巨神惑星(仮)
ながやん
第1話
ここではない刻、今ではない場所の物語。
宇宙の静寂は今、爆発の連鎖を咲かせていた。
見知らぬ星々が星座も象れないような、外宇宙の果てを少年は翔ぶ。
名は、ハイジ・サクラギ。地球脱出船団、第七護衛艦隊所属のパイロットである。彼の巧みな操縦で、巨大な人型機動兵器が疾駆した。
強烈なGの中で、通信の声が耳に突き刺さる。
『サクラギ准尉! 船団のワープ開始まで300秒を切りました! 帰還を!』
「司令部、例の白いやつだ! 羽耳のイマジン! やつはここで叩いておくんだ!」
――イマジン。
正式名称、イマジナリ・トレーサー。全高10m前後の人型ロボット兵器である。
ハイジの駆る機体もまた、敵と同じ規格で造られたイマジンである。
何十年もかけて成熟された量産型の名機で、ハイジ専用機として大胆なカスタマイズが施してある。その特徴の一つ、高機動戦闘用のスラスターが火を吹いた。
白炎を背に灯して、無骨な直線で構成された巨人が宇宙を走る。
その先に今、純白の敵影がライフルを構えていた。
「今日こそは墜とす! 羽耳っ!」
その機体は、護衛艦隊内部では羽耳と呼ばれていた。
騎士然とした精悍な細身のスタイリングは、頭部に左右一対のブレードアンテナが生えている。それがまるで兜の飾りのようで、翼に見えるのだ。
あたかも天使の羽根のような。
しかして、実態は白亜の死神……今まで何人ものエースが挑み、散っていった。
そういう危険な敵だからこそ、ハイジは逸る気持ちが昂り燃える。
「さぁて、行こうぜデモルセーレ! フルブーストッ!」
デモルセーレ、それがハイジの相棒の名だ。悪魔の名を冠する、量産型イマジンのサブリミテッド・ナンバーである。
質実剛健の概念を形にしたような、無駄のないスタイリング。
屈強な兵士を思わせるその背に、過剰な推力を集中させたブースターが装備されている。そして、その暴力的な加速は一瞬でハイジの視界を狭くした。
同時に、敵から放たれたビームを最小限の動きで避ける。
モスグリーンに塗られたデモルセーレは、ハイジの念じる通りに左腕を突き出す。
それは、背後から援護射撃の弾丸が飛来するのと同時だった。
『ハイジ! 援護するからガンガン突っ込みな! あと220秒、ここで確実にやつを取る!』
「フミヲか、助かる!」
『艦隊との合流は30秒もあれば……っ、そこっ!』
合金製の弾丸が虚空を切り裂く。
背後に今、僚機を操るフミヲ・カタギリのイマジンが追いついてくる。その加速力はハイジに及ばないが、手にした長大な対物ライフルは連続して銃声を張り上げた。
空気のない宇宙を、殺意の咆哮が突き抜ける。
だが、羽耳は援護射撃を悠々と回避した。
その時にはもう、クロスレンジ……至近距離へとハイジが肉薄している。左腕に装備された小さなシールドの先端が、ハサミのように開いて打ち出された。
シュルシュルとワイヤーが伸びてゆく感覚とと共に、再加速。
全身の血が慣性で絞られる中、パイロットスーツの機能がそれを強制的に堰き止める。
「パワーアンカー、ロック! ケーブルを巻き上げてぇ、からの!」
『だからハイジ! なんでいつも兵装の名前を叫ぶのよっ!』
「知らないのかフミヲ! 必殺技の名を叫ぶと、テンションが上がる!」
『そ、それだけ!?』
「俺のやる気もっ! 威力も! 上がるんだああああああああっ!」
ただの個人の感想だった。
そして、ハイジにとっては真理、信じるべき祈りのようなものだった。
絶叫と共にさらなる加速で、モーターがワイヤーを巻き取る力に乗る。シールドと一体化したパワーアンカーは今、打ち出された先端が羽耳の脚部にガッチリと噛み付いていた。
僅か数秒の攻防で、あっという間に距離が食い潰される。
羽耳が光の剣でワイヤーを切断した時には、必殺の零距離へとハイジはデモルセーレを押し出していた。
「喰らえっ、必殺! ガトリングッ! ステエエエエエエエエクッ!」
突き出す右の前腕部に、鈍色に光る鋼鉄の杭。それはただのパイルバンカーではなかった。密着での一撃は、羽耳のコクピットに当たる部分を的確に貫く。
だが、まだ中心部へと鉄杭が達した感触はない。
その証拠に、羽耳は一瞬痙攣したように震えたあと……ビームの剣を手に反撃の素振りを見せた。
だが、ハイジの方が速い。
そして、鋭い一撃はここから過激に着火し燃え上がるのだ。
ガトリングステークと呼ばれるオンリーワンなパイルバンカーが、シリンダーを回転させながら無数の空薬莢をブチ撒けた。
ガガガガガ! と秒速500発の苛烈な連撃が一箇所に集中する。
『や、やった……?』
「いやっ、まだだ! 妙だぜ、真芯で捉えた筈だが……まだ動くっ!」
完璧にコクピットを潰したかに思われたが、羽耳のツインアイには光が輝いていた。
同時に、圧倒的なパワーとスピードでハイジは純白の装甲から引き剥がされる。
そして、羽耳はライフルをロングバレル・モードに変形させるや、苛烈な光条を解き放った。高出力のビームが輝きの奔流となって艦隊を、その向こうの船団を灼く。
ハイジたち脱出人類には運用が難しい光学兵器も、敵側では当たり前の技術だった。
「く、くそぉ! 船団が……姉さんがっ!」
そう、ハイジにとって唯一の家族がいる。臨時の招集兵として、艦隊で働いているのだ。
今、ワープの光に包まれつつある脱出船団は、そのままビームを浴びつつ跳ぼうとしている。空間を捻じ曲げ、その先へと点から点へ移動する航行技術だ。
広がる七色の光へと、急いでハイジはフミヲと共に飛び込む。
一度だけ振り返れば、背後に例の羽耳が追いすがってくる。
その双眸の不気味な輝きが、次第に真っ白に染まって消えていった。
そしてハイジは、目を覚ます。
真っ暗なコクピットでは、モニターに小さな光がいくつか文字を並べていた。完全にブラックアウトの状態で、デモルセーレは停止している。
そのせいか、酷く蒸し暑い。
空調も止まっていた。
すぐにハイジは、電源を復旧させる。
ノイズが走って、メインモニターが回復した。
「……なんだ? ここは、どこだっ!」
一面に広がる、青空。
今、デモルセーレは原始の密林に沈んでいた。
急いで機体を起き上がらせれば、見たこともない景色が広がっている。
そう、知識でしか知らない大自然。センサー類は呼吸可能な空気が存在することを告げていた。放射線等も問題ないレベルで、ようするに地球型の惑星に落ちたのだ。
それは、地球脱出船団での壁と天井とはまるで違う。
どこまでも緑と青が広がっているのだ。
「ワープの座標が? いや待て、船団は……とりあえず、フミヲ! どこだ、フミヲッ!」
その時、ぐらりと地面が揺れた。
背後に巨大な熱源が突如として発生したのだ。
すぐに機体を振り向かせて、ハイジは絶句する。
そこには……イマジナリ・トレーサーを遥かに超える巨体がそびえ立っているのだった。
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