4月9日(水) 午前ー②

 入学式の後は事前に知らされていたクラス分けに従って、殿下と共に教練区画エリアの総合棟クラス教室へと向かう。

 聖女に出会ったら、まずは彼女に嫌われるか、周りに侯爵令嬢が特待生を嫌っていると認識してもらわなければ。そんなことを考えながら、殿下の取り巻く生徒たちを振り払って廊下を歩く。

 私たちが教室に付いた時には他のクラスメイトのほとんどが集まっていた。聖女も最前列の机に緊張を覗かせながら座っており、以前とは違い、耳にはイヤリングなんかも付けたりと、その努力が読み取れた。

 しかし、婚約者の前で殿下の瞳と同じ色である蒼玉サファイアを身につけるなんて、いい度胸じゃないか。

 一言言ってやろうと思い彼女へ近づいていくと、あちらも私たちに気が付いたようで、先んじて話しかけてきた。

「あっ、サミュエル様。ごきげんよう、です!」

「おお、セシリア!君もこのクラスだったか!」

「はい!……あ、えと。お付きの方も初めまして。私、セシリアと申します」

 その言葉、お辞儀の所作、随分と親し気な殿下との関係性など、癪に障るところが多くあるが、一旦平民だからという理由で自分を納得させる。

 殿下は私が気にしたそのすべてに対し、特に意見を言う様子はなく、上機嫌に腕を組んで私の商会を始めた。

「セシリア。こ奴は俺の婚約者でな。メグ、自己紹介を」

 殿下は私を好いているらしいが、こういうところを見ると、欠片もそれを感じることが出来なかった。

 もう癖のようになってしまったため息を一つ吐いて、威圧するようにセシリアを睨みつけながら歩み寄る。

 そこで私は、悪役令嬢としてのスイッチを入れた。なんせこれから彼女には、教えなければならないことが山ほどあるのだから。

「初めまして、私はマーガレット・リコリスネーロ。あなたに一つ、侯爵家の者として忠告です。このままですとあなた、すぐに学園を去ることになりますわよ」

 脅かすように声を低くしてそう言うと、セシリアは何を思ったのかキョトンとこちらを眺めている。

 その間抜けな表情は何なのかと、私がセシリアを問いただすより早く、眉間にしわを寄せた殿下からツッコミが飛んできた。

「メグ。それはどういうことだ?平民であることを言っているのであれば、身分による罰則などないはずだ」

「それくらい存じております。だとしても、王族の前に立つための最低限の礼儀というものがございます。それすらできないようであれば、今後が不安だというのです」

 的外れなツッコミを入れてきた殿下へ振り返り、納得してもらえるよう言葉を選んで伝えたのだが、彼は納得のいかないといった様子で鼻を鳴らしていた。よく今まで暗黙のあれやこれやを理解しないままこれたものだ。いやもちろん、私が婚約者として恥をかかないよう手を回してきたのではあるが。

 呆れながらセシリアの方へ向きなおると、こっちはこっちであわあわと手を動かして慌てている。ただ、怯えている様子がないのはなぜなのだろうか。睨みが足りなかったのか?

 その様子が気にはなるが、今やるべきは彼女の不出来を指摘することだと気を持ち直す。

「セシリアさん。お辞儀はこのようにするのです。あれだと出来の悪い人形劇にしか見えませんわ」

 手本を見せながらそう告げると、すぐにまた嬉々とした表情に変わる。もしや彼女は私が教育係だと知っているのだろうか?だとすれば、怯えていないのにも納得がいった。

「ありがとうございます、マーガレット様!こう、ですかね?」

 セシリアがぎこちないながら、それでも先ほどよりもマシなお辞儀をする。まだまだといったレベルだが、すぐに修正できるところを見ると、学習能力はあるようであった。

「……不格好ですが、いいでしょう。ですがまだ、赤点ではなくなったというだけですからね」

「もちろんです! 教えていただき、ありがとうございます!」

 輝かんばかりの笑顔と感謝の念を向けられて、もし私が男だったならコロリと落ちていたかもしれない。

 だがそんな様子を見せれば、私の悪役令嬢としての仮面がはがれてしまうのでそっぽを向いて誤魔化す。

「ふん。こういったことを教えてくれる方はいらっしゃらなかったの?特待生に指名されたのなら、そういった教育も受けるはずよ」

「それが、王都に来たのも2か月前くらいでして。先生たちも必死に教えてくれたんですが、私の出来が悪くって……」

 今度はしゅんとして落ち込んで、そんな小動物のような仕草に可愛いと思ってしまう自分にこそ怒りが湧いてきた。

 組んだ腕の裏で二の腕を強く握り締めて気を保ちながら、悪役であると思われるように気を付けながら口を開く。

「時間は言い訳にはなりません。出来が悪いことを自覚しているなら、より一層努力なさい」

「はい!ありがとうございます」

 変わらずニコニコと感謝を告げてくるセシリアに、少し不安になってしまう。悪役令嬢にしては優しすぎのだろうか?ただまあ、後ろのバカは不機嫌そうだし、今はこのレベルでよいだろう。

「そろそろ先生がいらっしゃるわ。早く席に着きましょう」

 殿下の腕を取って、早足で聖女から離れた後ろの方の席を陣取る。だがセシリアは、何故だか私たちの後をついてきて、そのまま私の隣に座った。

 どういう考えなのか読み取れず困惑するばかりではあったが、ちょうど先生が姿を見せたので、席を立つのも不自然だろうと席を立つことは出来なかった。

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