【32】イリカとの戦闘
剣を受ける。攻撃を仕掛ける。魔法を躱す。魔法を放つ。どれほど繰り返しただろうか、イリカには悪いがとても残念な時間を過ごしていた。
「これは……、勿体いないな」
あえて断言するがイリカは決して弱くない。先程戦った騎士達であれば難なく無力化できるであろう実力は兼ね備えている。ただ、どうしても催眠状態となると弱くなってしまうのも事実だ。本気のイリカと戦いたかったため、何とか催眠を解けないかと色々試してみたのだが、戦闘しながらということもあり中々上手くいかない。
「うーん。やっぱり、動きながらだと難しいか……。動きさえ止められれば何とかって、おっと……、感じだけど」
催眠や洗脳といった思考や意識に
「イリカ、本気のお前と戦えないのはやっぱり残念だよ。どれぐらい成長したのか見たかったんだけどな」
そう尋ねてみるも、イリカは相変わらず単調な攻撃を繰り返すのみであった。その動きはまるで言われたことをただただ実行するだけのゴーレムと何ら変わりなく、言い換えればただの力任せな戦い方だ。
催眠状態はいうなれば何も考えていない状態と何ら駆らわない。剣を振るうために腕に力を入れることや魔法を放つために魔力を練り上げることは催眠状態といえども問題なく行える。ただ、フェイントを入れたり、魔法で隙を作ったりといったことをしない。つまり、思考を巡らせて戦っていないのだ。
「だから……」
イリカの首元目掛けて剣を振り下ろす。無意識といっても防御をしない訳ではないため、イリカは当然それを剣で防ごうとする。このまま振り切っても攻撃は決して当たらないだろう、だから寸でのところで振り下ろす剣を止めると体をひるがえして回し蹴りをイリカの胸元に食らわせた。
「こうやって簡単なフェイントにも引っかかってしまうって訳だな」
今までの戦いぶりを見るに普段のイリカ、催眠状態でなければ何てことなしに防げたであろう。攻撃をもろに受けたイリカは相変わらず無表情で俺のことを見つめている。イリカの状態からしてかなり深い催眠が掛けられているようで、このままだとどちらかが死ぬまで戦い続けることになってしまう。
「……はぁ、これ以上はやっても無駄だし、必要以上に傷つけるだけになるな。そろそろ終わりにしようか、イリカ」
一気にイリカとの距離を詰めつつ魔力を練る。
「
イリカに向かって突進していく炎でできた龍の後を追随するかのように近づいていく。
さぁ、イリカ。どうやって防ぐ?
そんなことを考えつつイリカの行動に注目していると、イリカは左手を前に突き出してボソッと呟いた。
「
イリカの後ろに魔法陣が出現し、魔法で作られた光り輝く龍が現れてこちらに向かってくる。その魔法を見た瞬間、思わず心を奪われてしまった。
「まさか、この魔法は……」
ふとある記憶が蘇ってくきた。
――――――
――――
――
魔法の練習の一環として
「せんせい!! さっきのまほうをおしえてください!!」
「さっきの魔法っていうと……、
「はい!!」
余程さっきの魔法が気に入ったのであろう。キラキラと瞳を輝かせているイリカであったが、この魔法をイリカが覚えるには少々問題があった。
「あー、そうだなぁ……。うーん、イリカの魔力量だとまだちょっと早いかなぁ。それに、イリカは火属性の適性が無いから多分覚えられないと思うよ」
「え、そうなの……?」
よっぽど覚えられないと言われたのがショックだったのか、今にも泣きだしそうなイリカ。その様子に慌てた俺はすかさずフォローする。
「で、でもな?
「にたようなまほう?」
「あぁそうだ。例えば、イリカは特に光属性に関する適性が高いから、炎の魔法でできた龍じゃなくて、光の魔法でできた龍ならできるかもな」
「ほんとに? わたしにもつかえるようになるかな?」
「もちろん。イリカならすぐに使えるようになるさ。……あ、ちょっと待っててな」
俺は家の中に入ると、机の中から数枚の紙を取り出してイリカの元に戻った。
「ほら、これをイリカにあげるよ」
渡した紙には俺が
「わぁ……!! ありがとう、せんせい!!」
「魔法の練習頑張るんだぞ? 練習を頑張れば、きっとイリカなら完成することができるって信じてるよ」
「うん!! つかえるようになったら、いちばんにせんせいにみせてあげるね!!」
「おっ、それは楽しみだなぁ」
イリカの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めている。
「えへへ……」
――
――――
――――――
「イリカ……、使えるようになったんだな……」
熱いものが込み上げてくるが、グッとこらえて戦いに集中する。
2匹の龍がお互いを食らい合おうと口を大きく広げてぶつかった。そして次の瞬間、目を覆いたくなるほどの閃光が周囲を包み込み、大きな音共に爆発を引き起こした。城全体が揺れ、埃が舞ってはいるものの、流石王国の建物だと言うべきであろうか、防御魔法かけている王座の間は全く崩れておらず原型を留めている。
問題のイリカはというと、ボーっと正面を見つめているだけで一切動かない。恐らく閃光によって目が見えていないのであろう、催眠状態では本来人間が持ち合わせている咄嗟に目をつぶるという反射的な行動ができないのだ。そんな隙だらけのイリカの後ろに立ち、そっと背中に手を置く。
「また後で話そう、イリカ。まだまだ聞きたいことも、話したいこともあるからな」
全力の
刹那、振り下ろされた剣が頬を掠めた。ギリギリで反応して避けることはできたものの、下手すれば死んでいたかもしれない。相手が騎士だということで、まさかこのような状況で奇襲しかけてくるとは考えていなかった。
「おぉ、これはこれは……」
まさか怪我を負わされるなんてな。油断してたとはいえ、こいつ中々やるかもしれない。
ツーっと頬を滴る血を拭きとる。イリカよりも上の階級である騎士団長。転生後に戦ってきた相手の中で一番強い相手かも知れないと考え、剣を構え直して全意識をジョーダルの方に向ける。
「くそっ!! 仕留めきれなかったか……!!」
「中々いい攻撃だったよ。今度は油断はしないから全力でかかってこい!!」
久しぶりに強敵と戦えるかもしれないという状況にワクワクしている自分がいた。
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