アイユーヴ王国のバスタード
最新の精製水式の大砲で
「閣下、標的からボートが向かってきます!」
「あん?なんだ、御大層な図体を捨てて全員で特攻ってか?」
「いえ、一隻のみです。こちらは普通の木でできている様です」
「訳が分からんな…まぁいい、沈めようと思えばいつでもできる。そのボートを待とうぜ」
サーマイヤーフが疑問に思った降伏の証をシムレー号が示さない理由は、その風習がアイク島に無いからである。レオンハルト自身は完全に自分たちの身の安全は大型艦、アイユーヴ王国レイシン河方面艦隊旗艦、シューラリス号の手の内に有ると思っている。
その今や自分達にとっての神とも言える存在に成りおおせたシューラリス号の機嫌を損ねまいと、大急ぎで小舟を漕いで、今後は穏やかな対話でお互いの望みを伝え合う事の出来る関係を築こうとしていた。外海とはいえ幸い波は高くはなく、レオンハルト達は何とかシューラリス号まで辿り着いた。さて、ではどうするかと思う間も無く縄梯子が投げ下ろされたので、相手にも交渉の意思はあると期待してレオンハルトは甲板に上がった。
ところが平和的な雰囲気を期待したレオンハルトを打ちのめすかのように、甲板は敵意に満ちていた。いかなる武器かは見当もつかないものの、何やら鉄製の筒を登ってきたレオンハルトとジンに突き付けている。
「侵入者ども、2メード間隔を取れ!」
レオンハルトには何やら聞き慣れぬ発音も混じっていたが、間違いなくアイク島で使われていた言葉と同じで、レオンハルトはまず最初の関門は突破したと安堵した。ところがその
「すまない、メードという単位が判らないのだが…お互いを
「そうだ!早くしろ!そうしたら両手を挙げて膝立ちになれ!」
二人が慌てて指示に従うと、それぞれに水兵が腹や股間を筒でつつき、レオンハルト達が丸腰である事を確かめる。
「よし、それじゃ両手を揃えて出せ」
これにも即座に従うと、二人の両手は荒縄で括られ、自由に動かせなくなった。
「これで私たちの無抵抗は証明されたわけだ。早速責任者に対面したいのだが…」
「黙れ!全く図々しい奴等だ。だが安心しろ、提督が直々に貴様らを尋問なさると仰っている、付いて来い」
そう言うと一人が歩き出したので、慌ててレオンハルトとジンが付き従うと、後ろから例の筒状の武器を構えた水兵が付いてくる。おかしな真似をしたら殺すという事だろう。勿論逆らうつもりのないレオンハルト達だが、一応は騎士として鍛錬を積んできたレオンハルトはともかく、シムレー号の乗員に選別されるまでは一介の漁師だったジンには、この敵意に満ちた環境が慣れない。一応まっすぐ歩いてはいるものの、足ががくがくと震えている。
「すまない、図々しいと言われたばかりで恐縮なのだが、ジン…相方は武器を向けられるのに慣れていない。おかしな真似はしないから私一人を狙ってもらえないか?」
「ちっ。仕方がない。その代わり怪しい動きをすれば即座に撃つぞ」
「勿論だ。誓って大人しくしているよ」
「お頭、ありがとうごぜえます」
そのまま案内の水兵について歩き続けると、ひときわ
「どうした?」
「例の艦の者を案内して参りました」
「入れ」
短いやり取りが行われると、内側から扉が開く。先導してきた兵士はそのまま扉の脇に控え、レオンハルトがどうしたものかと迷っていると、後ろから早く入れと言わんばかりに小突かれる。扱いは悪いが一応は招かれたのだから、と覚悟を決めてレオンハルトは扉の向こうへ足を踏み入れる。
部屋の中は扉の装飾に比べて遥かに簡素だった。毛足の短い
レオンハルトが-ジンも少し遅れて続いた-部屋の中央まで進んで跪くと、男は顔を
「何だ、その仰々しい振舞は?」
「はっ…これが貴人に対する故郷の礼儀でございます」
「それを聞いて益々嫌になったぜ。立て。そんでまぁ…縛られてるからどうしようもないが、取り敢えずそのまま手は後ろに回したままにしろ。それがこの俺に対する最敬礼だと思え」
「かしこまりました」
「よし。まぁ素直で結構だ。白旗も上げようとしないから、どんな跳ね返りが来るかと思ったがな」
「白旗?」
「そうだ。降伏するなら白い旗を掲げる。今じゃ大陸の南方だって使ってる合図だと聞いてるがな。お前ら一体どんな田舎から来やがった?」
「我々はこの…この大地はレテンド大陸で間違いございませんか?」
「当たり前だろう」
「我々の先祖は五百年ほど昔、戦でこの大陸を逐われ、ここから遥か北方のアイク島という島に流れ着き、そこで暮らしてまいりました」
「アイク島?知らねぇな」
「途中難所もございましたし、並の大きさの船に積み込める物資では、とても辿り着けないような距離でございます。先祖が無事に漂着できたのは全くの
「へぇ。それであのでかい船をこさえて渡ってきたってか。何の為に?」
「これまでの五百年は永らえてきました。ですが、このまま孤島に
「成程な。
サーマイヤーフと名乗った部屋の主が顎をしゃくると、二人の両手を縛った縄が断ち切られる。縄を切った兵士は離れ際に、手は後ろ手に組むように伝えると部屋の隅へ戻っていった。言われた通り自由になった手を軽く振ってから後ろで組むと、満足そうに頷いたサーマイヤーフが会話を続ける。
「こっちは名乗ったぞ」
「失礼しました。私はアイク島王宮騎士団所属レオンハルト・カシウスと申します。こちらのジンはあくまで小舟の漕ぎ手でございます。今後についての話は私に」
「そんな事は俺にゃ関係ねぇ。連行された王都で話すんだな」
「本当に?」
「…何が言いたい?」
「この艦には最初に駆け付けた艦とは違う旗が掲げられておりました。また先程私が貴方様を貴人として扱った時、貴人である事は否定されませんでした。ただその扱いが気に入らない、と仰るだけで」
「ちっ、よく見てやがる…こっちが不用意なだけか。まぁ隠してもしょうがねぇ。確かに俺はただこの方面軍の司令ってだけじゃなく、王子でもある。ただし妾腹のな」
「妾腹…王家が妾を囲うのですか?」
故郷の風習との差異にレオンハルトは軽く
「なんだ?妾がそんなに不思議か?男が権力に飽かせて女を侍らせるのは、どこの国でも同じだと思っていたがな」
「…アイク島は本当に小さな島です。政を為す騎士が権勢をみだりに競い、万一にも国を割る事の無いよう、婚姻関係については厳格な定めが有ります」
「息の詰まりそうな国だな」
「良い島ですよ…今は、まだ」
「だが孤立していて先行きが暗い、ときたか。まぁ突き放して島ごと滅亡させるのも寝覚めが悪い。国交を開く方に手を貸してやっても良いぜ。船の仲間を呼び寄せろよ。詳しい話はお前さん以外からも聞かねぇとな」
「ありがたき幸せ!」
「迎え入れると決めた以上は客分だ。そういう背中の痒くなるような言葉遣いはやめろ」
どこか屈折はしているものの、気の良い男の援助を得ることができた。ルーチェたちを人質扱いされる心配もないだろうと判断して、レオンハルトは大陸に地歩を固める足掛かりを得たことに安堵した。
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