風前の灯火

jo-ro

風前の灯火

 低い話で恐縮です。横に倒れた椅子に、横になって座って寝ています。が、しかし、聞いていってくだい。

 あの日は確か雨の日でした。しかし、真夏の梅雨であったため、僕の部屋には金魚の幽霊がふわふわと、ふわふわと、ふわふわとうなだれていました。堅くて濃い紫色のソファ。お気に入りのソファに背中は付けないようにもたれかかり心臓の音を聞いていました。トコトコトコトコ、トコトコトコトコ、心臓の音はいつもより元気がなくまるで死にかけの虫のようにしぶとく動いていました。「そろそろ電池を替えなければなぁ」僕はそう思い、階段下にある物置室に向かいました。物置室で電池を探しましたが単三電池しか見つかりませんでした。僕の心臓は単二電池ですからはまりません。「電池屋さんに行かないと」電池屋さんは、あの電池屋さんのことです。池の中に笑顔を埋めてしまった前の店長さんは、もういませんが賢い蟻さんが今は店長さんとして頑張っています。壁には死にすぎたゾウの鼻がぶらん、ぶらん、と時計の役割をしています。さて、雨の日には雨の匂いがするのでしょうか。

 雨がザーザー、お寺の鐘のように毎秒時刻をきっちりと告げています。金魚の幽霊は、僕を見ながらニタニタ笑っています。あの吸血鬼が現れなくなったことは良いことですが、こうも変な心持ちで生きていなければならないのかと、おもひます。つい最近まではあの吸血鬼が町中を徘徊していました。あの、かつて光を反射していた月に血をかけて錆びさせるために、毎夜毎夜、人間から野良犬まで、平等に襲っていたのです。あの月をとうとう錆びさせたそのとき。吸血鬼は満足そうにどこかへ行ってしまい、代わりに×××が来たのです。時系列というものは、持ちつ持たれつで何とか文字列をかたどっています。それは腕の上で行われている蚊の戦争を眺めているような心持ちです。

 左手に平日をぶら下げて、電池屋さんまでの道を歩いていると怪しい雲が私に語りかけてきました。「心臓が邪魔で仕方が無い少年よ、ある秘密を教えてやる。お前ハからだが透明な魚を知っているか。敵に見つかりにくくするため二からだが透明に透き通るよう進化した、魚を知っているか。実はその後、続きがあるのさ。その魚より進化してしまった魚がいてさ、からだをドンドンドンドン透明に、透明に進化させていって、ついには水になってしまったのだ。この世にある水分は全て元々は生物だったのさ、この雨も、あの池も。カメレオンもいずれは空気になると俺は睨んでいるよ」、、、、、、、、「ほえー」

 お外が暗すぎてどのくらい歩いたのか分からない、もしかしたら自分は一歩も歩いてなくて周りの景色が動いてるのかも。幻覚が溶け出して肉体と一体化した。そのせいで、雨の匂いがからだ中に染み渡った。心臓の音がさらに弱くなってきて、なんだか悲しい気持ちになったから、気分を上げようと僕は笑いかけた。盲目のカエルが「すがる気持ちで笑うのは嫌だ」と言うので私はそのカエルを青色の長靴で踏み潰した。もし僕が家の外に出ていなければ今頃、僕の声を録音したカセットテープを聞いているだろう。これは単なる時間差である。丑の刻参りをしていそうな人が前から歩いてきた。「あなたはなにをしているのですか」「堂々巡りをしているのです」その人は通り過ぎていった。トラディショナルな歓声が僕の心の中に広がっていく。

 ここら辺の道は全て畳でできている。なぜかというと、畳が敷き詰められているためである。街頭の火が出勤し始めた。朝番なのか夜番なのか。聞いてみても言語の違いがあるため分からない。こんなことならしっかり授業を受けとくべきだったと思う。大きな看板にはいくつかの広告が張り出されている。「金縛りの向こう側に行ってみませんか」「桑の実と宇宙の関係性について」「電池屋」これだ。電池屋さんの看板だ。「この先、西にクロール三十回、北に画鋲」なるほどわりと家に近かったのか。僕が気がつかないうちにこんなに近くなっていたとは。一反木綿も大笑いだな。幽霊が死んだら、幽霊の幽霊になって、幽霊の守護霊は幽霊の幽霊であって、幽霊の幽霊が死んだら、幽霊の幽霊の幽霊になって、幽霊の幽霊の守護霊は幽霊の幽霊の幽霊である。そのこともあいまって一反木綿は大笑いするのだ。畳を歩きすぎて僕は足の感覚がなくなった。地面の感覚がなくなってきた。地面を歩かなければいけないというルールをニュートンが作ってしまったせいで僕はこんなにも足を痛めている。重力は重力でしかないはずなのに。僕は日々の努力を積み重ねることによって、脳髄に湧き出た疑問を自分に落とさず空中へとぷかぷか浮かべることに成功した。ハテナの形をした疑問を金魚の幽霊がパクパク食べてしまうので、化け草履が同情してくる。化け草履は僕に歌を披露した。

 「カラリン、コロリン、カンコロリン、まなぐ三、まなぐ三つに歯二ん枚

  カラリン、コロリン、カンコロリン、まなぐ三、まなぐ三つに歯二ん枚

  カラリン、コロリン、カンコロリン、まなぐ三、まなぐ三つに歯二ん枚」


 とうとう電池屋さんにたどり着いた。電池屋さんの目印は店前に置いてある三体の御地蔵様。三体とも首から上がないので以前、なぜ首から上がないのか店長に尋ねてみたことがある。店長さんが言うには、お金がないときに首だけ取って質屋に売り払ったそうだ。店の中に入ると、店内は賑わっていた。どうやら今日はロシアンルーレット大会が行われているらしい。「おい、お前もやっていくかい」「もちろんだとも、あたりまえさ」僕はロシアンルーレットが大好きだ。娯楽がないこの町ではロシアンルーレットが人気である。どのくらい人気があるのかというと、ロシアンルーレットをするさいに、誰から打つのか順番を決めるのにもロシアンルーレットを使うのだ。僕は興奮気味に一番を挙手した。今回使うリボルバーは、さいだいで五発弾が入る。トクトクトク、僕は五発入るリボルバーに七発詰め込んだ。トクトクトク、弾が出る確率は五分の七、十四割、百四十パーセントの確率で僕の脳髄は初めて外の世界を見ることになる。トクトクトク、十割を超えてしまうと来世の自分まで殺めてしまうこともある。トクトクトク、前世があるから今世があるわけで、前世がなくなってしまったらどうなるのだろうか。トクトクトク、こめかみに銃口をあてた。スリル、緊張感で冷や汗が出てくる。トクトクトク、この瞬間がたまらない。引き金を引く瞬間、心臓がトクトクして思い出した。そういえば電池を買いに来たんだった。 

風前の灯火。


                                   終わり

 

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