【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?

かずき りり

第1話

「小林さ~ん!掃除変わってくれる?」


 放課後ならば、すぐに帰宅してしまえば逃げられるけれど、最近はそれを見越してか昼休みの段階で声をかけられる事が増えた。


「えっと……」

「良いよね?小林さん、優しいもんね!お家が神社で巫女さんだし!」


 はっきり答えられない私に対して、私のコンプレックスを付いた言葉で追い打ちをかけてくるクラスメイト。

 今日は舞の練習があって、早く帰って来いと親に言われている……けれど、巫女のイメージを損なうなとも言われている。

 子どもの頃から神社の娘だから、巫女だからと、清純な優等生で優しく奉仕の心を持つのが当然だとばかりに扱われていた。

 それは仮面を何十にも付けるように、いつくものマトリョシカに入るように、本当の私はどこにも見えない。


「分かった」

「ありがとう!やっぱ小林さんだね!」


 了承の言葉を貰って、どこかへ行くだけマシなのかもしれない。こちらが引き受けても居ないのに、言うだけ言って、引き受けて当然だとばかりに去って行く人も居る。

 私って、一体なんだろうな。なんて、心の中で何度自問自答したか数え切れないが、それでも答えなんて出なかった。今日も心の中でため息をつき、感情は悲しみと諦めで満たされる。


 本来、日直が授業の後に黒板を消したり、日誌を書いたり、掃除をして帰る。

 日直は出席番号順に男女ペアで回るのだが、頼んできた女子は勿論の事、ペアとなっている男子まで掃除に現れず、一人で行う事となった。

 だからと言って、手を抜くという事も出来ない。元々の気質なのか、求められた仮面なのかは自分自身でも、もう分からない。

 ただ、手を抜いた事が分かるようであれば、それはきっと巫女らしくないと罵られる理由を作る事になってしまうのだろう。

 一人で掃除をして、日誌も書いて、職員室に居る担任の元へ持っていく。

 もう毎日私が日誌を持って行っているのに、それを疑問に思う事もない担任にも諦めていた。


「小林だからな。頼られているんだろう」


 一週間程、続いた時に担任から言われた言葉だ。

 その言葉を聞いた瞬間に、相談するという気持ちは消え失せて、期待というものもなくなった。

 私にとって神社の娘というポジションも、巫女という肩書きも、全てが私を偽って形成するだけの足枷でしかなく、本来の自分自身すら見えなくなる。

 他者の視点でしか自分の価値を、自分自身を見いだせず、承認欲求だけで形作られてきた。

 自己肯定感なんて皆無。

 それが、十六になってまで己というものを持たず、小林 美緒という名称を持つ物体として生きている私だった。






「遅い!今日は舞の練習をすると言っていたでしょう!」


 帰宅すると案の定、母からのおかえりはなく、罵声が第一声となった。

 日直の仕事をしていたと言えば、毎日じゃないかと言われた為、毎日変わっているのだと伝えると、更に目を釣り上げられた。


「断る強さを持ちなさい!」


 そんな事を言われても。なんて、心で思えど口には出さない、否、出せない。

 それからはお決まりの説教を受ける。曰く神社だけでは生活出来ない、社会人になる為に必要な強さだ、精神を強く持て、全てを受け入れるなと。

 分かっている、理解できる。だけれど幼い頃に叩き込まれた他者を思いやり受け入れるという奉仕が、既に私という個を形成していて、なかなか抜け出す事が出来ないのだ。


「全く……舞の準備は出来ているの?」

「……はい」


 全く反応を示さず、返事もしない私に対し、母はため息をついたかと思うと舞の話を振ってきた。

 うちの神社は空間の神を祭るとされていて、十年に一度、世界の歪みを正す舞を行う。

 異次元だのパラレルワールドだのという言葉があるように、空間に歪みが生じて良くないものが入ってこない為とされていて、とても大切にされている行事だ。


「失敗は許されません。早く練習に向かいなさい」

「はい」


 母に一礼して、着替える為に自室へ向かう。失敗は許されない、大切な舞。幼い頃から何度も何度も練習を繰り返してきている。もはや日課のような舞は、私の身体に染み付いている。

 十年前は、母の舞を見た。神へ祈りを乞い、世界の歪みを正すとされる舞は、とても美しく。指先から裾の先まで、鈴の音からリボンの先まで、全てが計算され尽くしているのではないかと思われる程に優雅だった。


「そういえば……」


 ふと思い出す、十年前に一度だけ出会った男の子。

 母の舞が始まる前、舞台から少し離れた木々の合間に居たのだ。近所の子かと思いきや、それっきり会う事はなかったけれど。

 ほんの数分か数十分、一緒に居て話をしただけの男の子。もう何を話したのかも覚えていないけれど。


「また……会えるかな」


 なんとなく、そう願ってしまった。

 舞の時に会ったのなら、舞の時に会えるのではないかと。

 もしかして、どこかの世界からこちらへ落ちてきた良くないものだったのかな、なんて思いながらも、悪い影響を与えるものなんかではなかった筈だ。もしそうであれば、自分は今ここに存在していない。

 否、自分という定義であれば存在なんてしていないも同義だけれど。


 シャランッ


 思考を切り替え、鈴を握り、毎日身体に覚え込ませている舞を舞う。

 この時ばかりは全ての雑念が払える、唯一の時なのだ。




 ◇




 舞が行われる日、ちょっとした祭りのように神社の境内には人が集まり、舞台等の準備が行われる。

 私も朝から衣装を纏い、鈴の手入れをする。


「チャンスは一度きりです」


 そんな中、母は何度もそんな言葉を繰り返す。

 緊張している上に、更に緊張を重ねるような事を繰り返されては、こちらの心拍数もどんどん上昇して不安にもなってくる。

 もう何度目か分からない母の言葉に、鈴の手入れをする手に汗をかいてしまい、落としそうになる。


「何をやっているの!本当にあんたって子は!」


 それをしっかり目撃しただろう母から怒鳴り声が飛んできた。


「申し訳ありません……」

「何なのよ!その目は!私が悪いみたいに!もっとしっかりしなさい!」


 そう言って控え室から母は出て行った。もっとしっかり?具体的に言ってもらわないと分からない……。私はしっかりしているつもりだ。手に汗をかくこともいけないのか、いや、精神的に脆いのがいけないのか。それとも……私の存在か。

 承認欲求のみで形成されているからか、自分に自信がないからか、卑屈な考えばかりが浮かんでしまう。

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