【8】ちびっ子武闘会

 ヨウの召喚に成功してから数日後、今日は村の祭、ちびっ子武闘会の開催日であった。村の中央には簡素でありながらも石で作られたリングが存在感を放っており、そのリングの周りには木のベンチの観客席ができている。1つの村のもよおし物としてはかなりの規模の祭りだ。


 俺の小さい頃はちびっ子腕相撲大会という名前だったのだが、いつの間にかちびっ子武闘会という全く別物になっていた。というのも、皆がスキルや魔法を使えるようになったとのことで、どうせならもっと大きなものにしようとちびっ子武闘会に変えたのだそうだ。


「えー、本日は……」


 そのリングの上では村長が何やら話しているようだが、村の人達はあまり真剣に聞いていないようだ。ただ、あからさまに聞いていないのではなく、聞いているふりをしながら周りの人と小声で喋っている。周りの人達の待ちきれないといった様子を見ていると、いつの時代、どんな場所でも誰かと誰かが戦うといった催し物が盛り上がる訳だなと感心する。


 この後のことを考えながらボーっと村長の話を聞いていると、肩をチョンチョンと突かれた。誰だろうと思いながら横を見ると、生徒の1人であるシューリがワクワクが抑えきれないといった様子で話しかけてきた。


「ねぇねぇ、フェリガン。今年は誰が勝つと思う?」


 そういえば、誰が出るのかをちゃんと確認していなかったなと質問されて思い出したため、出場者一覧に載っている名前に目をやる。


「誰が勝つかかぁ……。んー、そうだなぁ……」


 俺の目からしたら、村の子供達に差はそれほど感じられなかった。見込みのある者は何人かいるが、何年かに1人の逸材と言えるほどの者もいないため、誰かが優勝すると断言はできない。というよりも、誰もが優勝する可能性は秘めていると思う。


「……誰が優勝するかは分からないけど、強いて言うならこの日のためにちゃんと準備してきた人かな」


 それぞれに魔法の得意不得意があるように、得意な戦法や苦手な戦法がある。実力に大した差が無い者達が戦う場合、相手の嫌がる戦法を選択できるか、豊富なバリエーションの攻め方や守り方を持っているのかが勝負に大きく関わってくる。そのため、そういった準備をしてきた人が優勝するのではないかと考えていた。


「むぅ……。僕はそう言うことが聞きたいんじゃないの!!」


「あはは……。それじゃあ、シューリは誰が優勝すると思うの?」


「えー? 僕はねぇ……、やっぱりグンデルだと思う!!」


 昨年の優勝者ということもあり村の大人から子供まで多くの人がグンデルを優勝候補に挙げているが、グンデルは喧嘩経験の豊富さという点で有利だった面もあったと思う。それに、1年もあればこの年頃の子供達がどんな成長を遂げるか予想できない点もあるため、誰が優勝するかは最後まで分からないだろう。


「グンデルねぇ、確かに1番優勝に近いと思うけど、まだ分からないと思うよ。例えば……、ジェンとか結構やると思うけどなぁ」


「えー、ジェン? それは無いと思うけどなぁ」


 将来は学者を目指しているらしく、外で走り回って遊ぶのよりかは家で勉強をする方が好きなジェンの名前を聞いてシューリは眉をひそめる。


「ふふ。まぁ、楽しみに見ておいてよ。きっと決勝戦はグンデルとジェンになると思うから」


 そんなことを話している間に村長が話の締めにかかっていたため、村長の方に顔を向き直した。


「……それでは、ちびっ子武闘会開幕じゃ!!」


 村長の言葉と共に湧き上がる歓声と拍手。いそいそと準備を始めだす子供とその親を横目で見ながら、リングの近くにあるテントに入って自分も準備を進める。


「フェリガンよ。今年もよろしく頼むぞ。皆が怪我をしない様に危なかったら止めてくれて構わんからの」


「はい、大丈夫ですよ。一応、防御用の魔法も皆にかける予定ですので、よっぽどのことが無い限り怪我はしないと思います」


 俺はちびっ子武闘会では選手ではなく審判を務めることになっている。というのも、周りとの実力差があまりにもあり過ぎて、毎回優勝者が決まっているのはどうしたものかといった話になり、選手としては殿堂入りということで審判に回されたという訳だ。


 村長と試合の進行などについて話し合っていると、グンデルがテントの中に入ってきた。


「あれ? グンデルどうしたの? まだ試合の時間じゃないと思うけど……」


「なぁ、フェリガン」


「ん?」


 関係者用のテントの中に入ってきたグンデルに戸惑いつつも、何か問題でも起きたのかと準備をする手を止めてグンデルの方を向いた。


「フェリガン。もし、俺が優勝したら、俺と戦ってくれ!!」


 何かの冗談かと思ってグンデルの顔を見るも、グンデルはいたって真面目な顔をしており、これが冗談ではないということが分かる。


「えっと……」


「頼む!! 俺の実力を知りたいんだ!!」


 そう言って頭を下げるグンデル。俺の一存じゃ許可できないと言いつつ、頭を上げるように伝えるも一向に頭を上げようとしない。自分ではどうしようもないと考えたため、どうしましょうかという意味を込めて村長の方に目を向けて助けを求めた。


「……はぁ。グンデルよ、どうしてフェリガンと戦いたいんじゃ」


「俺の実力を知りたいんだ……」


 それだけでは分からないとその後も質問してみたが、これ以上何かを答えることは無かった。どうしたものかと村長としばらく目を合わせながら沈黙が流れる。


 自分の実力を知りたいか……。まぁ、分からなくもないしなぁ。


 自分よりも強い相手にどれだけやれるのかを知りたいというグンデルの気持ちが分からない訳でもない。それに、来年俺かグンデルが村を出てしまえばもう戦う機会はないかもしれないため、グンデルの気持ちを汲んで了承することにした。


「……村長。もしよければ、グンデルの頼みを聞いてくれませんか? もう、あと何回こういった機会があるかもわかりませんし」


「うーむ……。フェリガンが良ければ……」


 その瞬間、グンデルがバッと頭を勢いよく上げたかと思うと、


「よっしゃ!! フェリガン約束だからな!!」


 そう言いながらピューっとテントを出ていってしまった。


「……」


 先程までの真剣な様子はどこへやら、あまりもの態度の変わりようについていけずに唖然としていると、村長の咳払いが聞こえてハッと意識を戻した。


「……フェリガンよ。それじゃあ、審判の件と……、まぁ、グンデルの件もよろしく頼むな」


「は、はい」


 テントを出ていく村長の背中を見送りつつ、選手たちの準備ができたのか大きな歓声が聞こえてきたため、急いで準備を整えると慌ててテントを出た。


 テントを出てリングに上がると、実況役の村の大人が大声を上げた。


「さぁ!! 審判の準備も整いましたので、今よりちびっ子武闘会開始しまーす!!」


 その瞬間、ワー!!っと観客席から歓声が上がる。


 いつも思うけど、この人実況が上手いよなぁ……。どこでその実況を学んだんだろう……。


 そんなことを考えているうちに選手紹介が始まり、それと同時にリングの両サイドから上がってくる2人の選手。2人とも緊張しているのかどこか表情が硬い。


「エリック頑張れよ!!」


「負けるなよ、ベレン!!」


 歓声が聞こえる中、2人の選手のボディチェックを行う。何も違反となるような物は持っていないことを確認して、2人に硬化ハーダー魔法障壁マジックバリアをかける。2つとも防御魔法としては初歩中の初歩だが、村の子供達の実力であればこれぐらいの魔法でも十分だった。


 準備が終えたところで、選手達の間に手を差し出す。審判をやっていて一番楽しいのはこの瞬間かもしれない。


「それでは……、よーい……、はじめ!!」


 ちびっ子武闘会の第1試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る