも、橋や駅の名前は必ず載っている。

 何人かが五月七日の方に寄って、覗く。五月七日は風鳴かざなり橋と風鳴かぜなり駅をそれぞれ丸で囲った。風鳴橋から真っ直ぐに線を引いていくと風鳴駅の地点で路線と垂直に交わった。

 都市伝説が伝わる駅とその基となった橋がこのように繋がる。これは単なる偶然なのだろうか。

「ちょっとは怖かったかしら?」

 そう呟いて、五月七日は蝋燭に息を吹きかけた。


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