痛感

 なんで私はこんなに単純な事に気づかなかったのだろう。気づけなかったのだろうか。確かにこの二日間は間違いなく人生で一番濃い二日間だった。

 立て続けに色々な事が起きすぎて、頭の中はこんがらがっていた、だとしてもだ。

 

 私は薺ちゃんと別れた後、誰もいない家に帰った。「ただいま」と言った所で当然誰からも返事はない。最早これは癖みたいなものだ。


 お兄ちゃんは仕事、に行っている。なのでこの時間はいつも一人だ。


 シェイムリルファを引き留めてた、との事だったので、もしかしたら二人でどこかに行っているのかもしれないが。一人の夜は慣れっこなので特別気にもしない。

 一息つきながら靴を脱ぎ、玄関に上がる。手を洗い、コップに水を入れ一口飲む。お風呂に入り、ご飯を食べて、歯を磨いて部屋に戻る。ベッドに寝転び、携帯をいじる。眠ってしまう前に目覚まし時計をセットしようとして手を伸ばす、そしてその手が止まる。


「……あ。養成施設、行かなくていいんだ」


 魔法少女に憧れて、シェイムリルファのようになりたくて養成施設に通っていたわけだが、既に今日なってしまったのだ。魔法少女に。

 辛い訓練も、嫌いな試験ももうやらなくていいかと思うと嬉しさで一気に目が覚める。それと同時に、一つ疑問が浮かぶ。

 養成施設から引き抜きされた魔法少女候補は、魔法少女の組織に所属する。李凛が率いる鉄血の魔法少女兵団の……名前は忘れたが、そういった類の組織に。

 そして『お仕事』が振り分けられ、魔法少女としての一歩が始まる。


『お仕事』の内容は、それこそいなくなった猫の捜索から、さっきみたいな魔獣の討伐まで本当にピンキリだ。個人からの依頼もあるし、企業や偉い人からの重要な依頼もある。

 特に新人の魔法少女は「何事も経験だ」と、激務に追われるのが最初の洗礼として待ち受けている。養成施設のあの厳しさは、新人がこの激務を乗り越えられるようにする為の厳しさなのだろう。


 しかし私は明日から暇なのだ。それこそ明日以降だってなんの予定もない。


 早速ビルの屋上の依頼こそあったものの、あれは自分が施設を破壊した事で発生した必然といえば必然の依頼だった。

 シェイムリルファが施設費用を支払う代わりにと引き受けた依頼であり、誰かの為というよりは自分の為の依頼だった。

 そう考えると薺ちゃんは巻き込まれた形になるので、申し訳ない気持ちになる。それは後日、しっかりと謝罪するとして。


 なんて色々考えていると、集中力の低さに定評がある私は思考があっちに行ったり、こっちに行ったり、脱線したり、やっとこさ戻ってみたら何を考えていたか忘れてたりしてしまうので、一旦深呼吸をする。


 引き抜きされたのだから、私と薺ちゃんはシェイムリルファの部下のような形にはなっているはず。

 だけれども薺ちゃんとは少し違い、私は代理を任されいる。かといって、今日遭遇した魔獣を一人で倒せる自信はない。なのでシェイムリルファの代理を、明日からやれと言われても何も出来ない自信がある。そこは自負している。


 シェイムリルファに連絡を入れてみたが返信はなかった。もう一度確認してみようかとも思ったが、デートの最中に何度も業務連絡を入れるのはどうなのだろうと、最低限の気を効かす。

 結果、やる事がない。つまり、暇なのだ。魔法少女になったのに。


「どうすればいいんだろう」と、独り言をボソッと呟くと同時に携帯が鳴る。タイミングが良い事にシェイムリルファからの返信だった。


【お疲れ様でした、そしておめでとう! 無事に依頼をこなしたみたいだね。さすが莉々ちゃん!薺ちゃんにもよろしく伝えておいてね。養成施設の人から連絡が来ました。これで約束通り、修繕費用はチャラになったよ。今日はゆっくり休んでね。あ、明日はお休みです】


「……依頼を、こなした?」


 依頼はこなせていない。だって魔獣は李凛ちゃんが倒してしまったのだから。なのでビルの管理人には何も伝えていないし、なんならビルから降りて話してた時に、李凛ちゃんの手柄で良いって事は伝えてたのだ。


 確認しようにも、李凛ちゃんの連絡先が分からない。薺ちゃんに半ば強引にあの場から連れ去られたとしても、地上に降りてから連絡先を聞く時間位はあったのに。

 こんな事なら聞いておけば良かったと思ったが、根暗な私にそんな積極的な事が行動が取れるはずもなく、結局は李凛ちゃんに真相を聞き出す事は不可能だっただろう。


 自分の性格に嫌気がさし、大きなため息をつくと、また携帯が鳴った。シェイムリルファからの連絡が来たのかと急いで内容を確認する。

 しかし画面に表示されたのは、見覚えのないニュースサイトのようなものだった。


「魔法少女通信? なにこれ?」


 登録した覚えもなく、聞いた事も見た事も無いサイト。少しだけ嫌な予感がしたが、躊躇いつつもサイトを開く。


【魔法少女養成施設職員、複数名の死亡を確認。原因は不明。直ちに現場に急行して下さい。】


 私は何度も画面を確認した。しかし、何度読み返してもそこには信じたくない文章が書かれていた。薺ちゃんに連絡を入れようとすると、私が電話をかけるより早く薺ちゃんからの着信が入る。


「莉々、起きてる!?」

「起きてる。見た?」

「見た、一緒に行こう。すぐ莉々の家まで行く」

「うん、分かった」


 明日から暇なんて、とんでもなく甘い考えだったのではないかと頭によぎる。緊急事態への対応、これは明らかにベテランの魔法少女が対応する案件だ。

 依頼や事件が危険であれば危険であるほど、難解であれば難解であるほど、新人の魔法少女の出る幕は無くなる。


 養成施設の職員はそれなりの腕利きが揃っている。ちょっとやそっとの魔獣なんか簡単に蹴散らすだろうし、何より強固な結界だって張ってある。

 それなのに複数名死亡するほどの事態が起きているなんてよっぽどの事が起きているに違いない。


 ここで気付く。


 自信があろうとなかろうと、自分があのシェイムリルファの代理を任させてしまっている事を。引き受けてしまった重大さを。


 私は気付く。


 この連絡は明らかにシェイムリルファに向けての連絡であり、私が引き受けてしまった代理の仕事だという事を。

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