第8話 日避けの外側

 水色の日避けのついた、古びたベビーカー。

その中に横たえられたのは、まだ一歳にもなっていない小さな赤ん坊。丸い瞳をいっぱいに広げて、彼女は目の前の水色を真剣に凝視していた。


 赤ん坊とベビーカーを俯瞰する視点と、赤ん坊主観の視点との切り替わりを頻回に繰り返す。


 紗和はいつも通りに時間旅行を楽しんでいた。意識だけの存在になって軽やかな浮遊を存分に満喫していたが、微睡みだした思考は、少しずつふにゃふにゃとおぼつかなくなってくる。入眠前の旅行には、ありがちなことである。


 しかしそこで、紗和は小さな違和感を感じた。


「あれ……」


 今までこの旅行先で感じたことのない、小さな違和感。その正体はすぐに見つかった。


「君は」


 太陽光から赤ん坊を守るように目一杯下げられた、水色の日避けカバー。それを僅かに押し上げたのは、ふくふくとした、小さな子供の手のようだった。


「――――誰?」


 気づけば俯瞰する視点への切り替えができなくなっていた。赤ん坊の内側から、紗和はその子供に向かって、「誰?」と問いかけを繰り返した。しかし返事は返ってこない。


 半分ほど上げられた日避けの外側から、子供の顔が見えた……気がした。


「あ……?」


 見覚えがあるような、ないような。


 そこで終わりだった。

紗和がその違和感の正体を掴みきる前に、彼女の意識は深い微睡みの中へと霧散していった。

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