現場

「ねえねえ、凛。せっかくシェイムリルファを張り切って追いかけている所、腰を折るようで本当に申し訳ないと思うんだけどさ」

「申し訳ないと思うのなら、黙って追いかけた方がいいんじゃない?」

「まあまあ、聞いてよ。腰は折れちゃうけど、損はないと思うから」

「なんだよ。早く話せよ」

「あの人の敗北のニュース覚えてる?」

「ああ、そんなのあったな。それが何?」

「シェイムリルファが敗北する程の相手が、果たして彼女を生かしておくのかな?」


 「確かに」と、李凛は灯花の話を聞き足を止める。確かにシェイムリルファは新人魔法少女のように、迷子の猫の捜索なんてしないし、行方不明になったセキセイインコは探さない。

 ましてや猫やインコの捜索の失敗を、敗北とは表現しないだろう。

 シェイムリルファは常に戦っていたはず。魔獣を相手取っていたはず。そんじゃそこらの魔法少女じゃ歯が立たないような、一癖も二癖もある魔獣と渡り合っていたはずなのだ。


 敗北、すなわち死。それがシェイムリルファが身を置いていた世界。

 なのに、今しがた、李凛達を飛び越えるように、軽やかに、美しく空を闊歩していたのだ。


「おっとっとー。急に立ち止まると危ないよ。私は急に止まれないからね」

「……なんか、きな臭いな」

「そう? 確かに急ブレーキで止まったけど、どこも焦げてないし、燃えてもないよ」

「なんか臭わない?」

「だから何も燃えてないってー」

「事件の臭いがだよ」

「ああ、そっちの話? 李凛の表現は遠回しだからこんがらがっちゃうよ」


 二人は再び後を追い始める。そして灯花の体力が限界を迎える間際、李凛に突如始まった真夜中の追いかけっこの辞退を申し出ようとしたその時、シェイムリルファが大きな敷地にある建物に入っていった。


「はあ、はあ、おえ。さ、流石だね。速いよ、速い」

「あん? おい、灯花。あの建物って」

「ちょ、ちょっと待って。夕飯とアイスが合わさった物体が出てきちゃいそうだよ」

「お前、本当に体力無いな」

「凛の体力が有り余り過ぎって噂もチラホラしてるよ」

「まあいいよ。ほら、あそこ」

「どれどれー? ああ、あれ?」

「あそこってさ、魔法少女の養成施設じゃねえの?」

「そうなの? へえー」

「なんでこんな時間に?」

「なんでだろうね?」

「どうせだったら、シェイムリルファに話しかけてみるか」

「もしも、凛さんの言う通りにここがその様な施設だった場合、私達は明らかな不法侵入になると思うのですが、そこら辺はどうお考えになっておられるの?」

「なんも考えてねえよ。アイツに会った時の土産話になればと思ってたけど、予定変更だ。どうせなら有名人にご挨拶といこう」

「うん、うん。そうだね。挨拶はとても大切な事だね。第一印象を決定づけるファーストコンタクトだからねー。じゃあ、いってらっしゃい。気をつけてねー」

「お前も行くんだよ」

「やっぱりー?」





「いやぁ、莉々の姿にも驚いたけど、空を飛べるのは本当に便利だね。しかも莉々に触れていれば、私も一緒に飛べるなんて」

「李凛ちゃんを抱えた時に重さを感じなかったから、もしかしたらって思って」

「……ふーん。あ、見えて来たよ」


 李凛ちゃんの話を聞くと、薺ちゃんは興味がなさそうに返事をした。失敗した、とすぐに後悔する。少し気まずい雰囲気が流れたと同時に、私達は施設の上空に到着した。

 携帯に届いた情報はかなり緊急性の高い事件が起きている内容だったが、意外にも辺りには誰も見当たらなかった。


「よっと!」


 華麗に着地をした薺ちゃんが「一番乗りかな?」と辺りを見渡す。着地だけでこんなに魅せてくれる薺ちゃんはやはりスター性があるのだろう。

 もちろん私は着地の瞬間に少し躓いた。少し踵の高い靴のせいにしておくことにしよう。


「油断しないようにしないとね」

「うん。現場は屋内訓練場だね。ほら」

「あ、本当だ。私の携帯にも同じ表示が出てる」


 ふと違和感を覚える。何故、薺ちゃんの方から先に電話がかかって来たのだろう、と。

 私はシェイムリルファから強引に連絡先の交換を求められたので、この『魔法少女通信』なるサイトが送られて来たのはなんとなく納得できた。

 だけど薺ちゃんは一体どうやってこの情報を手にしたのだろう。連絡先を交換するタイミングなんて無かったようにも思える。


 みたところ、薺ちゃんの携帯にも同じサイトから連絡が届いているようだった。

 確かにシェイムリルファのやる事だから、と言えば腑に落ちる思いもある。なんせ自らのフェイクニュースを全国に流した位なのだから。


 というかその線しかないだろう。こんな事を考えていてボーッとしてたら足を引っ張ってしまいそうだ。ただでさえその可能性が非常に高いのに。


「教官達が数名死亡なんて、信じられないよ」

「……うん。とりあえず屋内訓練場に向かってみる?」

「私達だけで対応出来るかな?」

「ちょっと怖いよね」

「だけど情報を集めるくらいなら出来るかも。こんな所で突っ立ってても、後から来た魔法少女に文句言われそうだし」

「薺ちゃんは凄いね。私一人だったら何も出来ないよ」


 薺ちゃんは現場に向かう事に対して躊躇しているのを見抜いたのか「行こう」と私の肩をポンっと叩いた。


 屋内訓練室に魔獣が潜んでいる可能性は大いにある。むしろこんな事をするなんて魔獣しかいない。

 魔力が高い人間を襲う傾向にある魔獣は、その人間の魔力を己のものとし、より凶悪に、凶暴になっていく。

 寄生型の魔獣が二度に渡り施設に侵入したのも、高い魔力に導かれた結果なのだろう。


 施設内に入り、暗い廊下をゆっくりと、警戒をしながら進む。いつもと何も変わらない見慣れた廊下は、真夜中というだけで不気味な雰囲気を醸し出している。

 幸いな事に屋内訓練場までの道のりで、魔獣に遭遇する事はなかった。遭遇どころか、魔獣の気配や魔力は一切感じない。

 いっその事、誤報であればいいのに。そう願ってしまう。


 しかし、現場付近に近づくにつれ、その願いは叶う事は無いのだろうと実感する。そして確信に代わっていく。

 魔獣の気配や魔力は相変わらず感じないものの、明らかに匂ってくる血生臭い匂い。

 心臓の音がやけにうるさく感じた。死体を目の当たりにするのは初めての経験で、しかもそれは知らない顔ではないのだから。

「悲惨な現場や、痛ましい現実を突きつけられる覚悟も必要」だと教鞭を振るっていた教官達も、まさか自らそれを体現するとは思ってもいなかっただろう。


「……? 凛々、なんか聞こえない?」

「本当だ。話し声?」


 屋内訓練場のがある四階に着くと、シーンとしている廊下には話し声が響いていた。

 その声は訓練場に近づけば近づく程に大きくなっていく。まるで誰かと言い争いをしているような、そんな声。


「魔法少女かな?」

「まあ、普通に考えればそうだよね」

「喧嘩、してる?」

「なんかそんな感じだね」


 慎重に、気配を消しながら、恐る恐る訓練場の扉に近づく。訓練場の両開きの扉は鉄製の重厚な造りになっており、魔法少女候補生の激しい訓練にも耐えれる仕様になっている。人によっては中々の火力を出す訓練生もおり、廊下まで魔法の被害が出ないように対策されているものだった。


 なので心底驚いた。突然その扉が爆音と共にこちらに吹き飛んできたのだから。


 薺ちゃんはステッキに魔力を込めて吹き飛んできた扉を真横へと弾く。こういった反射速度は流石の一言だ。扉は窓ガラスを突き破り、大きな音をたて地上へと落ちていった。

 しかし、もう片方の扉を私が薺ちゃんのように対処出来るはずもなく、咄嗟にその場で身を屈めるしかなかった。

 吹き飛んできた扉は頭を掠めて後ろに吹き飛んでいく。もう少し頭の位置が高かったら頭が吹き飛んでしまっていたかもしれない。それくらいの勢いで。


「あ、危なかったね」

「……爆発? あれ、腰が抜けちゃったかも」

「ちょっと大丈夫?」

「しばらくしたら平気だと思う。


 二人で後ろを振り返り、唖然としながら扉を眺めていると、後ろから叫び声にも似た声が聞こえてくる。


「お前ら何やってんだ!? 逃げろ!」

「お二人さん、危険ですよー。走って走ってー」

「李凛ちゃん!?」


 必死に走る二人の後ろからは、複数の足音が聞こえて来る。一体何が起きているのか理解が追いつかないが、目を凝らして、よくよく訓練場の方を見る。そこには映画や創作の世界でしか見た事のない光景が。

 首のない血まみれの『人』だったものが数体。それらがこちらに向かって来ていた。思わず目を逸らしたくなる、見慣れた教官の服を着た、首なしの遺体。


 すれ違いざまに、腰の抜けた私を李凛ちゃんと少女が抱えて走りだす。


「薺! お前も早く来い!」

「私達は依頼で来てるんだ! 逃げるなんて出来ない!」

「お嬢さん、逃げた方がいいですよー。その人達、何しても全く効かないですからー」

「逃げるんじゃねえ! 体制立て直すって言ってんだよ!」

「あんた達は莉々を抱えて隠れてて! 私は戦う!」

「薺ちゃん!」

「莉々、ダメだ! 一旦引くぞ!」


 私を抱えた二人は、薺ちゃんに構わずに窓から飛び降りる。


その最中「あの人、死んじゃうんじゃないですかー?」とマイペースに話す少女の声だけが私の脳内に響いていた。

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