【25】イリカの現状

 アリネの時と同様に、泣き出してしまったイリカが落ち着くのを待った。部屋の外で待っている2人が中に入ってきたときに、どうやってこの状況を説明しようかと内心気が気でなかった。ただ、こうして自分のために泣いてくれる人がいるのはどこか嬉しいものがあった。


 背中をさすること数分、イリカは胸にうずめていた顔を上げると真っ赤に腫らした目で俺の顔を見てくる。


「本当に会えてよかったです先生……」


「あぁ、俺も嬉しいよイリカ」


 イリカも落ち着いた様子だったので、とりあえず体を起こそうとしたのだが全然離れない。少し力を入れて引きはがそうとするも、よりいっそう背中に回してある腕に力を込めるイリカ。


「このままだとあれだし、とりあえず座って話をしないか?」


 そう尋ねてみるも、返事が返ってこない。


「えっと……、イリカ?」


 再び尋ねてみると、数秒の無言の後に、


「……嫌です。このままでも話せます……」


 そう言って再び抱きしめる力を強めてくる。


「あー、話ずらくな」


「話しにくくありません」


 言葉を遮られてしまった。まぁ、久しぶりの再会だし、嬉しい感情が抑えきれないのだろうとこのままにしておくことにした。


 まずは、何から聞こうかな……。


 こうしてイリカに会いに来た目的は大きく分けて2つある。1つ目は、今何をしているのかを把握するということだ。もし悪いことに手を染めているのであれば、正しい道に戻すために説得しなくてはならない。2つ目は、他の弟子がどこにいるのかを聞くということだ。現状、居場所が分かっているのがイリカだけであるため、何かしらの情報を持っているのであれば、それを聞いて今後の旅の計画に役立てようという訳だ。


「そうだ、イリカ。アリネから聞いたんだけど、今騎士団で働いているんだって?」


 どちらから尋ねようかと迷ったが、まずはイリカの現状について聞いてみることにした。


「はい。あの家を出て旅をしている最中に偶然この国の騎士団長と出会う機会がありまして、その人の勧めもあって騎士になったんです」


「そうか、それは良かったね。ずっと騎士になりたい騎士になりたいって言ってたもんね」


 そう言うと、手紙を渡す前に見せた冷めた表情からは想像できないほど、イリカはパァッと後ろに花でも見えるかのような笑顔になった。


「覚えていてくれたんですか? 私が騎士になりたいって言ってたことを」


「もちろんだよ。イリカはことあるごとに騎士になりたい、騎士になるんだって言ってたもんね」


 弟子達の多くは何になりたいのかと言うことはあまりなかった。そんな中でもイリカはずっと自分は騎士になるんだと言って、よく他の弟子達と騎士ごっこなる遊びをしていた。そのため、イリカがこうして夢を叶えられたということは師匠として嬉しいものであった。


「そ、そうですか……」


 そう言うとイリカは耳まで真っ赤にしながら目線を逸らした。


「あれ? もしかして照れてるのか?」


「ち、違います!! 別に照れてなどいません!!」


「あはは、照れると顔が真っ赤になるのは昔から変わらないんだね」


「も、もう!!」


 俺の胸に顔をうずめると、抱きしめる力を強めてくるイリカ。俺の体はみしみしと音を立てて悲鳴を上げている。


「ちょ……、ちょっとイリカ? 俺が……、悪かった。このままだと骨が折れちゃう……」


 そう言うと力を弱めてくれたため、大きく息を吐いて呼吸を安定させる。圧迫されて呼吸がおぼつかなくなると、どうも前世のことを思い出してしまう。


「はぁ……。あ、そういえば、アリネから聞いたんだけど、アリネと戦ったんだって?」


「はい。結局、決着がつかないまま逃げられてしまったんですけどね。でも、アリに盗賊を辞めさせるなんて、流石先生です」


「いやいや、そんなことないさ。それに、アリネが盗賊になったのもほとんど俺のせいみたいなところがあるからね……」


「先生のせいなんてことありません!! 何より、本当にアリには色々迷惑をかけられて困っていたんです。それを先生が解決してくれたのは感謝しかありませんよ」


 話していて思ったのだが、小さい頃から騎士を目指していたことだけあって、イリカはアリネに比べると善悪の判断がついているのかもしれない。


「そういえば、アリの手紙に反省の旅に出ることになったとありましたが、あれはどういうことなんですか?」


「あぁ、あれはね――――」


 俺はイリカにアリネの旅の詳細を伝えた。イリカは何処か不安そうに聞いており、イリカもこの旅が大変で辛いものになるのが分かっているのだろう。いくら悪いことをしたとはいえ、友達のような姉妹のようなアリネの今後のことを考えているのかもしれない。


 もしかしたら、イリカもアリネを本当に捕まえようとはしていなかったのかもなぁ……。


 イリカの様子を見てそんなことを考えながら説明を終える。すると、イリカの口からそうですかという言葉だけが出てきて、しばらくの間無言が続いた。重ぐるしい空気に耐えられなかったため、違う話題を振ってみることにする。


「……そうだ。騎士団生活はどうだい? 色々大変なんじゃないか?」


「は、はい。ですが、充実はしています。誰かの役に立っていると考えると、それだけで頑張れるんです。あ、それに、副団長になったんですよ私」


「副団長!? それはすごいじゃないか!!」


「い、いえ、そんなことは……」


「いやいや、すごいことだよ。騎士団での生活についてもっと教えてくれよ。イリカがどんな風に暮らしていたのか知りたいんだ」


「分かりました。では、まずは――――」


 イリカから騎士としての生活のこと任務のことなど色々聞かせてもらう。情報収集をしていたため知らない事だけではなかったが、他人の口から教えてもらうのと本人の口から教えてもらうのとでは全く別物だ。嬉しそうに話すイリカを見ているとこっちまで嬉しくなる。


 19歳という年齢から考えると副団長になるというのはすごいどころか歴史的快挙と言っても過言ではない。特に、騎士団ともなると伝統を重んじる部分があるため、若い頃から役職に就けるというのは非常に珍しい。それだけ、イリカが頑張ったということだろう。


 弟子の活躍に頬を緩ませていると、


「……ねぇ、先生」


 小さな声でイリカが話しかけてくるが、顔はどこか別の方向を見ている。


「ん? どうした?」


「……さい」


「え? ごめん聞き取れなかった」


 聞き返すと、イリカは勢いよくこちらを向いた。


「だ・か・ら!! 昔みたいに頭を撫でてください!!」


 そう言うイリカの顔はゆでだこのように真っ赤に染まっている。


「え、え?」


「副団長になったんですから、昔みたいに褒めてくださいって言ってるんです!!」


 そう言って再び胸元に顔をうずめるイリカ。突然のことで驚いてしまったのだが、昔、弟子達を褒める時によく頭を撫でているのを思い出した。


 あぁ、なるほど。大きくなったといってもまだまだイリカも子供っぽいところがあるんだな。


 そんなことを考えつつ、約13年ぶりにイリカの頭を撫でる。絹糸のような金色の髪を撫でていると、イリカもしっかりと女の子なのだなと実感する。


 しばらく撫でていると、急にイリカが立ち上がり俺の腕を掴んだ。


「先生!! 是非、団長と会ってください!!」


「え?」


「ほら、行きますよ!!」


「お、おい。待て待て!! いったいどこに……」


 有無を言わさずに腕を引っ張るイリカ。急なことで訳が分からなかったが、とりあえずイリカに腕を引っ張られながら宿を後にした。

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