第207話 得体の知れない奴

 まだ、筋トレは続いている。


埼京さいきょう、よくもやってくれたな。腹筋だ」

「さあ、寝転がれ」

「100回出来なかったら、やり直しだ」

「うす」


 俺は腹筋を始めた。

 余野よのがどこから持ってきたのかバスケットボールを手にした。


「思い知れ」


 それを思い切り俺の腹にぶつけた。


【おう、ボクサーがよくやる奴ね】

【底辺おっさん、苦鳴を忘れているぞ】

【うっぷ、酔いそう】


 バスケットボールをぶつけられたぐらいじゃ屁でもない。


「おらおらおら」


【底辺おっさんはノーダメージ】

【ドラマだからな】

【実際はスタントマン】


余野よの、これをぶつけろよ」


 見矢原みやはらが持ってきたのは鉄アレイ。


「ぐひゃひゃ、今度こそ死ね」


 余野よのが鉄アレイで腹を殴りまくる。

 心地いいマッサージだ。


「はぁはぁ、交代だ。息が続かない」


【殴っている方がダメージなのは草】

【腕立てで腕の筋肉を酷使したのによくやる】

【プロの俳優だからね。実際はカメラを止めて休憩しながらやっている】


「くたばりやがれ」


 見矢原みやはらに交代して俺の腹を鉄アレイで殴る。


「はぁはぁ、腕怠いし息が続かない。交代」

「任せとけ」


 喜多本きたもとに交代するらしい。

 だが、全然効かない。


【こいつらが腹筋する時に阿鼻叫喚になるな】

【さすがに鉄アレイでは殴らないだろう】

【発泡スチロールの鉄アレイで殴るに決まっている】

【いまもそれか】

【ドラマだからな】


 100回が終わった。


「こいつ、防御力増強ポーション飲んでたな」

「ずるいぞ」

「おい、俺達も鉄アレイされるのか」


 俺はニタっと笑った。


「まさかな。しないよな」

「その笑いはなんだ」

「待てよ。鉄アレイを下ろせよ」


「じゃあ、俺達も腹筋するぞ」


「バスケットボールで赦してやるよ」


「ちょっと」

「頼む」

「悪かった」


 腹筋する3人の腹を、バスケットボールで何度も殴ってやった。


「あがが」

「ぐそっ、悪魔」

「洒落になってない。ああっ」


 当然腹筋どころじゃない。

 転げ回って苦しんだ。


【そんな落ちかよ】

【つまらん】

【底辺おっさんの引き立て役ね。ほんと不良役は演技が上手い】

【底辺おっさんは素人だから、カメラを自分の頭に付けた。そうすれば表情の演技とか大根でも大丈夫だろう】

【なるほどね】


 筋トレが終わった。

 楽しかったな。

 またやりたい。


Side:皮口かわぐち


 埼京さいきょう、あいつは怪物だ。

 俺はあいつの異常性に気がついているから、あいつから視線を外さない。

 筋力増強ポーションだって。

 そんな物を飲んだ素振りなど微塵もない。


 筋トレするのは部室にみんなが集まってから決めたんだぞ。

 部室に入る前にポーションを飲んでいたとして、ここまで効果が高くて持続時間が長いポーションは何百万円もする。

 下手すると一千万円を超えるかもな。

 それを部活で使うか。

 絶対に使わないだろう。

 いくら指扇さしおうぎの家が金持ちでもな。


 あれは素の能力に違いない。

 鉄アレイで殴られて痛がらないのはどれぐらい強けりゃそうなるんだ。

 オーク並み、いいやオーガ並みかな。


 俺以外に部で気がついている奴がいる。

 裏和うらわだ。

 やつも気が付いている。

 目つきがそれを物語っている。


裏和うらわ埼京さいきょうって人間か?」

「何を言っているんです。人間ですよ」

「お前は埼京さいきょうがまともに見えるのか。俺だけがおかしいのか」

「中学生のお遊びです。ちょっとしたポーションを飲めば僕もあれぐらい軽いですよ」


 俺がおかしいのかなぁ。

 いや、絶対におかしいのは埼京さいきょうだ。


「俺は埼京さいきょうを調べるぞ」

「好きにすればと言いたいですが、警察沙汰だけは回避して下さいね」


 俺は帰路に就く埼京さいきょうの後をつけた。

 埼京さいきょう指扇さしおうぎと並んで歩いている。

 そして、ある家の中に埼京さいきょうは入った。

 指扇さしおうぎは別れて家には入らなかった。


 ここで嘘発覚だ。

 埼京さいきょう指扇さしおうぎの家族に面倒見てもらっているはず。

 たしかそう言っていた。

 指扇さしおうぎが家に入らないのはおかしい。

 買い物に行ったとかでも、学校に持って行く鞄は家に置いてから出掛けるはず。


 表札を見る。

 埼京さいきょうすぐるとある。

 この家は奴の持ち家のようだ。


 指扇さしおうぎ埼京さいきょうのために家を買い与えたとでも言うのか。

 それなら納得できなくもない。

 そこまで金持ちなんだろうか。

 ポーションを常に飲めるほどの。


 俺には何が本当で何が嘘か分からなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る