第22話 証明2

 血には毒がある。アイリーンはそう言ってジェラルドの身を案じた。

 竜族の血には不思議な力がある。生き血は妙薬になる。囁かれている噂話と符号は一致する。

 すやすやと寝息を立てているアイリーンの体を検分し、ジェラルドはどこにも出血かないことを確認して安堵の息を漏らした。アイリーンがあれだけ怯えていたのだから、アイリーンの血には確かに何かしらの毒性があるのだろう。


 ――本当だろうか。月の物がないというのは。


 改めてアイリーンを見下ろす。

 アイリーンの体つきが幼いのは事実だ。なら月の物がなくてもおかしくない、気はする。

 自分の将来に関して、なんとなく誰かと結婚してなんとなく子どもができる。そんなぼんやりしたイメージは持っていたが、それだけだ。子どもがほしいと思ったことはない。それなのに、今は、子どもができないことへの寂しさが心を支配する。なんなんだろう。この短時間での心変わりは。


 ――子どもができないと決まったわけじゃないだろ……。


 アイリーンの体つきは幼くても本当に子どもというわけではないらしく、ジェラルドを受け入れることは問題ないようだが。


 ――竜族には、知らないことがたくさんあるな……。


 つがいがいないから大人になれない。月の物もない。竜族の血は毒。

 アイリーンの言うことを鵜呑みにしてもいいものなのか、とは思うが、アイリーンの体が幼いのは本当だし、彼女の憂いもまた本当だ。

 ただまあ、竜の国がアイリーンの体を理由に差し出したわけではないことが知れたのはよかった。あの国の人たちは、アイリーンを大切にしているように見えた。自分の受けた印象通りに、アイリーンは故郷の人々に愛されていた。そしてアイリーンもまた、故郷を愛している。そして姉のことを大切に思っている。武器を持って現れた自分たちの前に、危険を顧みず飛び出すくらいには。


 アイリーンの持つまっすぐな気持ちを大切にしてやらねば。

 アイリーンといえばもうひとつ、気になることを言っていた。


『二十歳まで時間がないのに!』


 アイリーンの叫びが脳裏に蘇る。あれはどういう意味だろう。

 アイリーンは十九歳で、確かに二十歳まで時間はない。でも時間のことを言っているわけではないだろうから、これは確認しておかなくては、と思う。きっとこれも、アイリーンの憂いを深めるもののひとつに違いないから。

 涙に濡れた頬にかかる、藍色の髪の毛を拭ってやる。

 大きな瞳を見せている時はくるくると表情が変わり、子どもっぽかったり大人びて見えたりするが、目を閉じていると年相応、十九歳の乙女に見える。


 ――まだ隠していることがあるのか?


 あるような気がする。

 隠し事をされているということは、自分はまだアイリーンの信頼を完全には勝ち取れていないという証拠でもある。

 ジェラルドはひとつ溜息をつき、音を立てないようにそっとベッドから降りた。

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