第二王子派からの接触

 アイユーヴ王国の首府アンソイルを練り歩いたレオンハルト以下のアイク島使節団は王宮に入ると、まずは休憩するようにと謁見えっけんの間にほど近い控室へ通された。サーマイヤーフとその副官二人も一緒で、王宮に入ればすぐ引き離されるかと覚悟していたレオンハルトにはやや拍子抜けだった。

 その事について部屋まで案内してきた儀仗兵は説明することなく、部屋に残って護衛、あるいは監視の役目を担う儀仗兵は詳しい事情を知らないようで、サーマイヤーフはやや不気味に感じていた。不安を棚上げしてサーマイヤーフ、ラングルムとコンライレンが交互に謁見の間に入ってからどう振舞うべきかをアイク島の面々に講義していると、部屋の扉がノックされる。

 扉を小さく開いて来訪者を確認した儀仗兵は驚いた様子で小さくうめきをもらしたが、すぐに自分の役目を思い出したようでラングルムに耳打ちする。

「ラングルム、誰だ?」

「外務部次官ロレンツォ・ギルバーグ殿です」

「ほう、次官級が直々にお出迎えか。ギルバーグとやらは確か二番目の兄上様の子飼いだったな?」

「御意です」

「閣下、どういう…」

 訪ねてきたのはこちらが要求した謁見での儀礼をアドバイスするための使者だろう。それなのに含みを持たせた言い方をするサーマイヤーフに何か有るのかと尋ねようとしたレオンハルトの質問はサーマイヤーフに遮られた。

「レオンハルト…卿、王宮では私はあくまでも第三王子だ。殿下、と呼んで頂きたい」

「っ!失礼しました、サーマイヤーフ殿下」

 言われてレオンハルトも失敗に気付く。レイシン側方面地域でこそ一見傍若無人ぼうじゃくぶじんとも取れる言動で周囲を振り回すサーマイヤーフだが、王宮ではむしろ妾腹の第三王子という弱い立場にある。王族らしく在りたくはない等という我儘わがままも当然通らない。

「それで殿下、そのロレンツォ卿とはどういった方で?」

「先ほども説明申し上げたが、王国の行政に携わっているのは平民です。卿という敬称は相応しくありません。姓に殿を付けるのが礼儀ですよ。部屋の前で待たせるわけにもいきません、残念ですが説明はまたの機会に」

 普段はべらんめぇ口調のサーマイヤーフの敬語にアイク島使節団全員が含み笑いを禁じ得ないでいるが、サーマイヤーフ自身は素知らぬ顔で儀仗兵にロレンツォの入室を許可する。

「失礼いたします。初めてお目にかかります、アイク島よりのお客様方。殿上てんじょう許可・書類閲覧えつらん許可局外務部次官、ロレンツォ・ギルバーグと申します」

「てんじょ…あ、ごめん、なさい…」

 耳慣れない名乗りに思わずルーチェが声を上げかけ、あわてて謝罪する。そういえば自分以外のメンバーは今日アイユーヴ王国の権力機構の概要がいようを説明されただけで、そういった役職についてはレクチャーされていないな、と自分はロギュートフを通じてある程度学んでいたレオンハルトは思う。

殿上てんじょう許可・書類閲覧えつらん許可局とはこの国の行政機構の名前だよ、ルーチェ。平民の身分で王宮に入り、国家機密に関わる書類に触れることができる部署に所属している、ということだ」

「簡潔かつ適切な説明、痛み入ります。あなた様がアイク島からの外交使節団の代表、レオンハルト・カシウス様でいらっしゃいますか?」

「その通りです。あなたは形式的にはともかく、実際はこの国の外交を差配さはいしていらっしゃるのでしょう?いてご自分を私の下に置かないでいただきたいのですが」

「いえ、それではあなた様が平民と対等、ということになって貴族の方々との交流ができなくなります。窮屈きゅうくつとは存じますが、平民と対等の位置に降りようとはなさいませんよう」

「なるほど…私どもアイク島人は長く他国との交流がなかったので外交儀礼には全くうとい。よろしくご教授願います。それと、社交の場で私のパートナーを努めるこのルーチェ以外は平民として扱っていただきたい」

「承知しました。早速謁見えっけんの場での立ち居振る舞いを指導させていただきたいのですが、その前に」

 ロレンツォの視線はサーマイヤーフにえられている。この場で自分が話題に上がると考えていなかったサーマイヤーフはやや驚いたが、表面上は平静を装ってロレンツォが言葉を継ぐのを待つ。

「サーマイヤーフ殿下には、先のロッテントロット都市連合との戦争についての報告を首府艦隊司令ヨルムベルト・ラキサリス殿へとお願いしたく存じます」

「承知した。ラキサリス殿の執務室への案内を頼めるだろうか」

勿論もちろんでございます。これ、殿下をラキサリス殿の部屋へご案内申し上げろ。くれぐれも失礼のないようにな」

「はっ」

 ロレンツォが自分の後ろに控えていたおそらく外務部に所属する部下に声をかけ、彼らが背筋をまっすぐに伸ばして答えるのを見ると、サーマイヤーフ、ラングルム、コンライレンの三人は彼らに先導されて部屋を出ていった。


 部屋を出たサーマイヤーフは紅に染め上げられた絹布に金の飾り紐がぶら下がった豪奢ごうしゃなカーテンで飾られた、ガラスの大窓が等間隔に並ぶ美しい廊下を歩きながら、自分とレオンハルトの立場を少しでも有利なものにするための話術を練っていた。まずはこの官僚たちがあくまでも使い走りなのか、あるいはロレンツォと同じく第二王子派に与するものかについて探りを入れることにする。

「ところで目的地まではどれほどの距離が有るのかな?」

「30分ほどは歩いていただく事になります」

「そうか。では少しは雑談でもするかな。実はアイク島での結婚観を聞いてたいそう驚いたんだ。かの島ではたとえどんな顕職けんしょくに有っても、正式な結婚相手以外と関係を持つことはご法度なんだそうだ」

「男女の間柄が清いことは褒め称えられるべきかと存じますが」

「ふむ、それはそうだが。ところで私は妾腹の王子だということは知っていたかな?」

「それは…ご気分を害されたのでしたら謝罪申し上げます」

 案内人は常識的な対応をしたつもりで思いもかけぬ返しをされたと鼻白んだ様子だ。会話の主導権は握っていたいが、そのまま沈黙を続けられても困るサーマイヤーフは微妙に話題の方向性をずらす。

「しかし血をつなぐ必要のある王だけは別でね。自分で相手を選ぶことはできないが4人の妻を持ち、どの母親から生まれた王子も王太子以外は対等に扱われるのだそうな」

「その王太子になる基準などは定められているのでしょうか?」

 単に長兄が王太子に相応しいと考えないということは王太子派では無いだろう。先ほど自分が妾腹だと明かした時の反応も真剣な謝罪のようだと感じた。ロレンツォに従っていたのだから第二王子派と考えるのが自然だが、自分が妾腹であることを考慮しないという事は派閥争いとは無関係な立場の人間かもしれない。

「ところでギルバーグ殿ほどの高官が直々に接遇せつぐうするという事は、上層部はアイク島との交流に積極的だと考えて良いのかな?もしそうなら、彼らと最初に接触した私としても鼻が高いのだが」

「残念ながらわかりかねます。ただ当初の予定ではギルバーグ殿が直接うかがうのでは無かったと聞いております。部長のローランド殿もですが、外務部でも高い役職に就く方はあまりアイク島との外交には積極的でない雰囲気が昨日まで有ったので、今日ギルバーグ殿が殿下の要請に応えて腰を上げられたのには私も驚いています」

 あまりにも明け透けに自分の部署の内情を第三王子に話してしまう所から、この官僚はどこの派閥にも属さない下っ端のようだとサーマイヤーフは結論付ける。

 しかし自分を極端に敵視する王太子派はともかく、第二王子派は王太子派への追従、あるいは隙を狙っての積極攻勢どちらも取り得るが、今日になっていきなり態度を変えるというのは尋常ではない。その辺りに自分が選ぶべき道の道標みちしるべが無いかと、サーマイヤーフはあまり政治的な配慮をする必要のなくなった相手と積極的に話すことを決める。

「ギルバーグ殿は今日になって誰かと会談したという事はあったかね?」

「確かにございました。とは言っても、殿下からの要請を伝達する軍の高官の方が突然訪ねてきたというだけでしたが」

 それは確かに、こちらのアプローチに対するリアクションで第二王子派の意向とは無関係かもしれない。

「ああ、それは突然のお願いをしたこちらの不手際で迷惑をかけたという事かもしれないな。ところで訪ねてきたのは我々を運んでくれたゾイゾットの艦長だったのかな?」

「いえ、首府艦隊司令のラキサリス殿です」

 ヨルムベルト・ラキサリスは一応は第二王子派だが、サーマイヤーフとの関係で言えば彼がレイシン側方面地域へとほうじられた時に、当時のレイシン側方面艦隊司令だったヨルムベルトが首府艦隊司令へと栄転したという事情がある。おそらくサーマイヤーフに対しては好意的であると期待できるはずだ。また、当時ギスギスした関係だった各小隊指揮官とのとぼしい会話からも、野心はあるものの政治的な言動の一切無い硬骨の武人だったことは察せられた。思ったより自分の立場は安定したものかもしれない、と若干期待しつつサーマイヤーフはヨルムベルトの執務室へと、王侯貴族が闊歩かっぽするエリアから実務者たちの居るやや質素な階層へと移動していった。

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