刹那、燦然、輝いて
朱雀
第1章 創始万来篇
第1話 非日常
人が一番輝く瞬間はいつだろうか。
大会で賞を獲ったとき。
思い人への恋が実ったとき。
否。
その瞬間は誰にでも訪れ皆等しく光り輝く。
少年は歩いていた。紅に染まった森。木々が立ち並び、葉の間からは月明かりが漏れている。その幻想的な光景とは裏腹に狂騒とした音が鳴り響く。何という種類かもわからない鳥の鳴き声や、常識から外れたサイズの虫の羽音。牙がとがった野犬に何者かの悲鳴。それに加えブツブツといううめき声に似た独り言。
「くそっっ……こんなはずじゃあ……」
それは少年が発した声だった。少年の名は
森の中の暗闇から何者かが飛び掛かる。楓は旋回してそれを躱し、相手の顔面に肘を打ち込む。全体重を乗せた
相手の返り血によって染まった体を見て頭をかかえる。――どうしてこんなことに。そう考えるには十分な非日常だった。
とある中学校のとある日の放課後。クラスの人たちの声が響く。友達を誘って部活に行く者、同じく友達を誘って帰る者。中には一人で帰路につく者もいる。そんな中、楓はクラスの友達との談笑が終わらず、未だ教室に残っていた。
「でもやっぱもしもボックスが最強だと思うんだよなー」
「いやあらかじめ日記知らんのか?あれが最強なんだが?」
今は某国民的アニメの秘密道具の中で一番ほしいのは何かについて話していた。なぜこのような話になったかは誰も覚えていない。
そんなことを話していると廊下から猛々しい足音が聞こえてきた。教室の扉がその足音からは考えられないほど丁寧に開かれ一人の少女が入ってきた。
「かえでー帰るよー」
その少女の名は
かくいう楓もこのクラスで学級委員をしていた。楓は夏希とは違い、『ほとんど仕事ないし当番もないから一番楽っしょ』という安易な考えで学級委員に立候補していた。
「ああ、ちょっとまって準備する」
楓がそういうと夏希は
「もー準備しといてよー」
といいながらもいつも待ってくれていた。これが毎日のお決まりのようなもので、楓は話していた友達に別れの挨拶をすると夏希とともに帰路についた。
楓の家と学校の距離はそこまで遠くはなく歩いて帰れる距離なため、夏希と一緒に歩いて帰っていた。
「さっきなんの話してたの?」
夏希が聞くと楓はうれしそうに答える。
「いやーなんかー秘密道具で一番ほしいのはなにかーみたいな話になって。んで俺は結局あらかじめ日記が最強だと思うんだよね。前にも言ったけど書いたことがほんとになんのやばない?願い事がすぐ叶えられるのってあらかじめ日記と願い星だけだと思うんだよね。それに……」
「ふふっ」
という夏希の笑い声で楓は我に返る。
(またやってしまった……)
楓はもともとそこまで口数が多い方ではないが夏希の前では別である。お察しの通り楓は夏希に恋をしている。昔出会ったあのときから。
「ごめん……また一人でしゃべりすぎた」
「なんで謝るの?私は楓の話好きだよ」
基本、夏希は楓がなにをいっても肯定してくれる。
そんな話をしているといつも通る交差点が見えてきた。ここを超えると家はすぐだ。帰ったら今日出た宿題をして遊んでご飯食べて風呂入って寝る。いつもの日常。友達と話して夏希と一緒に帰る。多少ずれていても楽しい日常。今日も同じような道筋を
「なにあれ……?」
先に気づいたのは前を向いていた夏希だった。交差点に大勢の人が集まっている。遅れて楓も気がついた。
「ほんとだ……事故かな」
二人で見ていると楓の瞳が交差点の中心に車を捉えた。だが、その車は故障した様子はなく、ただ単に交差点の中心で停止しているだけのようだった。
「交差点の中心で車が――」
楓が夏希に伝えようとしたところで言葉が途切れる。
「車が?」
夏希が不思議そうに聞き返すが、その言葉はすでに楓の耳には届いていなかった。
車を見ていた楓の瞳が車から出てきた者を写す。車からこの世のものでは形容し難い風貌の大男がでてきた。いや大男かどうかすらわからない。その体は昔本で見たチュパカブラのような姿をしており、その頭は目や口のようなものがなくまるで肉塊のようなものがクビに乗っている状態だった。
楓は本能で察した。――”あれ”は危険だ。
「夏希……逃げよう……なんだかいやな感じがする」
「なんで?なんか見えるの?楓がそういうならそうするけど・・・」
夏希の位置からは”あれ”――今回は怪人と呼称することにする――は見えていない。だが、楓の言うことには従う。結果的にはそれが功を奏した結果になった。怪人が楓たちのほうに向かって走ってきた。もし先ほど逃げ出していなければすでに捕まっていたかもしれない。そう楓が思うほど怪人の足は速かった。
「ちょっっ!なにあれ!?なにあれ!?」
夏希は半ばパニックになっていた。それもそのはず頭が肉塊の化け物が襲いかかってきたのだ。
(まあ、そりゃそうなるか……)
楓はそんなことを思いながらどうやって逃げ切るか考えていた。怪人の足は楓の想像以上に速く、このままでは二人で逃げ切ることは難しそうだった。
「ちょっと先帰っててくんない?俺が囮になるから。なんなら警察でも何でも良いから応援呼んできて」
そういうと楓は逆方向にかけだした。
「ちょっと!?何言ってんの!?」
夏希がそう叫んだ頃には楓はもう怪人にむかって走っていた。
「もう……勝手なんだから……!」
そういうと夏希は楓とは逆方向に走り出した。
楓は怪人の目の前まで行くと直角に曲がり、誘導する。楓の思惑通り怪人は楓についてきた。
(想像以上に足が速い……でも俺はもう何年もここで暮らしてるし、ここの土地に関しては間違いなく俺の方が詳しい。地の利はこっちにある!)
楓の住んでいる場所は結構な田舎で建物が少なく、山の麓のため高低差が激しい。
(遮蔽物がないから身も隠せないし、なによりこの坂はちょっときついな……でも……!)
楓が坂で減速している時にも怪人は何の
(そろそろか……)
楓が逃げ込んだのは一本道。周りは田んぼで隠れる場所もない。進行方向には山が
(さて……ここまで来たはいいけど……あれ倒せるのかな……)
怪人は楓のすぐ近くまで迫っていた。楓と怪人が向かい合う。田舎道
そのとき静寂を切り裂く風が吹いた。とても強い風。その地において名物とされ、名称までつけられた山から吹き下ろす強風。その地に住む人間によればその風が吹けば砂が吹き荒れ自転車を漕ぐことはおろか、歩くことすら困難になるという。
強風が楓たちを包み込む。
もちろん怪人にそこまでの効果はない。せいぜい少し立ち止まる程度だ。だがそれで十分だった。楓は学校帰り、その手には鞄が握られていた。今の学生の鞄の重さは平均10kg超。その重さの物が風とともに頭にたたきつけられる。
ゴッという鈍い音が響き、怪人が仰向けのような形で倒れ込む。その隙に楓は怪人に馬乗りのような形になり、怪人の頭部に何度も鞄を叩きつけた。最初は腕で楓のことを止めようと抵抗していた怪人だったが、何度も繰り返しているうちに腕をぐったりとさせ、動かなくなった。
「あれ、やった……かな?」
怪人はそのまま動くことはなかった。
「終わった……疲れた」
楓は、ふう……と呼吸を落ち着け、道に寝転んだ。
「あとは帰って夏希に……」
そう言って起き上がった楓の目の前に――人形が立っていた。正確には人形のような見た目の人間が立っていた。緑色の服を着ていて目に光がなく、動いていなければ人間だとわからない程だった。
「なんだ……?」
更なる敵との接敵を予感し、楓が臨戦体制に入る。
「ミ……ケタ……ダム……」
次の瞬間、楓の視界は暗転した。
楓の体はまるで包丁で切られたかのように細切れになり、肉片から溢れる血液が道の周りの田んぼに染み渡っていく。
この世界から楓の存在が一度消えた。
これは楓がこの世界から消え去るまでの物語。
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