街へ繰り出す二人
「ルーチェ、待ってくれ!」
レオンハルトが走り去ったルーチェを追いかけて大声で呼びかけると、頭一つ小さな少女は振り返るなりギロリと
「ああ、恥を
「は?」
あまりにも唐突な男からの誘いにルーチェは一時の怒りを忘れて目を白黒させる。この青年は一体どういうつもりなのか。
「ええと、なんだ、シルマンテの街へ遊びに行かないか、と…」
「レオンハルト、何か悪い物でも食べた?」
伝わらなかったと思ったレオンハルトがもう一度誘うと、ルーチェは今度は正気を疑っている様子だ。確かに故郷でディルの下へ通い詰める騎士階級の少年とディルの孫娘の関係でしかなかった頃も、シペリュズ神殿の
そしてサーマイヤーフの
が、ルーチェにはルーチェの言い分がある。恋人と言っても、困難を極める航海で不安を
つまり二人とも、今まで自分に課された責務に
「そうではなく…
最初は恋人らしく振る舞ってはどうか、とレオンハルトは提案しようとした。しかし自分の底の浅い策など結局いずれルーチェに見透かされるだろうからと、真実を告げた。
「…どういう事?」
「どう言ったら良いか…ルーチェが自分の技術で兵器を作られたくないと言うのはもっともだが、私はそれでこの議論をそこで終わらせては欲しくない。それで敵兵の命が失われる代わりに閣下の部下の命が助かる事を、喜ぶのは無理としても
見方を変えればあまりにも身勝手な論理を、それでも誠心誠意伝えようとする恋人に、金髪の少女は微笑んだ。
「偶然だね。実はそういう事、あたしも昨晩考えてたんだ。都市連合の誰かを泣かせることになっても、ライナさんの子供たちがお父さんを無くさないでほっとするなら、それで良いんじゃないかって」
「それでは…?」
「勘違いしないで。昨日はそういう考えになった、と言うだけでまだ真剣に考え続けるつもりだから。ただ、あたしもこの街を好きになれるかもと思ったから、一緒に遊びに出かけるってのも面白そうね」
「それは良かった。閣下の依頼の事を抜きにしても、
「…うん…ちょっと恥ずかしいけど、ね」
二人とも顔を真っ赤にしながら頷き合う。もしこの光景を見ている誰かが居たとしたら、共感性
レオンハルトは普段の習慣で市民に
ルーチェと別れて部屋のクローゼットを開けたが、軍服以外にはサーマイヤーフの好意で与えられた絹服ばかりだ。遥か南方から、
ジークはこの時間、軍庁舎で医術の向上に
ルーチェの件で心配してくれた部下たちの事を失念していた事で、シムレー号艦長としての立場をなおざりにしていた事を反省はしたが、レオンハルトは初めてのルーチェとただ遊ぶ、と言う行為に浮き立ちながら約束の場所へと向かった。
待ち合わせ場所に現れたルーチェは、黒一色に染められたレオンハルトの‐というよりもジークの‐セーターとは全く異なる、赤と白の二色で規則的に幾何学模様の施された、鮮やかかつ愛らしい毛織物に身を包んでいた。
「お待たせ」
「うん…珍しいな、君が華やかな衣服を身にまとっているのは」
「ロギュートフさんが手配してくれた、都市連合からの物品の一つなんだ。こんな可愛い
「そうだね…えっと、その…良く似合っているよ。とても素敵だ」
「は、恥ずかしいな、急に…レオンハルトも、地味だけど格好いいよ」
「ああ、ありがとう…」
初々しい二人はお互いだけの世界の中に居るが、実は政庁舎の二人の門衛がこの様子をしっかり見ていた。バカップルを
「そっ、それでは出発しようか!取り敢えず街の東の露店を冷やかそうと思っていたんだが!」
「そうね!楽しみだわ、早速行きましょう!」
自分たちがどれほど恥ずかしいことをしていたのか気付いた二人は、声を裏返しつつもその場をやり過ごす言葉を紡ぎ、そそくさと歩き始める。最初はギクシャクとまるでばね仕掛けの人形のような動きだったが、1区画歩いた辺りで自然さを取り戻す。
ふと前を見たレオンハルトはルーチェを脇に寄せ、自分が大通りの内側を歩き始めた。
「どうしたの、レオンハルト?」
「いや、ほら…」
そう言って若者は前から人の歩く速度でガラガラと音を立てる馬車を指差す。街の重要な建物からの道なので、幅は充分だがやはり何かあった時のために少女を安全な方を歩かせたい。そんな同行者の気遣いに、少し頬を赤らめながら短く切り揃えられた金髪を揺らして
「なんだかエスコートの練習をしている気分だな」
「つまらない事言わないでよ。折角ちゃんとした恋人っぽいなって感心したところなのに」
照れて野暮な感想を口にしてしまったレオンハルトを
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