五仕旗 N^Synergetic2 Period(ごしき シナジェティック・ピリオド)

旋架

第1話 銀之剣士 Part1

 あるときは、地を這いつぶてを飛ばして攻撃する龍。

 四肢を地に張りつけ、敵を丸のみにする。嘲るような笑い声を上げて調子づいていると、こちらに向かい、ペガサスが突進を――。

 

 またあるときは、両足で立ち、色とりどりの沼を使い分ける龍。

 勝利まであと少し――自身の完璧な策に酔っていると、敵の龍が身につけた種々の武器によって、何度も痛めつけられた――。

 

 そしてまたあるときは、羽根を広げて宙を舞い、敵に流星を打ちつける龍。

 激しい攻防の末、屈強な獅子に目を突かれ、地へ落とされた――。

 

 どのシーンが再生されようとも、必ず最後にはこう付け加えられるのだった。


 ――統四平限とうしへいげんを封印しろ。

 

 ベッドから飛び起きる。

 もう何度も同じ夢を見ては汗を流しているのに、この体は慣れを覚えてくれない。

 物心ついた時から、粒井岳積つぶいたつむはその夢に悩まされていた。人間であるはずの自分は、夢の中ではなぜか龍の姿をしている。一進一退の攻防を繰り広げては、いつも惜しいところで敗北し、眠りにつくのだった。

 なぜこんな夢を見るのか。あらゆる手を尽くしたが、答えは出ていない。

 ひとつだけわかること――自分はこの夢を、魂の生え際から恐れている。


 汗をすっかり吸い込んだ掛け布団を払い、ベッドから出る。洗濯機を回し、着替えた。

 青年はドアに鍵をかけ、道に出る。両手を緑で埋め尽くす遊歩道。閑散としたこの地を選んだのは、悪夢と相殺するためでもあった。

 十分ほどで、町の中へ。まだ誰もおらず、静かだ。


 扉を開ける。広々としたロビーの正面にはカウンターがあった。

「おはようございます」

「あら、早いわね。おはよう」

 椅子に座っているその龍は、岳積に挨拶すると微笑んだ。その笑顔は年齢を感じさせない。

 彼女の名はハルナ。人間でいうところの老婆だ。


 建物の二階から扉が開く音が聞こえてくる。彼らの話し声に、目をこじ開けられたのだろう。

「本当に、規則正しい方ですね、毎朝、毎朝」

 掛松聡情かけまつそうじょうが嫌味を言いながら階段を降りてくる。

「お前がルーズなだけだろう。住み込みだからいいようなものの――」

「うるさいな。俺だって家から遠ければもっと早く起きて――」

「顔、洗ってきなさい」

 ハルナがあしらうまでがモーニングルーティンだった。

 岳積と聡情はパルスイアの町にある集会所のエージェント。年齢は二人とも二十代半ばだが、同世代なら何もかも合うというものではない。

 

 人間とモンスターが共存するこの世界。

 人間の中にはモンスターをカード化して、その力を利用できる――製札者メーカーと呼ばれる者がいた。

 製札者メーカー非製札者アンメーカー――製札者メーカーではない者――との違いは、心臓の中にある起動スターターという部位が機能しているか否か。

 製札者メーカーの大半は、生まれつき起動スターターが機能している。したがって、製札者メーカーになれるかどうかは、才能と言っても差し支えなく、努力でどうにかなるものではなかった。


 この世界では、人間とモンスターが互いに関わり合わないことが一般的な考えになっている。モンスターはカード化を恐れ、モンスターをカード化できない非製札者アンメーカーもまた、モンスターを恐れていたのである。

 モンスターの中には、人間と共生を望む者もあるが、人間の中にはモンスターに対して否定的な者も少なくない。モンスターとともにいる人間を軽蔑の目で見る者もいた。

 モンスターの中には人間を襲撃する者もおり、一部の製札者メーカーは自身が所有するカードの力を使い、それらを成敗している。彼らはエージェントと呼ばれ、暴走するモンスターを制したり、モンスターの力を借りて、人間のみでは不可能な作業を実現したりと人々の生活に貢献していた。

 製札者メーカーの中には、モンスターの力を悪用する――バーストと呼ばれる者たちもいる。製札者メーカーに対して、弱い立場であるモンスターを一方的に襲う悪質な者もいた。

 

 エージェントとバーストとの戦いは、しばしば、五仕旗ごしきと呼ばれる対戦方式を採用して行われる。

 製札者メーカーはカードを束ねデッキ――数十枚のカードを基にした自身の戦力――を構築し、ルールに則って勝負する。モンスターをカード化すると先兵モンスターカードの他、それに関連するカードが得られることもある。製札者メーカーが五仕旗でモンスターとの絆を深めるうち、新たなカードが現れることも珍しくない。それらを活用してデッキは構築される。

 また、製札者メーカーがカードをつくりあげる事象を研究し、新たなカードをつくりあげる研究もされていた。実際、そのようにして誕生するカードもある。

 カードの種類は、白色の先兵モンスターカード――専ら、モンスターカードと表記される――、黄色の解煌かいこうカード、黒色の専煌せんこうカード、青色の伏兵リアクターカード、赤色の鉄槌てっついカードの五種類。

 

 争いの手段として当然のように用いられていた五仕旗だが、その存在は謎に包まれていた。

 モンスター、製札者メーカー、カード、五仕旗、起動スターター……。これらの関係については解明されていないことが山のようにあった。

 起動スターターには、場に出たカードの情報や能力値等を可視化する効果がある。対戦中のプレイヤーだけでなく、周囲の人間もカードの効果を確認できる(もっとも、対戦中、カード効果は初めて効果が適用された時点やカードの所有者から開示された時点で明らかになるため、それまでは確認できない)。

 また、起動スターターが鍛えられているほど、相手に与える衝撃が強くなる。これにより、強力なモンスターによる攻撃の価値を高めることもできる。

 ただ、その詳しい仕組みは解明されていない。起動スターターだけでなく、五仕旗のルールの起源やカード化とは何かなど、判明していないことは多い。

 しかし、五仕旗による勝負であれば、単純な力では劣るモンスターも戦略次第で強力なモンスターを倒すことができる点や、勝者と敗者を明確にわけられる点などから、五仕旗は争いの手段としてメジャーな存在であった。


「ご飯、もうできてますからね」

 ハルナが声をかける。

 岳積は食堂へ足を向けた。

 棚から二人分の食器を取り出し準備していると、聡情がまだ電源の入っていないような顔で入ってくる。

 席につき、朝食をとる。ハルナの料理はいつも美味い。岳積が集会所に到着する時間や二人が口論になる時間、それらを逆算して冷めないようにつくられている。


 食事を終え、ロビーに戻る。

「岳積ちゃん、朗報なんだけどね」

 ハルナは嬉しそうな顔をしていた。

「何です?」

「サーチャーが固有希少値こゆうきしょうちきんのモンスターを見つけたみたいなのよ」

 サーチャーは周辺のモンスターを探し出す装置。集会所に一台設置され、主にハルナが管理している。

 固有希少値はモンスターの珍しさ、レアリティを表す。能力の高さといってもよい。固有希少値は低い順からどうぎんきんおうである。

「よかったな。岳積!」

 聡情が岳積の背中を叩く。こいつ、わざと力を入れたな。痛がっていると、ハルナが続けた。

「どこかから最近この辺に来たモンスターだと思うんだけど、もしかしたら統四平限とうしへいげんかもしれないでしょ? 悪さしてるって話もないから何とも言えないけれど、一応確認しに行ってもらえるかしら?」


 統四平限。

 強力すぎる故に、カード化した製札者メーカーが扱いきれなかったという幻のカード。製札者メーカーの許可なしに、カードから出て自由に行動できるなどといわれている。噂が一人歩きするばかりで実態を掴んだ者はいないため、真相はわかっていない。しかし、探し回る者が多くいることも事実だった。もしも噂通りの危険なカードなら、バーストの手に渡ればどうなるかわからない。

 岳積もある理由から、そのカードを探していた。

 

 岳積には願ってもない機会だ。断る理由はない。

「はい。もちろん――」

「この俺が、責任を持って面倒見させてもらいます。だから安心して、ハルナさん!」

 聡情が先に返事をした。

「お前な……」

「何かまずかったか? だってお前、行くんだろ?」

「それはそうだが、そうやって入られると調子が狂うんだよ」

 そんなやりとりが嬉しいのか、ハルナは微笑んでいる。

「聡情ちゃん、頼んだわよ」

 どちらかといえば、岳積が聡情のお守りをすることの方が多いのだが、また言い合うのは面倒なので彼は黙っていた。

「それで、場所は?」

 ハルナの顔が曇る。

「それがね、岳積ちゃんには少し苦しいかもしれないんだけど……」

 ハルナの表情から大方の予想はついていた。

「実はね、Laboラボの近くなの」


 人里離れた森の中を聡情とともに進んでいく。いつも口やかましい彼だが、歩き続けたからか、先ほどから全く口を開かない。もっともその方が、岳積には都合が良かった。疲れただの、どうしてこんなところまでだの、どうにもならないことに対して小言を並べられてはかなわない。

 その沈黙に聡情自身が飽きたのか、黙っていた彼が質問してきた。

「Laboってさ、お前が集会所に来る前にいた場所だよな?」

「ああ」

 また沈黙。聡情の口からは次の言葉が出てこない。

「その……何ていうかさ……」

 いつもはっきりと物を言う聡情にしては珍しく、もじもじしている。両手で救った砂を、一粒も手のひらから落としてなるものかと、慎重に運んでいるような素振りだった。

「俺達、付き合い長いだろ? だから、そろそろ……」

 求婚でもされるのかと一瞬ひやひやしたが、視界に入った建物によって、つまらない考えは振り払われる。

 森の中にあるにしては、場違いと評して差し支えないほどにきれいな建造物。この建物を際立たせるために、代わり映えのない木々が広がっているのではないかと思えるほどだ。

 

 岳積は思い出す。

 ここでの生活――。

 行き場のなかった自分に、あの頃わずかだが、光が差したような気がした。

 今は名を聞くだけでも心苦しい場所になっている。


 その時、二人の目の前に男が現れた。

「お前たち、ここで何をしている?」

「は? 偉そうに、何だよ」

 聡情が噛みつく。先ほどまでのだんまりはこのための充電時間だと言わんばかりの勢いだった。喧嘩っ早い彼らしさが戻り、岳積は少し安堵した。

 しかし、目の前の男は穏やかではない。180センチメートルはゆうに超える背丈。岳積と聡情も男性の中では高身長だが、男はかなり筋肉質だった。日頃から鍛えている二人の体も、彼と比べれば華奢きゃしゃに見えるだろう。

「お前たち、まさかモンスターを探しに来たんじゃあるまいな」

 真面目に答えるのは不毛だと感じたが、隣の能天気はそうはいかない。

「そのまさかだよ。その様子から察するに、お前もだな」

 男は言い当てられたというような表情を浮かべた。

 このままでは空気が悪くなる一方だ。岳積が提案する。

「やめろ聡情。彼も例のモンスターを探しているのならば、三人で一緒に探した方が効率がいい。わざわざ敵をつくるような発言をするな」

「先に敵視してきたのは、こいつの方だろ。俺は悪くねえよ」

「お前のそういうところが、いつも事態を悪化させるのではないのか?」

 岳積が聡情をなだめていると、男が割って入ってきた。

「俺が探しているのは統四平限だ。お前たちのように、生ぬるいモンスターを見つけにきたわけではない」

「俺たちだって統四平限を探しに来てんだよ!」

「手に入れたとして、どうせお前らは、ろくなことに使わないのだろう? お前らに統四平限は渡さん」

「何だと!」

 手が出そうになる聡情を手で制する。

 男の意見に岳積は賛成だった。そのモンスターがありふれたものなら、この男に渡してもいい。しかし、統四平限ならば話は別。渡すつもりはない。この男は敵になり得る。

「お前たちにちょろちょろされるのは鬱陶うっとうしい。お前、製札者メーカーか?」

 男は岳積を見て言った。

「ああ」

「それならば、どうだ? ここは正々堂々、五仕旗で決着をつけるというのは」

「話が早くて助かる。私も今、同じことを言おうと思っていたところだ」

 聡情は呆れているようだ。

「お前さっき、『わざわざ敵をつくるような発言はするな』とか言ってなかったっけ? っていうか、何で岳積なんだよ!」

「お前みたいな弱そうな奴を相手にしても、つまらないからな。こいつの方がまだマシに見える」

「こいつ!」

 岳積の目にLaboが映る。ここで争うのは気が引けた。もっともらしい理由をつくる。

「ここだと人目につく可能性がある。私たちのいざこざをあえて他人に見せる必要もない。場所を改めないか?」

 つまらない文句をつけられるかと思っていたが、岳積の想像に反して男は素直だった。

「ああ……」


 先の建物は木々の中に隠れた。

「スパイクだ」

 男は律儀に挨拶する。岳積もそれにならった。

「粒井岳積」

 両者の腰にあるデッキが光る。


 ――心臓の鼓動が高鳴る。


「五仕旗――」

 岳積が言う。

N^Synergetic2 Periodシナジェティック・ピリオド!」

 岳積とスパイクは声を揃えた。

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