あの時の僕の思い
@serai
親友は、殺人鬼
数ヶ月前、僕の親友であった戸崎武が失踪した。
理由は、存在する。
最初は、些細な事だった。
後から知人に聞いた話によると、武は、ヤクザに絡まれていた自分の妹と助ける為に喧嘩をしたらしいと言う事。
武は、体格の良い大男で、相手がヤクザであろうが、喧嘩で負けるような奴じゃない。
少し、加減を誤ったのだろう。
武は、そのヤクザを殺してしまった。
そして、武は、警察に自首しなかった。
そのまま街の中へ消えていってしまったのだ。
頭の良い武の事だから、解っていたのだろう。
例え、下っ端のヤクザであとうよ手にかけてしまえば、ヤクザの仲間達は、地獄の底まで仇とばかり追いかけてくる。
面子やプライドが命より大切なヤクザ達である。
警察に捕まれば、それこそ逃げ場が無いと言う事を、武は知っていたのではないだろうか。
武は、生きる為に失踪したのだ。
そして、数ヶ月して武の噂が街中でたち始めた。
武は、追ってくるヤクザ者達を返り討ちしていた。
そう、武の命を狙う者は、皆彼に殺された。
何時の間にか、彼は、殺人鬼と………そう言われる様になっていた。
僕には、それが許せなかった。
武は、そんな奴じゃない。
殺人鬼などと言う、壊れた……狂った………モノじゃない。
武は、人間だよ。
武は、警察に捕まるほど愚かではない。
武は、ヤクザに殺されるほど、弱い人間じゃない。
それでも僕は、じっとしている事ができなかった。
僕は、毎日、毎晩………武の目撃情報のあった繁華街に出かけて行った。
もちろん、武を探し出す為だ。
武に逢って話しをしたかった。
こまま永遠に別れてしまうには、とても心残りだった。
僕と武は、親友なのだから。
ある日、僕は何時も様に夜の繁華街をうろついていた。
初めは、しつこかったホステスの勧誘も僕が興味ない事がわかると
相手にしないようになっていた。
毎日こんな所に来て、いったい何をしているのだろう。
と、きっとそう思われてるに違いなかった。
少し歩き回って僕は、裏路地に入って行った人物を見てハッとした。
その後ろ姿が武にソックリだったからだ。
僕は、思わず走りだして、その裏路地へ飛び込んで行った。
裏路地へ足を踏み入れた時、僕の背後で何者かの気配を感じた。
僕が気づいた時には、遅く。
その何者かは、僕を羽交い絞めにして、ナイフの刃を僕の首元へあてた。
「ここで何をしている?」
僕を羽交い絞めにした者は、そう僕の耳元で言った。
その声は、僕の聞き覚えのある声だった。
「武………。そのナイフで僕も殺してしまうの?」
「………ケイト………」
僕を羽交い絞めにする武の声が震えていた。
この時、僕の顔は、きっと生まれてから一番悲しい顔をしてたと思う。
武は、僕を羽交い絞めにしたまま、動揺している様子だった。
僕は、嬉しかった。
やっと、武に逢えた。
とても嬉しかったんだ。
だって、長く会えなかった親友に再会できのだから。
でも、武の方は、そうじゃなかった。
驚き、不安、悲しみ。
そんな彼の感情が僕の中へ入ってくるようだ。
武は、僕を羽交い絞めにしていた腕の力を緩めた。
そして、僕の前に向き直る。
「ケイト………どうして……」
武は、まだ戸惑いを隠せない様子だった。
僕は、久しぶりに武の顔を見た。
「えっ? 武………その顔……」
僕は、驚いて声を上げた。
数ヶ月ぶりに見る武の顔は、あまりも変り果てていた。
そうとう苦労したのだとおもう。
健康そのものだった武の表情には、陰りが見える様になっていた。
頬の肉は、削げ落ちて………まるで野生の獣そのものに見えた。
だか、それだけなら驚かない。
武の顔には、小さな生傷が無数についていた。
この傷は、一生消えない。
そんな傷だった。
武は、「俺の顔を見るな」と言わんばかり、顔を逸らす。
「ケイト! どして、こんな所に居るんだ?」
「武! それは、こっちの台詞だよ。あのまま失踪してしまって………僕も由佳里ちゃんもとても心配してたんだよ」
由佳里と言うのは、戸崎由佳里の事、武の妹。
「解っているのか? 俺は、人を殺したんだぞ!」
「そんなの……良いんだ。帰ろう! 武………」
「帰ってどうなる? 警察の厄介になるのか? 警察に助けを求めたってな………」
武は、悔しい思いをぶつける様に近くに在った空缶を蹴り飛ばした。
カン
と言う乾いた音を響かせて空缶は、何処かへ飛んで行った。
「ケイト……。お前は、解ってない。人を殺したってな……もう、一人や二人じゃないだ! 世間では、俺の事………殺人鬼なんて呼んでるだぜ!」
「だけど、このままじゃ武が………」
僕がそう言って、武の側寄ろうとすると彼は、一定の距離を保つように離れた。
「フン!俺は、もう狂ってんだ! もう、元に戻らないよ! じゃなきゃな、10人以上も殺しは、しないさ!」
武は、そう泣きそうな笑顔で叫んだ。
僕は、武と話がしたかった。
あのままお別れなんて、悲し過ぎるから。
そして、話をすれば武を助けられると思ってた。
そう、話さえすれば、武は………解ってくれると思ってた。
「武は、………狂ってなんていないよ。武は、降りかかる火の粉を祓っているだけだよ。
僕には、解る。武は、自分が狂っていると思う事で人を殺した罪を正当化したいだけなんだ」
「ダマレ!!ケイト!!そんな話は、したくは無い!もう、何処かへ消えてくれ!
もう、俺の事は、忘れてくれ!」
そう叫んだ武は、もの凄い気迫だった。
己の怒りを僕にぶつけてるような……そんな気迫のこもった彼の心の叫びだった。
それでも僕は、言わずには、居れなかった。
「駄目だよ。狂ってなんかいないよ。武は、狂ってなんかいない。武は、人だよ。本当に狂った人はね、人を殺したりしない。狂った人は、何も求めないんだ。人を殺す事ができるのは、人だけだよ。武………武は、僕の様に狂ってなんて居ない」
「何を言ってんだ?」
武は、僕の独白に驚いた様に声を上げた。
「僕はね、何時も武が羨ましかったんだ。当たり前の様に笑って、当たり前の様に自分の欲しいモノを望み、手に入れていく。そして、当たり前の様に幸せを手に入れていく。そんな武が羨ましかったんだ。僕にだって、欲しいモノは、在った。求めるモノは、在った。だけど、僕は、壊れているから、狂っているから………何も求める事は、なかった。求めないと
手に入らないのに。それでも僕は、求める事を恐れたんだ!」
「ケイト………お前…………」
武は、そう呟くと僕の側へ近づいてきた。
武の大きな右手が僕の胸に触れる。
「ケイト、お前は……死にたいんだな? 死を望んでいるのか?」
「…………」
武の問いに僕は、無言で頷いた。
死にたい。
何時も死にたかった。
それでも僕は、狂っているから、それを求める事を許されなかった。
武は、手に持ったナイフを僕の胸に当てた。
そして、力を込めるとナイフは、僕の胸を貫いた。
「グフッ………」
僕は、逆流して来た血を口から吐き出した。
「ケイト……。お前は、死を求めた。そして、俺がそれを与えた。これで、お前は、人として死ねるよな?」
武は、そう言って僕に微笑んだ。
僕は、自分の血でぬれた右手を武の頬に当てた。
「やっぱり………武は、優しいね」
僕の意識は、途切れそうになってくる。
これが死と言うものか。
と僕は、思った。
もう、目も見えない。
ただ、武の声だけが僕の中に聞こえてきた。
「ケイト………。何も狂っているのは、お前だけじゃない。この国の人間は、皆狂ってるのさ」
あれから、数週間後。
僕の命は、奇跡的に助かった。
一週間程、生死の境を彷徨ってたらしい。
気がつけば、僕は病院のベットの上だった。
武の事だから、きっと僕の急所を外したのだろう。
でも、僕には、それで十分だった。
僕は、死を求めた。
武は、それに応えてくれた。
それだけで十分だった。
あの時、今までの僕は、死んだのだ。
これからの僕は、何か求める事ができるかもしれない。
新しい僕の人生がこれか始まるのだ。
「………さん。…………ケイトさん。ヤシマ…ケイトさん? お薬の時間です。起きてください」
看護師の一人がそう事務的な台詞を言って、眠っていた僕を起しに来た。
「あっ……もうこんな時間……」
僕は、ベットの隣にある机上の小さな時計を見る。
時計の針は、丁度15時を刺していた。
「よく寝てましたね。今日は、いい天気ですよ」
看護師は、そう言って閉めきってたカーテンを開いた。
明るい日の光りが病室内を明るく照らしつけた。
看護士は、クスリと水の入ったコップを机に置くと次の仕事があるのかそそくさと病室を出て行った。
そして、その入れ替わりに一人の女の子が病室に入って来た。
戸崎由佳里。
武の妹………その人だった。
「今日も来たんだ」
僕がそう言うと彼女は、申し訳なさそうにニコリと笑った。
由佳里ちゃんは、まだ身体の自由が利かない僕の世話をとても丁寧にやってくれる。
彼女は、僕に対して責任を感じているのかも知れなかった。
実の兄が僕をこんなふうにした事に最初は、とても謝ってたから。
僕は、由佳里ちゃんに
「それは、違う。僕は、君の兄さんに助けられたんだ」
と言ったが………それを彼女は、どう受け止めたのかは、解らない。
そうして、毎日僕の世話をする為にやってくる。
家族の居ない僕には、それはとれも嬉しい事だった。
ある日、僕と由佳里ちゃんは、暇を弄ぶ様に病室でテレビを見ていた。
よくあるクイズ番組の再放送だったと思う。
その番組を見ていたら、急に報道番組へと切り替わった。
「臨時ニュースです。山田組系暴力団員を10人以上殺害したとされる容疑者が先程、警察に逮捕されました。
容疑者の名前は、戸崎武(とざきたける)。年齢は、20歳……………」
突然の事だった。
あの武が…………警察に捕まったのだ。
由佳里ちゃんも驚きを隠せない様子だった。
さっきから、しきりに
「兄さん………兄さん……」
と繰り返し呟いていた。
「なお、この容疑者は、暴力団組員を残虐な殺し方をする事から………組員達からは、殺人鬼と呼ばれ、恐れられた
存在だったと言う事が解っております」
テレビやニュースの言う事がから、多少なっとくいかない部分があったが、ほぼ間違いのない事を繰り返し放送していた。
「武…………。どうして、捕まったんだ…………」
警察には、捕まってほしくなかった。
それは、僕のエゴからもしれない。
それでも、武には、捕まってほしくなかったのだ。
武が警察に捕まって30年の歳月が過ぎた。
僕は、ある刑務所の門の前に立っている。
武がようやく刑期を終えて、今日………戻ってくるのだ。
12月の寒い日だった。
午前中から冷え込みがきつくて、午後からは、雪が降るだろうと天気予報は、告げていた。
丁度、12時をまわったぐらいに刑務所の通用口が開いた。
そこから、初老の大男がそそくさと出てきた。
武だ。
間違いは、なかった。
あれは、どう見ても武だった。
30年の歳月が武の顔に幾つものしわを作り、昔の面影は、何処にもなかった。
それでも武の顔を忘れるわけがない。
「武!長かったよ。お疲れ様………」
「…………ケイトか?」
僕は、武の前でそう言うと彼は、僕の事を一瞬解らなかった様子でそう聞いて来た。
僕は、頷くとニッコリと笑みを浮かべた。
「武、今から、由佳里ちゃんの墓参りに行こう!ちゃんと、報告しないとね」
僕がそう言うと武は、「ああ」と頷くだけだった。
由佳里ちゃんは、去年………武の帰りを待たずに亡くなってしまった。
末期の癌だったと聞いている。
僕と武は、二人で暫く並んで歩いた。
昔の話、これからの事。
色々話したかった。
積もる話は、山の様にあって、どれから話していいのか迷ってしまった。
「雪………か」
唐突に武がそう呟いた。
僕は、空を見上げると舞い降りる白い粉雪が一面を覆っていた。
これは、積もるな。
と僕は、思った。
そんな時である。
一人の30歳ぐらいの男が
ドン
と武にぶつかって来た。
「え?」
僕が声を上げる間もなく。
武は、崩れ落ちた。
積もり始めた白い雪の絨毯に武の赤い血がボタボタと落ちた。
武は、ぶつかって来た男に刺されたのだ。
その男は、既に何処かへ走りさっていた。
「武! 武! 大丈夫かい? 直ぐに病院へ、いや、救急車を………」
「ケ………イト………良いんだ。助からない。良いんだ。これで………因果応報って奴だよ」
「駄目だよ。武、また一人で……僕の前から居なくなるって言うのかい?」
「フッ………変わらないな………ケイトは。昔のままだよ………泣き虫だな」
武のその言葉が最後だった。
力を無くしたようにぐったりとして、動かなくなってしまった。
「そんな………せっかく………再会したのに………」
僕は、泣いていた。
悲しくして……ただ………悲しかった。
僕は、寒さで冷たくなった右手で彼の頬に触れた。
おわり。
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