第209話 体育祭

 学校は体育祭。

 冒険部は一応、体育会系。


 割り当てられたのは800メートル走。

 陸上競技は運動部がガチで狙っているから、敬遠して思いっ切り素人が出るか、やってやるという猛者しか出ない。

 なぜこんなにガチで狙っているのかと言えば、先生達に届いたお中元などが景品として出るからだ。

 800メートル走の賞品は水ようかんとそうめん。

 買ったら、1万円ぐらい。


 俺にしたら安くて話にならない。


埼京さいきょう、分かっているな。部室で水ようかんとそうめんが食いたい。優勝しなければ筋トレ10セットだ」


 余野よのがそんなことを言って来た。

 さてどうしたものかな。

 本気出せば世界記録も狙えるどころか猿人未踏の大記録を打ち立てられる。

 あれっ、猿人じゃなくて全人だったか、いや前人だったか。

 まあ良い。


 えっと、そうそう、本気を出すかどうかだったな。

 適度に手を抜いて、2位につけて最後に格好良く抜くか。


「800メートル走の選手はお集まり下さい」


 よし、出番だな。

 誘導されてトラックの中に入る。

 スタート位置に着いた。


「位置に着いて用意!」


 空砲のピストルが鳴った。

 くっ、出遅れたか。

 最後尾から追い上げて行く。


 先頭集団の真ん中に入った。

 肘が何発も脇腹に入る。

 えっと、そういうのがありなのか。

 でも殴り返したら、反則負けだよな。

 大人しくしておこう。


 肘を入れた生徒達は腕を痛めたらしい。

 盛んに気にしている。


埼京さいきょう頑張れ!」


 クラスメートが応援する。


すぐる頑張って!」


 弥衣やえの声が聞こえた。

 いよいよ最終コーナー。

 手を突っ張って先頭へ行けるように空間を開ける。

 そして、グンと加速。

 1位を抜き去りゴール。


【体育祭か懐かしいな】

【ブルマはどこだ】

【いつの時代だよ】

【1位おめ】

【水ようかんとそうめんを部室で食うのか。スプリンクラーは大丈夫か】

【タバコの吸い殻があったから、前に煙が充満したことがありそうだ。対策はしてあるだろう】


埼京さいきょう、よくやった」

「そうだな。今度俺達がおごってやる」

「体育祭が終わったら、そうめんパーティだな」

埼京さいきょう、体操服をめくって見せろ」


 皮口かわぐちが変なことを言う。


「いいけど」


 体操服をめくった。


「お前……。いや良い」


 変な奴。


【何で部室に麺つゆがあるんだよ】

【気になる】

【おっさん訊くんだ】


「麺つゆがなんであるの?」

「麺つゆは便利だからな。結構これで味付けが済んじまう」


【確かに】

【煮物関係は一発だな】


「よし、スプリンクラーにレジ袋を付けろ」


 スプリンクラーにレジ袋がガムテープで付けられた。

 カセットコンロで鍋の水を沸騰させる。

 そうめんを投入。

 茹で上がったようだ。


埼京さいきょう、そうめんを洗う水だ。じゃかじゃか持って来い」


 バケツで水を運ぶ。

 バケツでなんて汚くないのかな。

 これが若いということか。


 そうめんが水で洗われ、ざるに取られた。

 どんぶりに麺つゆを入れて水で薄める。

 そしてそうめんを食った。

 薬味が欲しいな。

 せめて唐辛子を用意しようよ。

 できればネギとかすりショウガとかあるともっと良い。


 でも部室で食べるそうめんは美味しかった。


【学校でそうめんを茹でて食べる不良達】

【そんな奴はいないよ】

【農業科のある高校だと凄いぞ。もうバンバン料理して食う】

【高校によっては商品開発とかしてるだろ】


 何回もそうめんが茹でられて食べられた。

 そして締めは水ようかん。

 うーん、お茶をくれ。


埼京さいきょう、お茶を買ってこい。奢ってやるよ」


【そうめんの礼だと安いよな】

【不良だからな】


 自販機でお茶を買う。

 戻るとみんなタバコを吸ってた。


【おう、中学生にタバコは不味いだろう】

【ドラマとは言えな】

【CGに見えない】

【通報しますた】


「タバコ辞めようぜ」


 俺は語気を強めに言ってみた。


埼京さいきょう、なんでそんなに生意気なんだ」

「こいつ、今日は殺気があるような気がする」

「案外と強かったりして」


【青春ドラマが始まるのか】

【おっさんシナリオじゃな】

【まあ見てみようぜ】


埼京さいきょう、理由はなんだ?」

「リーダー、理由があったら辞めろとか言うなよ」

「いくらリーダーでもそれは聞けない」

「だよな」


「ダンジョンに入る奴は死と隣り合わせだ。死ぬ確率を減らすためにタバコは辞めた方が良い。お前達に死んで欲しくない」

「俺達のことをお前って言ったな。許さん」


 俺は余野よのの手からタバコをもぎ取った。


「こいつ……」


 余野よのが絶句した。


「おう、なんか白けたぜ」

「だな。今日はもうタバコはいいぜ」

埼京さいきょう、お前、死と隣り合わせの生活なのか」


 みんなタバコを消して、灰皿に捨てた。

 皮口かわぐちが俺を疑っている。

 まあ、ほとんど隠してないからな。

 よっぽど鈍い奴じゃなければ気づく。

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