われ、家康と政宗の孫なり

飛鳥 竜二

第1話 江戸にて

空想時代小説


 時は、1636年(寛永13年)4月、政宗は江戸屋敷で伏せっていた。枕元に、家老の茂庭綱元とその家臣木村伊兵衛がやってきた。

「大殿、およびでござるか」

伏せっていた政宗は、小姓の力で起き上がり、人払いをさせた。

「綱元、お主も聞いていてくれ」

「ははっ」

「伊兵衛、いくつになった?」

「はっ、二十歳になりもうした」

「もう嫁をもらう年だの。綱元、いいおなごはいないのか?」

「探してはいるのですが、なかなかご身分にあう方はおりませぬ」

伊兵衛は、いぶかった。家老の一家臣にすぎない自分に身分があるということか。

「やはり、ここは母の出番か? しかし、母が知れば仏門に入れというのがおちだな。仏門は一人で充分じゃ。綱元、どう思う?」

伊兵衛はますますいぶかった。自分の両親は幼き時に、流行病(はやりやまい)で死んだと茂庭の殿から聞いていた。それなのに、政宗は母が生きているような口ぶりだ。

「大殿、そのことは内密では・・・?」

「もういいのだ。わしはもうすぐ死ぬ。わしが死んだら、伊兵衛を自由にしてやれ。さすれば自由に嫁御をめとることもできるし、おのれの力をためすこともできる。いつまでも綱元のところにいては、窮屈であろう」

「それが大殿の意志であれば、そのようにいたします」

「伊兵衛がのぞむならば、小十郎のところへ仕官させよ。白石城の跡取りは幼子なので、守り役をさがしておった。奥方の阿梅も気がやさしいので、よくしてくれるであろう」

「ははっ、わかり申した」

 二人は、政宗の寝所をあとにした。伊兵衛は、疑問だらけで綱元に問いたいことが多々あった。しかし、綱元はきつい表情をしていて話しかけられる雰囲気ではなかった。

 5月に政宗は亡くなり、6月に葬儀が盛大に行われた。将軍家光も参列するなど、諸大名が最後の戦国大名の死を弔った。家光は、政宗から聞く合戦話がとても好きだった。政宗の合戦話は演出がかっていて、おもしろかったのだ。伊兵衛は葬儀に参加できず、江戸屋敷の留守居を任せられていた。しかし、訪れる客が来るわけではなく、手持ちぶさたであった。葬儀が終わって、綱元と2代目片倉小十郎が連れ立って帰ってきた。綱元と小十郎は血はつながっていないが、親戚関係にある。

「小十郎殿、この者が木村伊兵衛でござる」

「うむ、りりしい若者だの」

「亡き大殿は、小十郎殿の嫡子の守り役にとおっしゃっていた」

「わが子は病弱ゆえ、鍛えてくれる人をさがしておった」

「伊兵衛は文武両道。まるで初代小十郎殿の若き日々を思い起こすぞ」

「わが父の若きころか。それでは、さぞかし頑固であろうな」

二人は笑い出した。伊兵衛は初代小十郎の話を聞いたことはあるが、智将というイメージしかない。

「伊兵衛、小十郎殿は快く迎えてくれるとのことじゃ。どうだ? 受けるか?」

伊兵衛はためらいがちに答えた。

「もったいなきお言葉。ありがたく思いますが、考えることもあり、一月返答を待って待っていただけますでしょうか」

「なにゆえ?」

「今まで綱元殿のもとで、安穏として育ってまいりました。しかし、小十郎殿様ご嫡男を養育する立場とあれば、世間をもっと知らねばならぬと思います。よって、これより諸国をめぐる旅にでたいと思っております」

「小十郎殿、どう思われますか?」

「世間を知ることも肝要。一月程度はこちらとしては何ともない。待とうではないか」

「それではそのように」

小十郎は、自分の屋敷にもどっていった。残った綱元は伊兵衛に最後の話を始めた。

「新しい大殿(忠宗)の意志でどうなるかわからんが、わしは江戸家老として江戸詰めの身分。もしかしたら、これがそなたとの最後になるやもしれん」

「殿、そんな縁起でもないことを・・まさか追い腹をなさるつもりでは?」

「そんなことはせん。追い腹はご法度だし、亡き大殿も喜ばれぬ。わしも年だからな。いつ死んでもおかしくないということじゃ。それよりも、生前大殿が話されたそなたの母親のことじゃ」

「私もお聞きしたかったことです」

「家中では、ごく一部の者しか知らぬことじゃ。小十郎殿も知らぬ。というか、そなたの母親も父親も知らぬことじゃ」

「どういうことですか?」

「そなたは、双子の弟だった。二人が産まれた時に、母親は気を失っており、双子は不吉だということで、そこにいた祖母の方がそなたを引き離した。それを大殿が聞き、殺すのは忍びないということで、わしに育てるようにあずけた。また、父親は流人となっていたので、母親が出産したことさえ知らぬ。そなたは、両親に存在を知られぬ身分なのだ」

「そうでございましたか? して、母は健在で?」

「うむ、今は仙台におる。兄は僧籍に入っておる。流人の息子ゆえな」

「祖母という方は?」

「今は江戸におるが、いずれ仙台にまいるであろう。しかし、どちらもお目通りがかなう方ではない。そなたは出自を知らぬ方がよい。父親は流人ゆえ、その息子とわかると僧籍に入るか、牢に入れられるかだ」

「そうでございますか」

「それでは、この手形と路銀を持っていけ。いよいよ別れじゃ。達者でな」

 伊兵衛は、丁寧にあいさつをし、別れをした。この後、綱元は隠居し、政宗らの霊を弔う日々を過ごし、4年後に他界した。伊兵衛と再会することはなかった。

 

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