薬を飲む、そして打つ。
八木沼アイ
飲み込みたくないもの。
私は今、薬を飲んだ。飲みたくもないものを飲むのは不愉快極まりない。
明らかだ。
最後の薬は口の中で溶かす薄いラムネのような形の薬だった。
不意に思い出す。
症状を話すと驚きながら自分から距離をおいたあの医者。
こんなことを強要したあの医者には憤り抱かずにはいられない。
明らかだ。
だがしかし、仕方がない。
なぜならこれを飲まなければ私は、先祖の墓に同じく骨を沈められてしまうかもしれないから。
天気はくもり時々晴れ。これは外の環境である。
気分は豪雨時々火山灰。これは心の環境である。
辛いだろうか。いや、私が耐えればいいだけの話だ。
明らかだ。
今日の昼頃もこのような憤りを覚えた。
昼間、蒸し暑い部屋で、釜に茹でられているような感覚に陥りながらドラマを見ていた。その時ドッドッドッドッドッドッと、隣の部屋から工事現場のような音が聞こえた。ヘッドホン越しからでもはっきりと聞こえる音だった。私はドラマの再生を止め、席を立ちながら、ヘッドホンを恐る恐る外した。なぜ恐ろしいと感じていたか、それは家から工事現場のような音が聞こえるからである。至極真っ当な理由だ。
私は自室を開け、ドアを自分の目が出せるぐらいの隙間から隣の部屋を見た。
隣の部屋のドアは開きっぱなしだった。
私の目に写ったのは作業着を着た30代~40代の男、彼は部屋にエアコンを取り付けているようだった。
・・・だからだ。
だからあのような鼓膜を殴打する音が聞こえるのだ。
原因はすぐにわかった。
しかし、腑に落ちないものがある。あの部屋は物干し部屋だ。
主に洗濯物を干し、そして母が化粧をする部屋だ。私は考えた。
「そこにエアコンなんているか?100歩譲って優先すべきは人がいる部屋ではないのか?傲慢なことはわかっている。そうだ、私の部屋につけろ。あの親にはほんとに頭が上がらない。相談の一言もなしでつけやがって。」
幼稚な私の思考時間はわずか0.5秒。作業着のおじさんには申し訳ないが、この誰に向ければいいかわからない憎悪と怒りが、彼に少しだけ向いてしまった。すまん。
それを確認した私は彼にバレぬよう静かにドアを閉めた。
閉めたあと、私は考えた。
親とはこんなものなのか、と。
その問の答えを私は知っていた。
私にはそんなこと心底どうでも良かった。これが答えだ。
明らかだ。
どのくらいどうでも良かったかを言い表すとするならば、他人の葬式に葬列するぐらいどうでもよかった。
面接でこのくらい比喩的にかつ的確に話せたなら、最終面接までいって落とされるぐらいの表現である。
私にとって親という概念、存在、間柄、血筋は、それぐらいの感覚であるということだ。もし死んでも、きっと深くは悲しめないだろう。心の底から泣けるかと聞かれ、首を縦に振れる自信はこれっぽっちもない。実際はわからない。今、ほんとに倒れ、病院に搬送され、アルコール中毒で死んだとしても納得できる。
彼は適量を知らない。明らかだ。
彼はネットで拾ってきたピザの生地よりも浅い知識を食事中に聞いてもいないのにひけらかしてくる。話し終わるとだいたい満足げな顔をしてソファーに寝転がり、スマホを触る。酷く不愉快極まりない。
私のストレスの権化であることは間違いない。長年耐えたら、だれか報酬を私に恵んでくれるのだろうか。私は考えた。私は考えて、更に考えて、自分のために考えた、そこでたどりついた。もう考えるのはよそう。
明らかだった。
16粒。飲みたくもない薬をいやいや飲んでからパソコンを開き、
キーボードを打ち始める。
ちょうど今。
最後の薬が口の中で溶け、腫れた喉に粘り垂れる唾液と共に薬が流れていった。
だが、砂糖を焦がしたような気持ちは溶けず、心にへばりついて流れない。
彼らへの感情がもっとドロッとしたようなものであることを改めて知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます