第198話 子猫

 絵が張り出された。


「俺の断末魔という絵は異彩を放っている」


【いや異臭だろう】

【汚い色だな】

【確かにこの色は絵具では出ないかもな】

【ゴブリンの血で絵を描くのはおっさんぐらいしかいない】


「お前、悪魔か?」


 絵を見ていた俺は皮口かわぐちにそう言われた。


【悪魔かもしれないな】

【けっこう悪逆非道しているからな】

【あれはフィクションだろう】

【そういう設定なんだよ。ドラマの設定にケチをつけるな】


「どこら辺が?」

「得体の知れなさ。この絵からもそれが伝わってくる。断末魔っていう題材なんだってな。そんなの普通描かないだろう」


【底辺おっさんだからな】

【何か始まるのか】

【そろそろ物語が動かないと】

【このドラマはつまらない日常をグダグダ写すというコンセプトだと思ってた】


「そうかな。この絵は偶然できたけど、どこからどう見ても断末魔だろ」

「みんなは騙されるかも知れないが、俺は騙されない」


【ふんふん、おっさんのベールが遂に剥がされるのか】

【ぼけてくれた方が面白い】


「俺が何かって? 俺は俺だ」

「たまに素がちらりと出るんだよ。猛獣の気配を何千倍と凝縮したような物がな」


【いやそんなの出てない】

【底辺おっさんは成金の中年男だからな】

【映像から伝わってきたことはないな】


「ふん、そうか。お前がそう思うのならそうなんだろうな。事実は一つだが、想像は人の数だけある」

「とぼけるのか?」


【意味深な台詞をいうおっさん】

【このシーンの結末はいかに】

【面白くないんだが】


「猛獣の何千倍も強い中学生がいると思うか」

「俺も勘違いであってほしいと思っている。もう頭がどうにかなりそうだ」

「落ち着けよ。俺ぐらい無害な奴もいないぞ」


【嘘だぁー】

【悪人を名乗っていたんじゃなかったか】


「だよな俺がどうかしてた」


【説得させられるのかい】

【それはないだろう。それはない展開だ】

【ドラマならここで不良が死んだりするだよな】


 ひゃー危なかった。

 そんな気配を漂わせた気はなかったんだけどな。

 さて、ここはひとつ良い人ムーブしてみるか。


「ファントムイヤー。おお、助けを求める子猫の声が聞こえる」


 聞こえてないけどね。

 そう言って学校を飛びだした。


【えっ、突然の展開】

【猫を助けに行くのか】

【おお、走った後に炎の跡が見える】

【ファントム走りじゃないか】

【懐かしいな】

【子猫は?】


 公園に着いた。

 ベンチでポツンと座るスーツを着たおっさんの姿がある。


「おっさん、どうしたんだ」

「聞いてくれる。会社を首になったんだ。家族に言いだしづらくって、ここで時間を潰している」

「俺の所で働くか?」


 名刺を出した。


「凄いな君、中学生で社長なのか」

「こんななりだが中年だ。若返ったんだよ」

「そんな夢のような話があるのか。自殺も考えた俺だ。やってやるぞ」

「君のコードネームは子猫だ」

「へっ、子猫。まあ構わないけど」


【はははっ、このリストラされたおっさんが泣いている子猫】

【笑える】

【無理やり設定じゃないか】

【なにも考えてないシナリオだ】

【いやここからコードネーム子猫が大活躍するんだよ】


 良い人ムーブはどうしよう。


「最初の仕事は子猫レスキューだ。日当10万円を支給しよう」


 俺は10万円を渡した。


【おお、太っ腹】

【ドラマだから】


「冗談だと思ったのに。滅茶苦茶だな。本当に中年?」

「うい」

「子猫を助けて、ゲームセンターまで持って来い」


【人にやらすの最低】

【金持ち成金にありがちな態度】


 俺はゲームセンターで暇をつぶした。

 しばらくしてコードネーム子猫がゴキブリ捕獲機を持ってきた。

 可哀想に子猫がべったりくっ付いて身動きが取れないようになっている。

 モチに電話すると、ベビーパウダーとサラダ油と石鹸とお湯が持ってこられた。

 それらを使うと子猫は綺麗に。


【でも子猫が助かった】

【そこは褒めてやる】

【ドラマだろ。動物虐待だ】


 俺は子猫を胸に入れると学校に戻った。


「何ですか。遅刻ですか?」

「子猫が大変でな」


 みーみー子猫が鳴く。


「動物を連れて来てはいけません」

「今日ぐらい大目にみてくれよ」


 女生徒から可愛いの声が上がる。


「仕方ありませんね、後ろのロッカーに入れておきなさい」


 良い人ムーブできたかな。

 俺は猛獣ではなくて優しい人。

 これで大丈夫なはずだ。

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