第2話 同僚
「おつかれーす」
気の抜けた男の声に、
今回の旅行は、ここまでだ。
「間宮さん、寝てたの?」
「寝てないよ。ちょっと目を閉じてただけ」
「休憩何分まで?」
「あと二十分あります」
ロッカーを開け、男はエプロンを引っ張り出した。
「今日はラストまでだよね」
「うん。原さんも?」
「ああ。じゃあ今日は二人で締めか」
「え。店長来ないんだっけ。そっかぁ。それなら早めに休憩切り上げようかな」
立ち上がって背伸びをした。
閉店作業がアルバイト二人だけの日は、何かと時間がかかる。今のうちに雑務は片付けておきたかった。
「ゆっくり休憩してなよ。締め作業なんて、のんびりやればいいんだし」
「でも」
「きっちり残業代請求してやろうぜ。どうせ今月で追い出されるんだからさ」
ハハ、と笑いながら原はエプロンの紐をぎゅっと結んだ。
紗和は「そうですねえ」と返しながら、ぼんやりと少し先の未来のことを考えた。新しいバイト先を探さなくては。
大学に進学してすぐ、下宿先から近いこのペットショップでアルバイトを始めた。爬虫類と魚類に特化した、この辺りでは割りと大きな専門店だが、今月いっぱいで隣県の店舗と合併することが決まったのだ。店員達はアルバイトも含め新店舗で雇用を継続してくれるらしいが、移動手段が自転車しかない学生バイトにとっては、現実的な話ではなかった。
「次のバイト先、考えてる?」
「いや、なんにも」
「俺も」
この辺りには複数の大学がある。紗和と同時期に採用された原も、大学は違うが生活圏は全く同じだった。
「今日終わった後、飯でも行こうよ」
「え?」
唐突な誘いだった。
一年少しずっと同じ職場で働いてきて、同じ学生である原とは、シフトが被ることも多かった。社員も含めた飲み会が開催されることも多かったが、一度も二人だけで食事をしたことはない。
「今、彼氏とかいる?」
びっくりして声を出せないまま、首を振った。目の前の男が、ほっと息を吐き出して微笑んでいる。
「良かった。怖くてなかなか聞き出せなかったんだ。でもこの店なくなったら、会うことも殆どなくなるだろうし……あ、俺そろそろタイムカード打たなきゃ」
ドアの方へ身体を向けた彼の言葉の後半は、少しだけ早口になっていた。
「……あのさ、もっときちんと話したいんだ。食いたいものあったら、考えておいてよ。また後でね」
閉められたドアの向こう側から、足早に遠ざかる音が聞こえた。壁掛け時計に、思わず視線を移す。紗和の休憩時間は、まだ残っていた。
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