黒峰莉々
「なに? どうしたのさ。今日はよく喋るねぇ」
「え、ええ? そんな事、あるかな?」
「あるでしょ。で、憧れのシェイムリルファがどうしたって?」
「だからね、薺ちゃんはシェイムリルファがね、もしもだよ。もしも目の前に現れたらどうする?」
宝くじが当たったらどうする?みたいなありきたりな質問に、少し考え込む様子を見せた薺ちゃんは思いついたように手も叩きながら答えた。
「サイン、貰うかな。ありきたり?」
「ああ、確かに。そうだよね。折角だもんね」
「
「え、私?」
私の友達。唯一と言っていいであろう友達。
こんな取り止めのない会話をしてくれる薺ちゃんは誰とでも仲良く出来て、私とは正反対の性格をしている。
そして、この魔法少女育成施設においてトップクラスの魔法少女の素質の持ち主でもある。各方面から将来を有望視されている逸材だ。
出会いはこのクラスに配属されて、まだ間もない時だった。
コミュニティー能力がマイナスに振り切れている私は当然の如く誰かに話しかける事など出来ず、ポツンと一人佇んでいる所を、みかねた薺ちゃんが手を差し伸べてくれたのだ。
握手と同時に手を握りつぶされるじゃないかと思った陰湿な疑り深い思考を見透かしたかのような薺ちゃんの眩しい笑顔が今も目に焼き付いて離れない。
薺ちゃんは、スタートダッシュでボッチになりかけた私を救ってくれた恩人でもあるのだ。
「魔法を教えてほしい、かな」
「莉々の憧れだもんね。シェイムリルファは」
「薺ちゃんは憧れないの?」
「そりゃあ憧れるよ。だけど、今はシェイムリルファを超えてみせるって気持ちの方が大きいかな」
ここ数十年トップを走り続けているシェイムリルファに対して憧れや、羨望を抱く子が多い中、堂々と超えると言ってのける薺ちゃんはすごいと思う。だけどそう言える程の実力を伴っている事も、また確かな事実だ。
実験形式の模擬戦での校内成績、魔法に関する知識や状況判断能力、空間把握能力、身体能力等々、全てに置いて高い実力を誇る。
模擬戦の成績なんて私と組んだ時以外は全勝というから驚きを隠せない。そして薺ちゃんと組んで尚、模擬戦での勝利を収める事の出来ない私は、自分自身の実力に驚きを隠せない。
教官から魔法少女になれないと宣告される事は必然の事だったのかもしれない。
「でもさ、驚いたよね。あのニュース」
「ニュース?」
「シェイムリルファのニュース」
「あ、ああ! シェイムリルファ敗北ってやつ」
「実際、信じられないよ。だけど実際の画像が出てる訳じゃないから信じてない人も多いみたいよ」
薺ちゃんの言う通り、確かにあのニュースには文章だけが掲載されており、シェイムリルファの画像等は一切出ていなかった。私自身も、あの瞬間は息が止まるような思いだったのだが、よくよく冷静に考えてみるとデマカセの可能性だって否定出来ないだろう。私もまんまと騙された形って訳だ。
「話変わるけどさ、昨日の警戒信号。あれ、びっくりしたよね」
「うん、そうだね。丁度シェイムリルファのニュースの通知が来たタイミングだったし、余計に驚いちゃった」
「警戒度・参かぁ。急にあのレベルが出現したら手に負えないよねぇ。だけどなんですぐに反応が消えたんだろう」
「……」
「莉々?」
「な、な、なんでだろうねぇ!?」
声が裏返り顔が赤くなる私を見て「やっぱりなんかおかしいよ」と薺ちゃんが問い詰めきたその時、校内放送が鳴り響いた。
『
黒峰莉々さんが呼び出しされてる?しかも教官室に。相当大事な事がない限り教官室に呼び出される事はないはず。それこそ昨日の私みたいに死刑宣告のような通達をされる時のような。
あ、思い出したら悲しくなってきちゃった。
「莉々、あんたなんかしたの? 教官室に呼ばれるって」
「……黒峰莉々? あ、私!?」
「ちょっと、しっかりしてよ。早く行かないと怒られちゃうよ」
「う、うん。いってくる」
どうして?二日連続で教官室に呼ばれるなんて。なんか嫌な予感しかしないけど、昨日の事に比べたら大した事はないはず、だよね。
それにしても放送で名前を呼ばれて教官室に向かうとクラスの皆からの視線が痛い。ただでさえ、クラスの落ちこぼれとして悪い意味で目立ってるのに。
視線に耐えきれず逃げるように教室を出た私は足早に教官室へと向かう。きっと今頃、教室の中では私の噂話で持ちきりなのだろう。そんな事は無いのかもしれないが、こんな性格の私は何事も悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。
一度、薺ちゃんに本気で心配され、もっとポジティブに物事を捉えた方がいいと注意された事もあった。正に今も教官室に向かう最中、頭の中はネガティブ思考で埋め尽くされている。
「失礼します! 育成クラス、番号13! 黒峰莉々入りま、す?」
勢い良く入室した教官室の中には、各訓練を受け持つ教官達が集まっており、一斉に視線を突きつけてきた。明らかに悪い予感がする。
「黒峰。お前、昨日の緊急時どこで何をしていた?」
「……昨日、ですか?」
「ここで話を終えた後、隣町に向かわなかったか?」
「はい、向かいました。途中、陸橋で警戒信号を受信し避難しました」
「避難だと? 映像から見るにお前が魔獣と交戦をし、そして撃退しているように見えるが?」
や、やばい。映像が残ってる?そうだ、なんで私はこんなに馬鹿なの?魔獣出没時はその形態、攻撃手段等を見極める為に、近くに配置してある監視ドローンが一目散に飛んで来るんだ。突然の出来事とは言えそんな事すら忘れてたなんて。
「警戒度・参の魔獣をお前が撃退している様子が映像に残っていると言っている」
ダメだ、隠し通せない。正直に言った方がまだ傷は浅くすみそうだ。もう覚悟を決めるしかない。
「わ、私が倒しました! 勝手な真似をしてしまい申し訳ございませんでした!」
勢い良く頭を下げ、恐る恐る顔を上げると教官達の反応は予想していた通りのものだった。教官達が驚くのも無理はない。
つい先日まで授業内容にすらついていけないで、常にオドオドしている万年ビリの成績の私が警戒度・参の魔獣を撃退したと言ってのけたのだ。
憧れのシェイムリルファの為とはいえ、こんな事を言ってもいいのだろうか?本当に大丈夫なのだろうか?
恐る恐る上げた顔を再び下げる。
私は昨日の夜の出来事を思い出しながら、ただ地面を見つめる事しか出来なかった。
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