第7話 朝の習慣

 セントラル女子寮で目を覚ます初日、あたしは午前6時に目を覚ましました。昨日は入学式を兼ねた編入式とカリキュラムの説明と、あとは細かい手続きがあっただけで1日が終わりました。


 今日から本格的に魔法学校での生活が始まります。慣れないことをたくさんしたせいか、昨日はとても疲れていたようです。真新しいベッドに潜ると次の瞬間には朝になっていました。

 アトリアさんも剣術のお稽古で疲れていたのでしょう。部屋に戻ってくるとあまり言葉を交わさないままベッドに入ってしまいました。もっといっぱいおしゃべりをしたかったのですが、それは今後の楽しみにとっておこうと思います。


 今日は9時から3回生共通の講座があり、そこでセントラル専用の魔導書グリモワが配布されると聞きました。――ですが、その前に8時から寮のお掃除と朝食があります。お掃除も楽しみですが、朝食はもっと楽しみです。一体どんなお食事が並ぶのでしょうか……、くふふ。



 あたしが6時に起床したのは決して、緊張して寝付けなかったとかではありません。村で家族と住んでいた時もこの時間にいつも起きていました。それは、早起きしてやるがあたしにはあるからです。




◆◆◆




 剣術の稽古から帰ったらお部屋は意外と片付いていた。同じ部屋のスピカさんはちょっとうるさいけれど、案外しっかりしている子なのかもしれない。


 寮の部屋に戻ると、どっと疲れが出た。自覚はなかったけれど、慣れない環境に来て無意識に気を張っていたのかも……。部屋はこれからだけど、持ってきた馴染みの道具を見ると心が安心してしまったようだ。


 明日から魔法学校での熾烈な競争が始まる……。だけど、今日くらいはゆっくり休もう。幸い、スピカさんも疲れているのか、夜は口数が少な目だった。



 私はベッドに入ると溶けるように寝入っていたようだ。午前7時、いつもの時間に目を覚ますと隣りの部屋から人の気配を感じた。


 私たちの部屋は、大きな部屋を3つに区切り、小さい部屋2つを個人の部屋に、残った大きな部屋を共有のスペースにしている。その共有部屋からかすかだけど、物音がするのだ。

 寮の掃除の時間にはまだずいぶんと早いけれど、スピカさんはもう起きているのかしら? もしそうならこんな早くに起きてなにをしているのだろう?


 私は寝ぐせのついた髪を簡単に整えて、隣りの部屋を覗いて見た。服も少しはだけているけど、今後一緒に過ごしていく子相手にあまり気を使っても仕方ない。



「……なにを、しているの?」



 大きめの部屋でスピカさんは、両手を組んで片足立ちをしていた。よく見ると目も瞑っている。

 私の声に気付いた彼女は、両目を開き、浮かせていた足も地面に着けた。


「あっ、アトリアさん! おはようございます!」


 彼女は、私の遥か後ろに誰かいるのかと思うほどのよく通る大きな声で挨拶をした。その後、急にばつの悪そうな表情に変わり、話しかけてきた。


「ひょっとして起こしてしまいました!? 静かにしていたつもりなんですが」


「……いいえ、私はいつもこの時間に起きるの。それであなたはなにを?」


 私の返事に安堵したのか、彼女の表情は一変して笑顔になり、再び片足を上げた。


「魔法の修行です! 今は、不自然な姿勢でも集中力を切らさないように精霊とコンタクトをしていました! これによって、いかなる状況でも咄嗟に魔法を使う態勢を整えられるんです!」


 彼女に言われ、私は周囲に漂う精霊の気配に気付くのだった。スピカさんは魔法発動の過程を、最終段階の一歩手前で止めているようだ。


「……毎朝をやっているの?」


「はい! あたしの先生センセが、習慣は人を強くする、と言っていました! ですから、先生センセと出会った5歳の時からずっとやっています!」


 5歳……? スピカさんは毎朝魔法の修行を、10年以上も続けているの?



 この瞬間、私の彼女に対する見方が大きく変わった。


 さすが、私と同じでセントラルの編入試験を通過しただけのことはあるわ。スピカ・コン・トレイル、おかしな子だけど……、とてもおもしろい子。

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