海馬とねむる
有村桔梗
海馬とねむる
享年二十四 永眠したる冷蔵庫の背のコンセントしづかにはづす
こほらせてゐた夢たちがどんどんと溶け出してくるうつつのはうへ
粛々と処分してゆく臓腑のやうな思ひ出ひとつひとつを
店員に告げるおほきさ わたくしがひとりすつぽり入れるほど、と
冷蔵庫はたつたふたりに運ばれて家を出てゆく棺のやうに
はじめての夜を過ごせば冷蔵庫はとほき厨にちひさくうなる
亡くなりてひさしき母の冷子とふ誤字の手紙はどこから届く
馬場あき子全歌集うしろから読めば失はれしひとふとかへりきぬ
活きのいい鞦韆ぴちぴちはねてゐる 五月のあをきひかりを集め
免許証の更新をしてわたくしに五年の時はまた進みたり
いづこから生まれたのだらう 婦人科も産婦人科もない町にゐて
ねむれねむれしづかに眠れわたくしとともに生まれた海馬であれば
忘れてゐたことを忘れて生きてゐるわたしを揺らす藤の匂ひよ
うつくしい夢が終はるよ うつくしいショートケーキを崩さぬままに
叶はない夢ばかりみるひととゐて旬のみじかい言葉を使ふ
六十四枚付箋貼られし短歌集こころのやうに売られてゐたり
無防備に背中さらしてちりぢりにわかれゆきたるひとの遠浅
はつなつの名前を持たない坂道を転がつてゆくわたしのからだ
くちぶえを風に流せばさみしさをすこし含んで翻訳される
真夜中の橋を歩けば足もとを流れゆくのは前世のひかり
海馬とねむる 有村桔梗 @chattenoire_k
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