第206話 筋トレ

 部活に珍しく裏和うらわが来ている。


裏和うらわ、ちょっとの間に強くなったか」


 皮口かわぐちがそんなことを言い始めた。


「バイトで肉体労働しましたからね。強くならない方がおかしいですよ」


【いや筋肉ついたというより、何か邪悪な物を感じる】

【お前、霊能力者か。俺はなんも分からん】

【俳優の演技をサクラが補完しただけだ】

【サクラじゃない。なんでみんな分からないんだ】

【はいはい、エセ霊能力者は放っておこう】


「よし、珍しく全員揃ったし。地獄の筋トレするぞ」

「リーダー怠いからやめようぜ」

「いや、ここんところ遊んでばっかりだったろう。じゃあ埼京さいきょうやってみろ」

「うす」


【底辺おっさんがやるのな】

【事件の予感】

【いい加減イベント起きないとな】


「空気椅子だ」

「あのカンフー映画でやっているやつか」

「ああ、あれだ」


 俺は中腰になった。


「くふふ、カンフー映画だとどんぶりとか水を入れて載せるよな。たしかインスタントラーメン作って食った時のどんぶりがあるはずだ。埼京さいきょう、落としたら延長10分な」


【おー、頭カメラじゃ、伝わらん】

【でも水どんぶりを載せる所は見えた】

【微動だにしないんだが】

【おお、底辺おっさんでなくてスタントマンがやっているのか】

【スタントマンさん、ちーす】

【馬鹿だな。木の人形に決まっている】


「ぜんぜん苦しそうじゃないな。ピクリとも動かないし、声も漏らさないんだが」

「くっ、ぐがが」

「取ってつけたように苦しがられてもな」


【底辺おっさんピンチ。疑われている】

【うん苦鳴が棒読みで感情がこもってない】

【素人だからな】

【素人俳優が主役のドラマに付き合わされるのは大変だろうな】

【金の力だな】


「時間だ」

「リーダーもっと時間追加しようぜ」

「どんぶりは落とさなかったし、理由がない」


「おい、お前ら空気椅子始めるぞ」

「たるいな」

「やれば良いんだろ」

「睨むなよ」

「運動は久しぶりですね」


 みんなが空気椅子を始めた。


【つまらん動画だ】

【何かやれ】


「あれっ、みんな、どんぶりが足りないよ」


 俺はどんぶりに水を入れてみんなの頭の上に置いた。


埼京さいきょう、殺されたいのか」

「いや半殺し確定」

「覚えてろ」

「ありがとうございます」

「確かにみんなやらないと不公平だな。埼京さいきょうは5つも載せたのに、俺らは1つだ。文句言うな」


【ひとりマゾがいる】

【そいつは邪悪オーラ裏和だな】

【邪悪オーラはどんぶりも支えます】

【ワラタ】


「はぁはぁ、糞が」

「ぶっころす」

「殺してやる。埼京さいきょう、腕立てだ」

「うす」


 俺が腕立てを始めると、余野よの見矢原みやはら喜多本きたもとの三人は背中に乗ってきた。


【カメラが上下すると酔うと何度言ったら】

【腕立ての何が楽しいのか】

【これから楽しくなるんだろう】


「潰れたら最初からやり直しな」


 こんなもの軽い軽い。

 俺は百回をやり終えた。


 皮口かわぐち裏和うらわの目に怪物でも見るような感情が混ざる。

 やべっ、やり過ぎたか。

 だが、たかが腕立てだぞ。


【やっと終わった】

【見ている俺達が苦行】

【これから面白くならなかったら、許さない】


「さあ、みんな腕立て100回だ。埼京さいきょう、数えろ」

「いーち、にー……」


「ぐぇっ、背中に乗りやがって」


 ひとり脱落。


【人ひとりを乗せての腕立てはきつい】

【カメラには映ってなかったけど、底辺おっさんもやられたんだな】


「ぐっ、くそっ。負けてたまるか」


 ふたり脱落。


【普通出来ないって】

【根性見せるんだ】

【不良ってそれほど根性あるの】

【ある奴はある。チキンな奴もいる】


「ぐふぅ、くそっ。覚えていろよ」


 三人脱落。


「できなかった3人は追加で腕立て百回だな」

「リーダー、そりゃないぜ」

埼京さいきょうは3人乗せたぞ」

埼京さいきょう、てめえ筋力増強ポーション飲んだだろう」

「てへっ」


【飲んだと言わない底辺おっさん】

【笑ってごまかしたな】

【今の笑った台詞は大根じゃなかった】


「とにかくやれ。ポーションがあるなら、お前らも飲め」

「あんな高い物があるわけない。くそっ、埼京さいきょう、ポーションが切れた時がお前の最後だ」


 また、背中に乗ろうっと。


【悪魔がいる】

【勘弁してやれよ】

【ふーん、不良を逆に虐める動画か】

【少し可哀想だな】

【冒険者なら余裕でこなさないと】


 なんだか、腕立てが終わらない動画になった。

 柔なのがいけない。

 こんなんじゃ生き残れないぞ。

 俺が鍛えてやろう。

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