隣の学校のかぐや姫

司丸らぎ

竹原二中のかぐや姫

「竹原二中のかぐや姫?」

「そう、二中にかぐや姫がいるって噂なの」


わたし、サイリは友人のナノハからそんな噂話を聞いた。

わたしとナノハは竹原一中の二年生。

教室で二人向き合って弁当を食べている。


「かぐや姫って、月から来た人間ってこと?」

「いや、普通に地球で生まれ育っていると思うわよ」

「じゃあ、なんでかぐや姫なのよ?」

「名前がカグヤなんだって」


わたしが期待していたよりシンプルだった。


「そのまんまか」

「それだけじゃないわ。その子、見た目がめっちゃ可愛いのよ」

「ふぅん」


わたしは興味が薄れていた。

ナノハの話を適当に聞き流す姿勢になっていた。


「それでね、男子にめっちゃ告白されるんだって」

「そうなの。羨ましいわね」


相槌もいい加減になっていく。


「だけどね。まだ誰とも付き合っていないのよ」

「まぁ、付き合う相手は本人に選ぶ権利があるでしょうから。そんなのは本人の自由でしょ」

「それがね、かぐや姫と付き合う条件は分かっているの」

「条件?」

「ええ。かぐや姫と付き合うにはね、彼女に知恵比べで勝てば良いのよ」

「知恵比べ?」


引き離された興味が少し戻される。


「彼女曰く、『私と付き合うのは私より頭が良い人が良い』らしいのよ」

「ほう?」

「それでね、告白してきた男子に無理難題を押し付けるのよ」

「無理難題?」

「ええ。『根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝を持って来て』とか『焼いても燃えない布を持ってきて』とか。それができたら付き合ってあげるってさ」

「かぐや姫か!!」


さては体よく断るための口実としてかぐや姫の物語を利用しているな。

最初っから付き合う気なんてないのだろう。

絶対にできない無理難題を吹っ掛けてきている。


「ある人は『龍の首の珠を持ってきて』と言われたわ。それでビー玉を持って行ったらしいの」

「それは駄目でしょ」

「そう、無言で突き返されて、それ以後一切口を聞いてもらえなくなったらしいわ」

「まぁ、そうでしょうね」


そんなもので騙そうとする人には、残念ながら当然の報いである。


「ある人は『燕の産んだ子安貝を持ってきて』と言われたわ。それで砂浜で拾った貝殻を持って行ったらしいの」

「それは駄目でしょ」

「そう、無言で突き返されて、それ以後目も合わせてもらえなくなったらしいわ」

「まぁ、そうでしょうね」

「そして着いたあだ名が 竹原二中のかぐや姫!」

「……なるほどね」


本人も明らかにかぐや姫を意識して無理難題を指定している。

そう呼ばれれるのも当然の帰結だろう。


「そして数多の男子達がかぐや姫の前で玉砕してきたわ。竹原二中の上級生、下級生。他校の男子も挑戦してきたけど破れてしまったのよ。誰一人としてかぐや姫の無理難題を突破できる男子はいなかったわ」

「知恵が足りなかったのね」

「そして、いつしか周囲の人達が思ったの。あのかぐや姫の出す無理難題を解決できる人はいないかと! 誰かあの難攻不落のかぐや姫を納得させられる人はいないかと!! 知恵比べで勝てる人はいないかと!!!」


だんだんとナノハの言葉がヒートアップしてくる。


「本人にその気が無いんだから、振ったって良いでしょ」

「そこで、サイリにお願いがあるの」


ナノハは両手を合わせてわたしにお願いする。


「わたしにお願い?」

「サイリがかぐや姫の無理難題を解決して」

「…………」

「…………」

「…………」

「わたしが?」

「そう、サイリが」

「別に、わたしはかぐや姫と付き合いたいわけではないけど?」


女同士だし。


「もう付き合うとか付き合わないとかはどうでも良いのよ。誰かがあのかぐや姫に勝つところがみたいのよ。あの鼻持ちならないお高く留まったかぐや姫様に吠え面かかせてやりたいのよ!」

「…………急に性格悪い話になったわね……」


つまり。

かぐや姫は、男子から言い寄られるのを無理難題を提示することで避けてきた。

その無理難題を誰がどのように解決するかに注目が集まってしまい、かぐや姫はますます大勢の男子から言い寄られてしまう。

そしてそんな様子を見ていた女子から反感を買っていると。

なんとかしてかぐや姫を痛い目に合わせたいと。

ナノハの話を要約するとこんな感じだった。


「サイリなら、かぐや姫の出してきた無理難題を解決できるでしょ?」

「なんでそうなるのよ?」

「だってサイリは頭が良いじゃない」

「まぁ、そうかもしれないけれど」


わたしは頭が良い。

学校のテストだって一番しかとったことがない。


「サイリって裏で何って呼ばれているか知ってる?」

「裏で?」


わたしもあだ名がついていたのか。

竹原二中のかぐや姫みたいに。


「竹原一中の清少納言」

「なんで清少納言?」

「清少納言って頭は良いけど、紫式部の悪口を書きまくるぐらい性格悪いんだって」

「わたしに対するネガキャンかよ!」



※ ※ ※ ※



後日。

そういうわけでわたしはナノハと一緒に二中の近くの公園に来ていた。


「この公園にかぐや姫がいるのね」

「そうなの。二中の友達にアポとってもらったの」


中学生にアポをとるって言い方をするのか。

まるでVIPである。


「それで、公園のどこにいるの?」

「ほら、あそこ。あそこのベンチにいるわ」


ナノハは指差す。

木製のベンチ。

そこに女の子が一人座っていた。


「あの子?」

「そうね。じゃあ、行ってらっしゃい」

「ナノハは着いて来ないの?」

「告白するのに他人が見てちゃだめでしょ」

「別に、告白しにいくわけじゃ……」

「そういう体裁なの!」


ナノハはわたしの背中を押す。

かぐや姫には、告白したい人がいるといってアポをとったらしい。

本当の目的は、かぐや姫の無理難題を解決してしまって、赤っ恥をかかすことなのだが。

…………気乗りしない。

だいたいわたしはカグヤ本人に恨みも妬みもないのだ。

なんでこんなことをさせられないといけないのだ。

いつの間にか女子代表とまで担ぎあげられてしまった。


「さっさと負けて帰ろうかしら?」

「ん? 何か言った?」

「いや、何でもない」


独り言のつもりだったが、ナノハに聞かれてしまったようだ。

わたしは溜息をついて、歩き出す。

カグヤの座っているベンチの目の前に来る。

うつむいて本を読んでいるカグヤに声をかける。


「あなたが、カグヤさんね」

「んっ?」

「えっ?」


カグヤは読んでいた本から顔を上げてわたしと目を合わす。

そのとき、わたしの身体に衝撃が走った。

漆のように深い黒髪。

一つ一つ指で摘まみあげたような目鼻。

こちらの心の奥まで見ているかのようなつぶらな瞳。

指で触っても滑ってしまいそうな白い肌。


「あなたが、サイリさん?」


耳から入って脊髄まで震わすような心地好い声が身に染みる。


「か、か、……」

「か?」

「可愛い!!!!!!!!!」


びっくりして声を荒げてしまった。

可愛い。

本当に可愛い。

このカグヤという美少女。

わたしの想定を遥かに凌駕する可愛さだった。


「は、はぁ、……どうも」


カグヤの返事は淡泊なものだった。

可愛いなんて言われ慣れているに違いない。

でも、わたしはこんなに可愛い女の子を見たことは初めてだった。

一目惚れだった。

恋に墜ちるとはこういう感覚なのだと理解した。

そして告白した。


「わたしと結婚してください!」


わたしはカグヤの目をまっすぐ見てプロポーズした。


「…………あなた、女の子、よね?」

「ええ! 見ての通りの女よ」

「女同士って結婚できるの?」

「知らないわ!」

「……知らないのに、結婚を申し込むの?」

「日本の法制度なんて興味ないわ。あなたみたいな美少女と一緒にいたい! 一緒に生活したい! そういう意識での結婚よ!」


自分でも勢いに任せて適当なことを言っている自覚はある。

けど、そんな形振り構っていられなくなるほど、目の前のカグヤが愛おしい。


「無茶苦茶なことを言うわね」

「良いじゃない! あなたはそれだけ素敵なのよ! 一目見て分かったわ。あなたは最高の美少女よ!」


わたしはカグヤの隣に腰かけた。

ベンチに並んで話を続ける。


「あなた、今日、私に告白するために呼び出したんだよね?」

「ああ、まぁ、……そうなんだけど」

「それまで、私の顔も見たことなかったの? 写真でも見たのかと思っていたわ」

「ええ、今初めて見て恋に墜ちたわ」

「それで私に告白しようと呼び出したの?」

「ああ、いえ。カグヤを呼び出したのはね…………」


カグヤは状況が呑み込めていないようだった。

わたしは事情を正直に話すことにした。

カグヤが告白してきた男子に無理難題を吹っかけて振りまくっていること。

竹原二中のかぐや姫と呼ばれていること。

そして女子から疎まれていること。

難攻不落のカグヤに赤っ恥をかかせるためにわたしが派遣されてきたこと。

わたしはカグヤの無理難題を解決する予定だったこと。

わたしは乗り気ではなかったけれど、一目惚れして予定が変わったこと。

本気でカグヤが欲しい!


「…………珍しく女の子に呼び出されたから、何かと不思議に思っていたけど、そういうことだったのね」


カグヤとしては周囲の女子に疎まれていることが初耳だったようだ。

溜息をついていた。

様になる美少女の溜息。


「……ショックだった?」


わたしは無神経だったかなと心配しつつ、機嫌をうかがってみた。


「いや、そんなことはないわ。薄々そんな気はしていたのよね。最近友達が遊んでくれなくなってきたし、会話も事務的なものばっかりになってきたし」

「事務的な会話って?」

「『誰々が告白したいらしいけど、週末空いてる?』とか」


日常的な友達との会話がそればっかりって嫌だな……


「告白してきた人に、付き合っても良いって思える人はいなかったの?」


わたしは話題を変えた。


「私ね。頭が良いの」


急に自慢された。


「そう、らしいわね」


まぁ、わたしも頭良いけどね。


「私と付き合うのは私より頭が良い人にしたいと思っているのよね」

「あっ、その条件は本当だったんだ」


てっきり誰かと付き合う気は一切ないものかと思っていた。

体裁の良い断る理由にしたいだけだと思っていたけど。

条件をクリアできたら本当に付き合っても良かったんだ。


「適当に無理難題を吹っかけたら、気の利いた答えの一つや二つ返ってくるかと思ったのに、全然駄目だったわ。今まで40人に告白されて40人とも紛い物を出してくるだけだったわ。全く面白くない」

「気の利いた答えが欲しかったんだ?」

「そうよ。無理難題なんだから解決できなくて当たり前。でもそれなりに納得感のある答えを持ってきたらよいのよ。でも誰も私の満足いく答えを出せなかったわ」

「なるほど」


わたしは理解した。


「サイリも災難だったわね。こんな茶番に付き合わされて」


カグヤはわたしに同情した。


「いえ、大したことないわ。カグヤに出会えたんだもの」

「そう……そっか」

「だから、わたし達付き合いましょう!」

「え?」


カグヤは頓狂な声を上げた。


「さぁ、無理難題を出してちょうだい、かぐや姫! あなたの満足する答えを出してあげましょう!」

「え?」

「さぁさぁ! わたしはあなたを満足させられるくらいには頭が良いわよ」

「え? だから、あなたは担ぎあげられただけで、もう私を負かす必要は無くない?」


こちらの経緯は全部話してしまった。

ナノハ含め性悪女子共の作戦は崩壊した。

だからここからはわたしの個人的な挑戦である。


「わたしを担いでいた女子はもうどうでも良いわ。わたしが個人的にカグヤと付き合いたいのよ」

「勢いで適当に結婚してほしいとか言っているわけではなかったのね……」

「わたしも知恵比べは好きなのよ! さぁ、お題を出してちょうだい! わたしが頭良いところを見せてあげるわ!!」


カグヤは数秒考えた。

そして、わたしに出題した。


「月で兎が突いたお餅が食べたいわ」

「餅?」

「ええ、お餅を持ってきてちょうだい」



あれか。

月の模様が兎に見えるという話。

かぐや姫らしいお題だ。


「了解。食べさせてあげるわ」


わたしは即断した。


「あら、早いわね」

「言ったでしょ。わたしは頭が良いのよ」


もちろん本当に月に兎がいるわけではない。

だから月で作った餅なんてあるはずがない。

何らかの代替品を考えないといけないわけだけど。

かぐや姫の納得するものでないといけない。


「明日までに持ってこれる?」


カグヤはわたしに確認をする。


「今晩が良いな」

「……そんなにすぐに用意できるの?」

「もちろんよ」


わたしは今晩の集合場所をカグヤに伝えて、準備をしに一旦帰った。




※ ※ ※ ※



その日の夜。

午後七時。

カグヤを呼んだのはお鍋屋さん。


「ここでお餅が食べられるの?」


カグヤはわたしに訊いてくる。


「そうよ。ちゃんと注文しておいたわ」


わたしはカグヤの手を引いてお店に入る。

二人で座敷に通される。

向かい合って鍋を挟む。


「これが月で兎が突いた餅?」

「そうよ」


わたしは鍋の蓋を開ける。

そこには、蟹がゆでられていた。


「…………これは、蟹よね?」

「ええ。蟹よ。美味しそうね」

「美味しそうだけど……なんでこれが餅になるのよ?」


わたしは鍋の具材を小皿に取り分ける。


「そもそもなんで月で兎が餅突きをしているんだっけ?」

「月の黒い模様がそう見えるからでしょ?」


「そうね。ただそれは中国の伝説にかなり引っ張られているわ」

「伝説?」


わたしは伝説の内容を語った。


昔、あるところに兎と狐と猿がいました。

ある日、疲れ果てて食べ物がほしい老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めました。

猿は木の実を、狐は魚をとってきました。

しかし兎は一生懸命頑張っても、何も持ってくることができません。

そこで悩んだ兎は


「私を食べてください」


と言って火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げました。

老人はその兎の行動に驚きました。

実は、その老人は3匹の行いを試そうとした帝釈天という神様でした。

帝釈天は、そんな兎を哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。



「という伝説があるのよ」

「なるほど」


カグヤは頷いてくれた。

一緒に鍋を食べ出す。


「月の模様が兎に見えるのは、こういった伝説の影響でしょうね。日本だけじゃなくて、中国でも月に兎がいるという話は通じるみたいよ」

「で、それでなんで蟹なの?」


そう。

ここからが本題である。


「月に兎がいるように見えるのは日本や中国といったアジアの話。他の国々では違うものに見えるわ」

「そうなの?」

「ええ。ガマガエルやライオン。ロバやワニ。女性の顔や本を読むおばあさんに見える国もあるわ」

「いろいろあるわね」

「そして南ヨーロッパでは、蟹に見えるそうよ」


わたしは茹でられた蟹を口にする。

美味しい。


「つまり?」

「つまり『月で兎が突いた餅』は『月の模様』。『月の模様』は『蟹』。よって『月で兎が突いた餅』は『蟹』になるわ」


かなりの詭弁ではある。

論理はきれいにつながってはいない。

つながってはいないけれど。

それなりの知識をベースにしたこじつけだ。

カグヤはこういうのが好きだと思う。


「ふふ、ふふふふ……」


案の定、カグヤは笑っていた。


「どうかしら? わたしはかぐや姫の無理難題に答えられたかしら?」

「ええ。完璧よ。こんなに面白い答えが返ってくるとは思わなかったわ。自分で頭が良いというだけのことはあるわね」

「やった!」


わたしは歓声をあげた。

カグヤに認められた。

蟹鍋を注文した甲斐があった。


「じゃあ、私達、付き合うことにしようか」

「ええ。よろしく」


その日、二人で食べた蟹はとても美味しかった。


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隣の学校のかぐや姫 司丸らぎ @Ragipoke

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