秘密
「おい! 薺!」
「あんた逃げたんじゃなかったの?」
「莉々の奴がギャーギャーうるせえから私が来たんだよ」
「尻尾巻いて逃げた癖に?」
「仕方ねえだろ。ビルの屋上で何もやってないお前と違って、こっちは魔力使い果たした直後だぞ。あのまま消耗戦になったらめんどくせえのは目に見えてんだよ」
「ふーん。信念なんて偉そうに講釈垂れてた割には引き際はいいんだね」
「無駄死にほど無駄な事はないだろ。……それにしても、これお前がやったのか?」
李凛が廊下を見渡すと、そこは正に死屍累々の光景が広がっていた。動かなくなった元教官達は、ただの首無し死体となり無惨に転がっている。
自分達が逃げる判断をした相手を、薺が片付けた事に驚いているようだった。
これは——と言いかけて薺は口を紡ぐ。シェイムリルファが、とは言えない。約束してしまったから。シェイムリルファとの事を秘密にすると。
「これは……そうだよ。私がやった」
少し罪悪感のようなものも感じるが、秘密を守る為だから仕方ないと薺は自らに言い聞かす。
「へえ、やるじゃんか」
「……別に。大した事なかったし」
李凛は死体に近づきしゃがみ込むと、死体の袖を摘み持ち上げる。「それにしてもここまでやるかね」と苦々しい顔をし、まるで死体検分をするかのように遺体を観察し始めた。
「ねえ、なんでアンタ達がここにいるの? 私からしてみれば怪しい事この上ないんだけど」
李凛は話を聞きながら死体を調べている。そして、その衣服を剥がしながら薺と会話を続けた。
「シェイムリルファがよ、この施設に入ってく所を見かけたんだよ」
「シェイムリルファが?」
「ああ、だけど何処にもいなくてよ。折角忍び込んだから探検がてらうろついたらこのザマだよ」
「じゃあアンタがここに来た時には」
「こいつらの頭はご覧の通りだったし、既に動く死体と化していたよ。そんでひとまず引こうとしたら、アンタ達と遭遇したってわけ」
李凛は相変わらず死体を調べている。まるでこうなってしまった原因を探るように。
「自分で考えて動くタイプではないな。死体を操っていた何かがいたって事か」
「それって魔獣なの? そんなの聞いたことない」
「可能性の話だよ。まさかシェイムリルファが犯人じゃねえだろうな」
「なに馬鹿なこと言ってんの? そんなわけないに決まってるでしょ」
その後も李凛は死体を調べていたが、結局何も分からなかった。教官達が死んだ理由も、何に襲われたかも。そして死後、首無しの死体となり襲ってきた原因も。
「まあ、魔獣の襲撃で処理されるのが妥当だろうな。不可解な事は大体は魔獣が原因だ。少し特殊な魔獣だったかもしれないけどね」
「後は専門家に任せるか」と李凛が立ち上がり、電話をかけ始めた。魔獣は消滅してしまうので跡形も残らず消えてしまうが、今回は人間の死体が転がっている為、後の仕事は魔法少女の管轄外となる。
李凛が誰かと連絡をとっていると、莉々と灯花の声が廊下の奥から聞こえて来た。
「レディーに重いなんて、ましてや初対面の子に重いなんて口が裂けても言えないけど、私の腰もそろそろ限界が近いよ」
「ごめんね、灯花ちゃん。重いよね」
「そんな事無いよ。腰が限界なだけだから」
どうやら莉々はまだ立ち上がることが出来ないらしく、灯花におぶさりながらここまで上がって来たようだ。
灯花は肩で息をしながら莉々を床に降ろす。体力の限界を迎えたのか、灯花はその場に大の字で寝転んでしまった。
「莉々、ごめんね。心配かけたよね。でも大丈夫だから」
「……良かった。無事だったんだね」
「うん、全部やっつけたから」
話を聞いていた灯花がむくりと上半身を起こす。まるで疲れなんて吹っ飛んでしまったかの様に勢い良く。そしてその顔は驚きに満ちていた。
「もしかして一人で? 凛は使い物にならなかったでしょう?」
「一人で、だよ」
「ぱっと見、腕がもげても足がもげても動くタイプだったと思うけど、一人で片づけるなんて優秀なんだね」
「はは、ありがと。もう私達に出来る事はないんでしょう? 早くここから離れようよ」
薺は急かすようにこの場を離れようとする。無駄に話を続けてボロが出ても困るし、どうやって倒したかと問われてもボロが出てしまいそうな気がしていた。
「おし、研究室の鑑識待ちだ。奴らが来るまでここで待機な」と電話を終えた李凛は薺を制止する。
魔獣によって人が死に関わった現場には、専門の鑑識が訪れ、担当した魔法少女から仕事を引き継ぐ。
養成施設で芽が出なかった訓練生は、魔法少女のサポートに回される。いわば裏方の仕事。その仕事は多岐に渡るが、こういった現場の鑑識も彼女達によって行われる。
「薺ちゃんで合ってるかな? 私は灯花だよ、よろしくね。帰りたい気持ちはとても分かるのだけど、そう言うことだから少し待機に付き合ってね」
「……まあ、そういう事なら」
「ん? 莉々、どうした?」
莉々は薺の安否を確認すると、教官達の悲惨な現状に言葉を失っていた。なんの罪もない人が、こうして被害に遭っているのは理解していた。しかし、現場を見るのと聞くのでは大違いだった。
血の匂いに包まれた空間。出来れば目に入れたくない、見るも無残な死体。
薺とは違う理由ではあるものの、莉々も早くこの場から離れたいと思っていた。
「魔法少女なんてやってると、こんな現場に居合わせる事なんてしょっちゅうだぞ」
「そうですよー。脅すわけじゃないけど、もっと酷い時だってありますよ」
「そう考えると薺は平気そうだな。中々神経図太そうだ」
「アンタに言われたくないよ」
「私だって最初はダメだったよ。その点、薺は平然としてるからな。ある意味すごいと思うよ」
「は? 何が言いたいの?」
二人のやりとりを眺めていた灯花がタイミングを見て間に割って入る。
「凛、薺ちゃんがお気に入りの子で合っているかな?」
「んな馬鹿な。どうしたらその考えに至るんだよ」
「一応だよ、一応。なんか優秀みたいだしさ。じゃあ、莉々ちゃんかー」
「え? 私?」
「改めてよろしくね、莉々ちゃん。そして、ようこそ魔法少女兵団『鉄血の乙女』へ」
莉々はキョトンとする。灯花の真意を理解しようと思うもイマイチ要領を得ない。
少し間を開けても「え?」と返すしか出来なかった。
「お前ウチに来いよ。てか決定な。断るなんて選択肢はないから」
「ど、どういう事?」
「来たよ。鑑識さん達だね。おーい。ここですよー」
「薺、悪いけど後はよろしくな」
「なんで私が?」
「薺さんがこの人達を始末したからですよー。これは決まりです。仕方がないんですよね」
薺は「……はあ」と一つため息をつくと、両手を腰にやり、渋々納得する。
「なるほどね、第一発見者みたいなもんか。じゃあ、仕方ないか」
「そういう事。さあ行くぞ。あ、莉々の家行くか。入団祝いやるぞ」
「わー。いいね、いいね。コンビニでアイス買いましょー」
二人は再び莉々を抱える。腰が抜けっぱなしの莉々は抵抗出来ずにされるがまま、あっという間に持ち上げられてしまった。
「ま、まって! 薺ちゃん、連絡待ってるから!」
「うん! ゆっくり休んで!」
薺を一人残すのは申し訳ないという気持ちになったが「残っても邪魔になるだけだから」と灯花に諭され、莉々は渋々納得し施設を後にする。
確かにあの現場に残っても莉々には何も出来る事はない。吹っ飛んできた扉を間一髪避けましたとしか言える事がないのだから、致し方ない所である。
莉々は抱えられながら、ビルの依頼の件を李凛に尋ねようと思ったが、楽しそうに話す二人を見ていると会話に割って入る事が出来なかった。
シェイムリルファの代理をしているから無理です、とは言えず、会話に混ざれるコミュニティ能力も無い。ただ家まで運ばれるだけ。
そして担がれたままコンビニに到着した所で「……あ」と莉々が思い出したように声を出す。
「ん? どうした?」
「ウチ、来るんだよね」
「もしかしてダメですか? 莉々ちゃんのお家の人はこういうノリはダメな人とか?」
「そ、そういうわけじゃ無いんだけど」
「じゃあ、いいじゃん。行こうぜ」
このまま家まで帰って、二人がシェイムリルファと鉢合わせになってしまったらどうしたらいいのだろうと考える。
シェイムリルファと莉々の兄は結婚している訳で、今日二人は仲良く出掛けているわけだけど、帰ってくるのはもちろん莉々と同じ家である。普通に考えればそうなるだろう。
なんせシェイムリルファは莉々の義理の姉なのだから。
言い訳を一生懸命考えるも、いい案が浮かばない。全くと言っていいほどに。むしろ、どんな言い訳をしても嘘くさくなるだろし、もう正直に言った方が気が楽だと覚悟を決める。
そもそも嘘がつけないので、言い訳も下手くそなのは自分でも分かりきっていた。
「……二人共、ウチに来たらビックリするかも知れないから、変な言い方だけど覚悟しておいてね」
「か、覚悟!? 物騒な物言いですね。まさか莉々さんの家は大豪邸ですか?」
「こりゃあ益々楽しみだな」
あれこれ言うよりも見てもらった方が早い、と莉々は二人に一応の牽制を入れた。
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