魔法少女

「ば、ばか! 莉々!?」


 一瞬だけ聞こえた薺ちゃんの声があっと言う間に聞こえなくなった。

 想像していた以上の落下速度に、意識せずとも体に力が入る。スカイダイビングはもちろん、バンジージャンプだってやった事の無い人生において、生まれて初めて体験する落下。

 考えてみれば自分が高い所は苦手だったという事に気づく。そして地面に叩きつけられる一足前に、恐怖の底に叩きつけられた。

 真っ逆さまに頭から落ちながら「な、なんで?」と一瞬呟く。しかし、既に後悔も飛び降りた原因を考えるのも後の祭りであって、待ち構えてる結果は……口にもしたく無い最悪な結果だろう。


 一方、李凛は自分が落下してしまった、というあり得ない事実により、その意識をハッキリと戻していた。落下しながらもビルのとっかかりを掴もうと必死に抗うも。だが、魔力を使い果たした彼女はその両手を上手くコントロールする事が出来ない。

「くそっ! 動けよ!」と、いくら叫んでも神に祈っても、彼女の数秒先の未来もまた『死』の一文字が待ち構えている。

 李凛の腕は当然の事ながら魔力によって形成されており、動かすどころか、その形を保つ事も難しくなっていた。

 だがそこは流石と言うべきだろうか、一瞬だけ、ほんの一瞬だけビルの外壁に手をかける事に成功する。しかし、言わずもがな力が入らない。李凛は今にも消え入りそうな両腕を消滅させないように、有り得ない集中力を見せる。

 火事場の底力とはこの事だろう。死の淵に立たされてようやく発揮出来る、出来る事なら発揮したくない底力。


「ああ、もう! なんでこんな事に!」

「り、李凛さん!?」


 落下の恐怖から意識が遠のいていくのを必死に堪えながら、私はビルの中腹でぶら下がる李凛を発見する。


「は、はあ!?」


 魔法少女として、魔獣を倒し人々を救ってきた性、なのだろうか。さっきまで、つっけんどんの毒舌キャラをまざまざと見せつけてきた李凛は、落下してきた私に思わず片手を差しのべてきた。


「ぐっ! む、無理ぃ!」


 李凛は上手い具合に私を片手で鷲掴みする。だか、自分一人の重さでさえ、ギリギリの所で支えていたのに、そこに人一人分の重さが加わった李凛は早々に限界を迎える。重さだけならまだ耐えれたかもしれないが、もちろん落下の速度も加わっている為、その衝撃に耐え切れるはずはなかったのだ。

 李凛が必死に力を振り絞るも、その健闘虚しく二人一緒に仲良く落下してしまったのは当然の結果だろう。


「あんた何考えてるの!? し、信じられない!」

「ご、ごめんなさい! 助けようと」

「はあ!?」


「はあ!?」の一言は至極真っ当な返しだと思う。何の術も持たない只の一般人が、何の策も持たずに、ただ飛び降りてきただけなのだから。

 さらに言うと、李凛一人なら助かっていた可能性だってあったのだ。

 なのに私がわざわざ李凛を追って飛び降りてきた事によってその可能性も潰えてしまい、後は地面とご対面するだけになってしまったのだから、やはり李凛の「はあ!?」の返しは至極真っ当であると言えるのだ。


『泡沫の依代』が強く光を放ち、私と李凛を包み込んだのは、落下中という非常事態にそんな無意味な事を脳内で思い浮かべてた時だった。

 光に包まれた私達の落下速度は徐々に、徐々に落ちて来た。落下してるのに速度が落ちてくるなんて、なんだがややこしいが、実際に速度が落ちてるので仕方がない。


「……あんた、魔法少女だったの? なんだよ、びっくりさせんなよ」

「え、ええっと。今、魔法少女になれたみたいです」

「あん? まあいいや。……はあ、よく分からんけど助かった」


 ゆっくりと、ゆっくりと李凛を抱えながら地上へと降りる。まるで初めて会った時のシェイムリルファが私の前にフワリと降りてきたように。

 空を浮かぶ事で、また助かった事で気持ちに余裕が出てきたのか、ここで初めて街の灯りが目に入ってきた。あのまま落下していたら見る事のなかった景色。


「綺麗だね」

「え?」

「街」

「……そうですね」

「一応、礼は言っておくよ。ありがと」

「そんな。お礼なんて」


 ふと、李凛を見ると巨大な腕は、か細い少女の腕にと変わっており、すっかりその毒舌も身を潜めてしまっていた。

 近くで見る李凛はまだ幼く、こうして大人しくしている所を見ていると、中学生と見間違えるほどだった。


「なに?」

「李凛さん、いきなり不躾ですけど、今おいくつなんですか?」


 幼く見えても歳が上なんて事は全然有り得るし、何よりこの尊大な態度は、中学生ほどの歳の子が取れる態度では無い。

 念には念を持って敬語で接する事は間違いでは無いだろう。


「十四だよ」

「へ、へえ! そうなんですね!」

「なんだよ。変な奴」


 歳下に変な奴と言われても、むしろこんな子がいるだなと感心してしまう。李凛はそれ位に堂々とした性格をしていた。確か、魔法少女兵団のなんとかって所の団長を務めてるらしいし、やはり魔法少女としての経験が彼女を大人びた雰囲気にしているのだろうか。


「あんた名前は?」

「莉々。よろしくね、李凛さん」


「莉々ね。はは、似た名前だな。所で莉々、あんたシェイムリルファ好きだろ?」と間髪入れずに李凛は質問を投げかけて来た。


「な、なんで!?」

「なんでって、あんた丸っきりシェイムリルファじゃん」

「丸っきり?」


 私はあんなに美人じゃないし、カッコ良くも無い。丸っきりなんてお世辞を通り越して、聞く人によっては嫌味にも聞こえそうなものだ。不思議そうな顔をしている私に構わずに李凛は続ける。


「その格好だよ。丸っきりシェイムリルファじゃん。もっともあの人は真っ白だけどね」


 李凛にそう言われて、自分の姿をまだ見ていない事に気づく。一体自分の魔法少女の姿はどんな姿なのだろうか。

 言われた通りの姿なら恐れ多いもいいところなのだが、半分以上は嬉しさが勝っていた。シェイムリルファの魔法少女の姿はとても優雅で、とても可憐で、とても美しい。


「そっか。初めて魔法少女になったんだっけ。ほら、横見てみなよ」


 横と言われたので、そのまま素直に横を向くと、ビルの窓に映っている自分の姿が目に飛び込んできた。


「格好は同じだろ?」

「ほ、本当だ。でも」

「真っ黒だな。漆黒だ。羽が付いているからシェイムリルファより少し派手かな?」と李凛は付け加えた。


 パステルカラーじゃなかったけど、とても華麗な衣装。想像とは違ったけど私には勿体無いくらいの衣装。しかも李凛が付いていると言った羽は、飾りなんかではなく、本物の羽そのものだった。


「天使にしては少し物騒な色だな」と、李凛は年相応の笑顔を見せる。


 私もその笑顔に釣られて思わず笑みが溢れる。そして初めて実感する。


 ああ、遂に魔法少女になれたのだな、と。

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