5月16日(風) ⁇ー②

 感覚で、10分ほど歩き続けただろうか。松明まであと少しといったところで、また大きな揺れに襲われ、膝をついてしまう。

 途中何度もこちらを襲った揺れに、セシリアたちの無事が気になってしまう。だが、この揺れはこの先から発せられているように思えて、原因の特定を優先した。

 それでも可能な限り速く地上に戻ろうと、足音が出ない程度に歩く速度を上げる。

 先ほど松明を発見した辺りまで来ると、その先の人の手によって広げられたような洞窟の隅から、誰かの話し声が聞こえた。

 黒霧を止め松明を消し、姿隠し《ハイディング》の魔術を新たに唱える。ただの人であれば捕らえ、鬼らしき何かがいれば引こう。そう決めて、警戒しながら近づいていく。

 私の魔術が見破られることはなく、ついには会話が聞き取れるところまで近づく。

 坑道の監視所のように簡単な机と椅子だけが用意されたそこには二人の男が座っていた。

「……雇い主サマよ。本当にここは問題ないんだろうな?さっきちょっと崩れかけてたぞ」

「俺が信じられないのなら別にいいけど、困るのはそっちじゃないの?」

「アァ……くそったれが。近くに騎士どもがいるのを忘れんなよ。今まで苦労して隠してきたんだろ」

「大丈夫だよ。奴らの陣地も学生も、大勢襲わせてるし。逃げる準備も、ほら、バッチリ」

 彼らをこの騒動の関係者であると断定し、顔を確認しようと少し身を乗り出す。

 そこには髭の悪人面の男が不安そうに足を揺らし、その対面では、帽子をかぶった、明らかに場違いな少年が機嫌よくカップを傾けていた。

 机にはいくつかの資料と湯を沸かした後。それとあれは、手のひらサイズの、魔物だろうか?奇妙な色をした蜘蛛がよちよちと壁の向こうへ資料を運んでいた。

 だとするとあの少年は森人もりびとの技術を学んだ獣使いテイマー。それも魔物の使役に成功した、才能ある人物なのだろうか。

 さらに髭面の発言。きたではなくきたというのであれば、やはりこの洞窟には何かがある。あとは、他の生徒を襲わせている点。こいつらを捕らえる理由がさらに増えた。

 そこで再び髭面が、癖なのか髭をいじりながら口を開く。

「にしたってよ、騒ぎすぎだってんだよ。もう始めたほうがいいんじゃねえか?この国の王子とパートナーも捕らえたんだろ」

 その言葉に少し驚く。まさか殿下が捕まるなんて。確かに頭が弱いが、それを上回る戦闘能力があるはずなのに。

 一つあり得るとするならば、先ほどの地揺れに巻き込まれ、落ちてきたその時を狙われたのだろうか。だとしたらなんという不運だ。

 こいつらが殿下より強いという可能性も存在するが、私に気が付いてないところを見るに、魔術においては私の方が優れていると思っていいだろう。

 少しの間考え、決断する。この男たちは速やかに鎮圧する。その後殿下の居場所やら、情報を教えてもらう吐いてもらうとしよう。

 方針が決まったなら後は動くだけ。鍛え上げてきた肉体と技は思考を介さずとも最適解を導き出す。

「風に揺蕩うの霧、黒霧ブラックミスト

 先ほど探索に使った魔術を、今度は濃い黒色で放出する。これは水の中にいるように音を吸い、密着しなければ互いの声さえ聞こえない。

「んだ、こりゃ?おい坊主!蜘蛛どもを散らせてるんじゃなかったのか!」

「なんだよこれ!おいおっさん!侵入者まだいるじゃん!」

 視覚・聴覚を共に塞がれた男たちは互いを罵り合い、むやみやたらに暴れているが、そんなものが障害になるものか。

 私の拳は暴れる手足を避けて正確に顎を打ち抜き、瞬きのうちに意識を飛ばす。いや、我ながらこの魔術便利だな。頼りすぎてる意識はあるが、拡張性抜群で使える場面が多すぎるんだよ。

 更なる敵に警戒しながら魔術を解き、倒れた者どもの顔を確認していく。髭面は徒人ただびとのおじさんに間違いなかったのだが、少年の帽子を外すと、その頭には牛のような角が生えていた。

 その悪魔のような特徴は、彼が魔人まがびとであることを示していた。

 彼らは生まれながらにしてこの世にはあり得ぬ現象魔導現象を起こし、その強力さは魔人まがびとの操る法則、魔法として恐れられていた。

 しかし彼らは他の種族との争いに負けて北部の大地に封じられ、我々を恨みながらも細々と暮らすのみだと聞いていたのだが。

 その魔人が王国の中心にいたということは、この洞窟が隠されていた理由も、先の地震の原因も、思ったより深刻であると思うべきだろう。

 ただ、この魔人の少年が私の魔術にも気づかない程度に未熟だったのは幸運だったと言えるだろう。

 とりあえずリュックにあった縄を使って、手足を縛り地面に寝かせる。特に魔人まがびとの方は指一つ、声一つとて上げられないように、警戒しながらきつく縛り上げた。

 ここまでしても成長した魔人まがびとであれば、動作なしに魔法を使ってくる場合もあるので油断できないが、この状態からならすぐに制圧できるだろう。

 そこでやっと一息つき、まだ話の通じそうなおじさんの方をの方を文字通り叩き起こす。

「おーい。死にたくなかったらさっさと起きなさーい。次はナイフでいくわよー」

「う……。クソが……テメェ」

 呻きながら男が目を覚ます。私の拳はドワーフだって沈めるのに、頬を叩いただけで起きるとは少し感心だ。

「あら。一発で目を覚ますなんてつまらないわね。爪の一つでも剝がしてみたかったのだけど」

「……おっそろしいことを、言う嬢ちゃんだ。小僧は……やられたのか。クソ、使えねえ……」

「他人を当てにする前に、自分をしっかり鍛えるべきでしたわね。では、色々聞かせていただきますわよ」

 私の言葉に、男は意外にも素直に口を開いた。

「アァ、痛い目にゃあいたくないからな。だが俺も詳しいことなんざ知らねえぞ」

「知らないことを教えろとは言いませんわ。あなたは傭兵なのでしょう?」

 そう言うと、男は静かに頷く。

 未だ寝ている魔人のことを雇い主と呼んでいたし、男は皮鎧やロングソードを身につけていて、盗賊と呼ぶには武装がまともに過ぎた。

 であれば、この男は金で雇われた傭兵であると予想するのは当然の事であった。

「その通りだよ。んで、何が知りたい。負け戦に乗る傭兵はいねえから安心しろよ」

 その男は縛られているのが嘘かのように身を起こし、逆にこちらを値踏みするような視線を向けてきた。舐められる訳にはいかないと私も相手を睨みつける。

「なら、正直に答えなさいね。間違えて殺してしまうと面倒だから」

「はいはい、全く……。そんな様子じゃお婿さんも見つからんぜ、嬢ちゃん」

 そのまま睨み合うかと思いきや、男は軽い調子で笑みを浮かべる。どうにも調子が狂うが、それがこの男の話術なのだろう。

「余計なお世話です。それに私には婚約者もいますのよ」

「そうかい。で、何が聞きたい?」

「では、あなた達が捕らえたという王子の居場所と、あなたたちが隠しているものの正体について、嘘偽りなく教えなさい」

 短剣を突きつけるまでもなく、男の口は驚くほど滑らかに動き、私が欲した情報を正確に伝えてくれた。

 不審に思ってにらみつけると、変わり身の早さは俺の長所だと笑いかけてきた。私からすれば無責任にもほどがあるが、傭兵としてはそれが普通なのだろうか。

 内容を整理すると、まず王子はこの待機所を進んだ、奥の牢屋に放置されているとのこと。一緒にいた女は別のところに連れ込んで遊ぼうとしたらしいが、男が強く抵抗したので、諦めて同じところに放り込んだと。やるではないか、バカ王子。

 まあ、もしここで私を怯えさせるために”遊んでやった”なんて口にしたなら、この傭兵には胴体と別れを告げてもらっていたが。

 地揺れの原因については、なんと驚くべきことに、この魔人は竜の使役に成功したというのだ。

 なんでも岩蜥蜴ロックリザードを無理やり進化させ、岩竜ベヒモスにしたというのだが、手段もなぜ成功したのかも全く理解できなかった。

 ともかく殿下たちの無事を確認しようと、傭兵にお願いし脅して道案内をさせる。嘘であった場合も考えて、縄は足だけ解放してやった。ついでに、未だ目を覚まさない魔人まがびとを背負わせて歩かせる。

「そんなの、王国でも成功してないわよ。一体どうやったって言うの……」

「俺にわかるわきゃないだろ。そこの小僧が他のイカレどもと色々やってたが、違う魔物のモツをぶち込んだりよ。全く理解できなかったぜ」

 魔物を人の手で改造するのは徒人の中でも実験されており、そしてあまり効果がないことが証明されていた。魔人の魔法にはそれを覆す何かがあるのだろうか。

 いや、今考えても仕方ない。それよりも対処方法を考えておいた方がいいだろう。岩竜ベヒモスだとしても無理をして作ったものであれば、付け入る隙はあるはず。

 少年の魔人にも話を聞くべきかと思い傭兵の背中へ視線を向けると、いつの間にか目を覚ましていてこちらを睨みつけていた。

 その視線を無視して傭兵との会話に戻る。

「それで、今その岩竜ベヒモスもどきはどこにいるのです?」

「ああ、この洞窟の奥で飼われてたんだが、今は、」

 と、そこでまた揺れが私たちを襲う。いや違う。これは明らかに、我々に近づいてきていた。

 腰から短剣を抜いた瞬間、壁を突き破りながら巨大な生物が現れ、大きな鳴き声をあげた。

 馬車よりも大きな楕円の胴に、側面から不格好に生えた細長い前足と飛蝗のような太い後ろ足。そこに無理やりくっつけたような蜥蜴のような尻尾と短い首をもたげ、全身を岩で飾り付けたその化け物はこちらを睨みつける。

 それは確かに竜のようにも見えるが、ところどころ他の魔物の特徴が混じっていることもあって、竜と呼ぶにはあまりにも歪で、足などはまるっきり虫のものであった。

 だがそれでも、洞窟内に響き渡る鳴き声は確かに竜のもので、壁を砕いた四肢は竜のものとも遜色ない。

 自然では災害とも呼ばれる竜。この人工の災害からどうやって生き延びるか、私は必死に頭を動かし始めた。

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