親愛なる君へ

七夕奈々

本編

1枚目

親愛なる君へ


 君が僕の前からいなくなってから何十年経ったのだろうか。それとも僕がそう感じているだけだろうか。

 僕が今さらながらに君宛にと筆をとったのは、僕に懐いてくれている青年が物置部屋の整理をすると言い出したからだ。いや、これだけだと分からないな。その物置部屋は今も日常的に使っている部屋だ。確かに物が混沌と置かれていて見れた物ではないかもしれないけど、そこから青年はいつも大事にしているこの箱はなんなのだと一つの箱を僕に差し出してきた。それは、僕にとってとても大切でとても恐ろしいものだった。君からの手紙を保存している箱だ。

 今まで何度も何度も君は僕に手紙を出してくれた。それを僕は一度も開封することも、返事をすることもなかった。ひどい男だろう。僕はどうしようもないクズで最低な男なのだ。それなのにも関わらず君は定期的に手紙を送ってくれていた。その手紙は僕にとって神聖な物で僕なんかが触れていい物では、中を開けてはいい物ではないと思った。清廉潔白な君が書いたさまざまな色を発している手紙を、僕が開けることですべてが真っ黒に染め上げられて君自身までもを染めて、汚れてしまうと思った。僕は汚れているんだ。人間として何もできないただ惰性で生きてるだけの男だ。そんな僕が素敵な君を汚すなど許されることじゃない。

 だから、僕は君の手紙を1通も読めていない。最低な男なんだよ。君はもう分かっているんだろうね。


 なぁ、君がこの町を離れて何十年か過ぎたね。君は僕に手紙を認めてもこちらに来ることは一度もなかった。

 散る桜を捕まえたこと、暑い青空の下で飲んだラムネ、綺麗な紅葉を探そうと必死になったり、まだ誰も通っていない雪道に足跡をつけていく。この町には君と過ごした春夏秋冬全てが詰まっている。

 僕はここから逃げ出すこともできずに思い出に浸るばかりだ。いや、待っていたのかもしれない、君が、あの頃のままこっちに戻ってくることを。笑顔でこんな僕を受け入れてくれることを。そんなことあり得ないのに、ただ僕は自分の都合の良いように考えてこの町で過去に縋って生きているんだ。あぁ、手紙を読めばよかったのかもしれない。君の手紙に僕への暴言が書かれていたらいいのに。罵詈雑言を僕に浴びせてくれていたら、僕は、きっと………。いや、君がそんなことを書くことなんて、思うことすらしないことだって分かってる。君はこんな臆病な僕にいつでも優しく接してくれていたのだから。そんな事するはずないなんて分かってるんだ。僕の独りよがりのただの言葉だ。


 そう、これは、誰にも届かないただの僕の書いた言葉の羅列なのだ。

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