本のソムリエが物騒な本ばかり選んでくる

黒星★チーコ

第1話 (前編)


 思い返すと、あの本屋との出会いは何か運命的なものだったのかもしれない。


 そもそも、普段ブラック企業務めで残業ばかりの俺がその日は珍しく18時半に退社できたのが僥倖とも言えた。

 最寄り駅で降り、家路への途中近くの商店街の中を通る。驚いたことにまだどこの店も開いていて明るく活気があった。ああ、ここはシャッター街じゃあなかったのかと思いながらぼーっと歩いていく。


「凄いねここの人!」

「ねー! こんなサービスがあるなんて!」


 空っぽで何も考えられない俺の頭の中にウキウキとした声が入ってきて強くこだました。その声に惹かれ見ると、目の前の本屋から出て来た二人組の女性が話に花を咲かせている。


「私、今日早速コレやってみる!」


 女性の一人が手元の袋から取り出したのは一冊のムック本。大して興味が無かったがちらりと目を走らせ、俺はぎょっとして思わず二度見する。そこにあったタイトルは


『週刊 ルービックキューブを作る』だった。


 え? ルービックキューブって作れるの? 創刊号は真ん中のパーツとか? ものすごく気になる。


「いいね~。私も家でお気にいりのお茶を淹れてこの本をゆっくり見よう♪」


 もう一人の女性が袋から取り出したのは六法全書かと思うほど分厚い本。彼女は恋人を見るようなうっとりとした顔で表紙を眺めている。


「はぁ~まさか『全国公園すべり台図鑑』に出会えるなんて。これ昔欲しかったけど高くて買えない内に絶版になっちゃってたんだ~」

「しかもさ、ミヤの顔を見た瞬間に『これは如何ですか』って即出しだったよね!」

「うんうん、凄いよあのソムリエさん!」


 ん? 突っ込みどころが多いな。ええと『全国公園すべり台図鑑』ってナンだ? しかもあの子、どこにでもいる普通の女性だったのにその図鑑に恋でもするかのように見つめてたぞ。それにソムリエって……?


 疑問にとらわれている間に二人は話しながら行ってしまった。本屋の入り口にポツンととり残された俺はそのまま首を回し店頭を眺める。何処にでもあるような……いや、俺が小さい頃の平成ヒトケタなら何処にでもあったが、今はあまり見ないような古くさい店構え。いかにも商店街の中でひっそりと生きている昔ながらの本屋だ。入り口脇の窓ガラスには毛筆で縦書きの紙が貼り付けてあった。


『本のソムリエサービス有ります


 その異質さにパチンと目が覚めたような気がした。おいおい、〼と来たか。これじゃ平成どころか昭和中期だろう。その貼り紙の雰囲気とソムリエと言う洒落た言葉が全くマッチせず怪しさを醸し出している。

 本のソムリエ……先ほどの女性たちの会話と照らし合わせ推測するに、お客一人一人に合う本を見繕ってくれるサービスという事なのだろう。最近すっかり磨り減って失くなっていた好奇心が俺の中で肉を付け、背伸びをしてグッと大きくなった。その勢いを借りるように本屋に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」


 紙とインクが織り成す本屋特有のあの匂い。そして本棚にギッチリと詰められた本の背表紙たちが作る色とりどりの世界。その真ん中にモノクロで描かれた男がいた。

 成る程、ソムリエらしく白いシャツに三つボタンの黒いベストと黒いズボンを身につけている。その顔は紙のように白い。艶がなく炭のように真っ黒な髪はきちんと撫で付けてはいるが一房だけ額に垂らされていた。カサカサの唇は血色を失っていてほぼ灰色だ。


「あ、あの~、本のソムリエってのを見たんですが」


 勢いで本屋に入ったのも束の間、男の異様な雰囲気に一気に呑まれた。ついオドオドしながら貼り紙のあったガラスの方を指差す。と、男がニタリと笑った……ように見えた。口を開いても真っ白な歯しか見えないので彼を象るモノクロの世界は変わらない。


「はい、はい。これは如何ですか」


 男は傍らの本棚から音も迷いもなく一冊の本を取り出す。先ほどの女性の一人が持っていたようなムック本だ。確かに『ルービックキューブを作る』は興味があったから良いなと思ったが、俺に手渡されたその本のタイトルはちと違っていた。


『週刊 手榴弾を作る』


 創刊号はロックピンがついて190円! お求め易いお値段……っていやいやいや!!


「な、なんですかこれ」

「タイトルを見てわかりませんか? 毎号集めると手榴弾を組み立てられます。少しずつ出来上がっていく手榴弾を眺めながら、いつかこれを使う日が来ることを想像すると嫌な事も吹き飛びますよ」


 嫌な事どころか、完成して使ったら何もかも吹き飛んでしまうじゃないか。


「い、いやぁ……これはちょっと」

「おや、そうですか。まぁこれは完成まで時間がかかりますからね。もっと良いものがありますよ」


 そう言うと男は棚の奥へ引っ込んだ。完成まで時間がかかるのが問題じゃなかったんだけどな。

 待つ間に小さな店内を軽く見回すが他に店員は居なさそうだ。あの男が店主なのだろうか。


「はい、こちらもオススメですよ」


 戻ってきた店主(仮)が持ってきたのはB6判くらいのソフトカバーの本だった。ああ、よくあるノウハウ本や自己啓発系か、と思いながら男から本を手渡された俺は固まった。何故なら、その本の表紙には恐ろしく物騒な文字が刻まれていたからだ。


『完全犯罪マニュアル2 毒殺編』


「……あの、これは?」

「読んで字の如くですよ。ちょっと入手するのが難しい毒もありますけど、銃を手に入れるよりは現実的でしょう?」

「いやいやいや、要らないですよ!」


 俺が本を突き返すと、店主は少しだけ不服そうな顔をした。


「ええ、そうですか? じゃあこれならどうでしょう」


 次に彼が出してきたのは大きくてそれほど厚さの無い、フルカラー写真の本。表紙にはセクシーなビキニを着て眩しい笑顔の健康的な女性が写っている。写真集だろうか? 確かにちょっと俺好みのタイプだった。


「あ、それなら……」


 思わず手を伸ばし、彼から本を受け取る。ワクワクしながらパラリと中をめくってみるとドギツイ内容だった。

 先ほどの表紙の女性がいかつい男にコブラツイストをかけている写真が大写しになっている。いかつい男は苦悶の表情を浮かべていた。その横には「こうして→こうすればきまる!」とコブラツイストに至るまでの技のかけ方の解説写真も小さく載っている。


「え!?」


 驚きのあまりページをパラパラとめくる。しかしどのページにも期待していたようなセクシーなグラビアはなく、代わりにどれもこれも先ほどの女性から関節技や打撃技や目潰しなどをくらった男が苦しんでいる写真と、ソコに至るまでの技のかけ方の解説などが載っているばかりだった。


 俺は本をそっと閉じて表紙を確認する。もしかして表紙のカバーだけ別の本に差し変わっていたのではと思ったのだ。しかし先ほど渡される時に店主の手で隠れていたタイトルは中身に沿ったものだった。


『アマゾネス鈴木直伝! 女の子でも相手をぶっ倒せる技☆徹・底・解・説!』


 流石にこれはない。本のソムリエというから期待したのにがっかりだ。俺は彼に本を返しながら言った。


「なんなんですかさっきから。物騒な本ばかりじゃないですか!」

「あれ、これもお気に召しませんでしたか。おかしいなぁ」


 おかしいのはどっちだよ! と言いたいのをぐっとこらえ、帰ろうとする俺を店主は引き留めるように言った。


「うーん、じゃあこれで最後にしましょう。こちらは如何ですか」


 彼がまた音もなく差し出したのは薄めの文庫本だった。紫とオレンジが混ざった色合いのシンプルな表紙に、白い文字で『あの人とあなた』と記されている。今までのように物騒なタイトルではなかったのでちょっとほっとした。純文学の小説だろうか。


「ああ、じゃあこれで」


 値段も安かったので中身を確認せずに購入した。


「ありがとうございました」


 モノクロの店主は、モノクロのままニタリと笑った。



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