第22話 到着

「又の御越しをぉ‼」


 昨晩の酒宴で、たんまり儲けた旅籠の主人と女将は満面の笑みで俺達を見送っている。 

 御捻りを弾んでやった従業員達も、総出で見送ってくれている。帰りも此処に寄ってやろうかな。中々、飯も美味かったし、対応も良かったしね。

 先を急ぐ俺達は、平坦な道が続く所では馬を借りて駆けて行き、何ヶ所かの宿場町は泊らずに通り過ぎた。

 情報で得た、物の怪の目撃証言の有る脇道や獣道を探ると、奴と思われる痕跡が幾つも見つかった。食い散らかして捨てられた御櫃や漬物樽等々……又、明らかに人間の歯形が付いている、木の実の欠片が散乱している様な場所も有った。


「団栗や椎の実を齧っているとは、奴さん相当、ひもじい思いをしていた様だな」

 「此処等デ街道二戻ッテ、近クノ宿場町二行キマショウ。食物二困ッテイタノナラ、近辺ノ町デ盗ミヲ働イタ可能性ハ高イ。新シイ情報ガ掴メルカモ知レマセン」


 藤田は同意を示すと同時に、不思議そうな顔で俺を見た。


「そう云えば最近、ベラミー殿は会話の殆どを日本語で喋られていますね。凄いな……」


 今更、気付いたのかよと思いつつも褒められたのは嬉しい。俺は、したり顔で云った。


「私、凄イデショウ。実ハ結構、頭ガ良イノデスヨ」


 其れを聞いた藤田は大笑いをした。

 一寸、吃驚した。彼が笑う処なぞ初めて見たからだ。しかも、こんな大声で笑うのか。

 藤田は一頻り笑い終えると、途端に真顔になって、「之からの国際情勢を考えると、私もシッカリと外国語の勉強をせねばなりませんな」と云い、何時も調子で歩き出す。

 奴の笑いのツボと切り替えの間は、全く判らん。藤田の個性は未だ理解出来ない。

 俺の発言は何とは無しに、はぐらかされてしまった為、冗談と取ったか皮肉と取ったのかは判じかねるが、実際の処、俺は本当に一般的に比べれば頭が良い方なのである。偏に長く生きているという事も有るが、何と俺は一流大学を二つも卒業しているのだ。まあ、アンリとエルに無理矢理勉強を叩き込まれて、嫌々通わされたのだけれど。

 其れはさて置き、宿場町に着いて飲み屋を梯子しながら奢りまくっていると、予想以上に多くの情報が次々と聞き出せた。

 やはり、『物の怪』=『ワタナベ・シンノスケ』は、既に若狭に居るとみて間違い無い様である。

 俺達も明日の夕刻には、若狭に到着出来るだろう。常人に比べて半分程の速さで到着する計算になるが、流石に二人共疲れが溜まって来ており、今夜は英気を養う目的で、此処に一泊する事とした。


 此処の飯盛女は宵の相手もしているそうなので、一夜の戯れに買ってみた。中々に床上手な娘で楽しめたのだが、閨の中で「此の間の異人さんと違って、御客さんは同じ異人さんでも優しい抱き方ねぇ」と、余計な事を云われた。因みに其の異人は、どんな遊び方をしたかと聞いてみたら、「妾を含め、ウチの娘達を三人も相手にさぁ――一昼夜通して四十八手を全部試してみたんよぉ。いやぁ、流石に疲れたわぁ」との事である。

 人が真面目に仕事してんのに何やってやがる。今度逢う時、張り倒してやる……。しかし、奴らについて良い情報も得た。何と怪しげな古物商の男の誘いで急遽、予定を変更し、馬を駆って大阪府に向かったそうだ。何でも『河童』とか云う、半魚人のミイラを買い付けに行ったらしい。

 之で奴等と若狭で鉢合う事は無いだろう――良かった良かった。



 翌朝早くに旅籠を発つと、昨日聞いた物の怪の目撃情報が有ったという獣道に入って行く。すると、其処にも奴が通ったと思われる痕跡が有った。食い散らかして捨てられた、壊れた御櫃と梅干を漬けていた壺が転がっていた。中身も少し残っている。


「昨日、聞いた通り『近田屋』とかいう飯屋から盗まれた物の様だな。確か被害にあったのが、今から十六日前か……」


 藤田は、チッと舌打つ。確かに出遅れた感は否めないが、それも仕方の無い事である。 

 何せ、大久保卿の暗殺の余波で色々な仕事が増えた上に、容疑者の移動速度が速過ぎたのである。だからと云って、のんびりとはしていられない。もう直ぐ日本は梅雨と呼ばれる雨季に入るので有る。逃亡経路から考えうるに、山林に潜伏している可能性は高いが、東京の貧民窟と同じ様に、故郷に協力者を見つけて、街中に潜伏している可能性も棄て切れない。何方にしても、長雨が続く中では街中の捜索も困難だし、山狩りには滑落の危険が伴う最悪の時期である。

 そんな事を考えていると、ポツリポツリと小雨が降って来た。之には俺も、チッと舌打ちをする。街道に出ると、俺達は若狭の中心地を目指して、足早に歩を進めた。


 幸いにも雨は小降りの侭で、街道沿いの茶屋で購入した漆笠だけで十分しのげた。  予定通りに夕刻前には若狭の中心地に到着する事が出来た。

 情報収集がてら、飯屋で訊き込みをするも街中では『物の怪』の目撃情報は余りつかめなかったが、代わりに『人魚』や『八百比丘尼』の話は多く聞けた。此処、若狭は八百比丘尼伝説発祥の地と云うだけあって、『八百比丘尼の菩提寺』や『八百比丘尼の洞窟』等々、幾つものゆかりの場所が有ると云う。方々から好事家が訪れており、物見遊山で見に来る者も多く、一部は一寸した観光名所になっているそうだ。

 しかし、俺達の探している者は、そんな名所には居ないだろうがな。

 今日は此の町で一泊して、明日には渡邉信之助の生まれ育った村を捜索する。

 

 捜査にあたり、滋賀県警の協力を得る為に俺達は警察署に赴き、川路大警視の書簡を渡すと、警察署長はまるで商人の様な揉み手で俺達を歓待してくれた。普通、こんな悪人面した大男二人組が訪れたら訝かしみそうなものだが、組織の首領の名は絶大だな。

 署長殿は何を思ったか、宴席を設けたいとの提案をしてきたが当然断る。極秘任務ですとの藤田警部補の睨みを利かせた一言で、一旦はしょぼんと肩を竦めるが、渡邉信之助の捜査資料に目を通している間にも、あれこれとおべっかを使ってくるので鬱陶しい事、此の上無い。藤田警部補は冷淡な態度を貫いているが、其れでも御構い無しに喰い付いて来る――ある意味、豪胆な男だな。


「しかし、『怪力無双の辻斬り』……渡邉信之助の事件は、もう終わった事件でしょう。何故、未だ捜査が必要なのでしょうか?」


 当然すぎる質問にも藤田は容赦無く、極秘ですと一言で突っぱねる。之には署長殿もムスッと顔を顰めている。まあ、藤田警部補が機嫌悪くなるのも仕方無い。怪力無双の辻斬り事件の犯人、渡邉信之助の素性が明らかにされてから、滋賀県警に捜査協力を依頼したものの、彼らの捜査はかなり御座なりであり、捜査資料も薄っぺらで役立つ物ではなかった。

 藤田警部補は一通り資料を読み終え、「ふう」と一つ溜息を付くと外套を羽織って手早く帰り支度を始めた。未だ俺が全部読み終わっていないのに。


「大警視の書簡に有る様に、之からも捜査情報の提供や必要に応じての人員派遣等々、御協力を宜しく御願い致します。まあ、なるべく御手を煩わせぬ様にするつもりでいますが――其れでは本官達は之で失礼致します……」


 ぶっきらぼうに、そう告げると必要な業務はこなしたと云わんばかりの慇懃無礼な態度で、足早に立ち去って行く。流石に之は不味いと思い、俺は必死の作り笑いで署長殿や他の署員達に対して友好的に接して、何とか場を和ませたが署長殿の頬は膨れていた。


 宿への帰路、何の気無しに訊いてみる。


「フジタ警部補……社交辞令ッテ言葉、知ッテイマスカ?」

「概念は解りますよ」


 此の男、出世には興味無い様だな……。





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