4月13日(月)ー①
セシリアの秘密を知って数日後。その日の朝はバタバタと騒がしいものとなった。
何の前触れもなく殿下本人が女子寮付近まで迎えに来たのだ。慌てて支度を整えて部屋を出て、だがみっともないところは見せないように取り繕って彼の隣を歩く。
そうして殿下が剣術の講義が行われる
「迎えをよこすか、連絡くらいしてくれればいいのに……」
呟きながら、私も魔術の講義の行われる
魔術の事であれば
昨日場所を確認しておいた魔術棟の教室に入ると、最前列にセシリアの姿も見えた。向こうもこちらに気が付きパッと目を輝かせていたが、昨日の約束を思い出したのかすぐに無表情に戻る。健気に約束を守る可愛らしい姿を見て、私はクスリと笑みがこぼれてしまった。
ただ不思議なことに、ほかの受講者は彼女から離れた席を埋めていて、私は嫌々ながらセシリアの隣に腰を下ろすしかなかった。
悪役令嬢的に正解の行動とは言えないが、仕方ないことだと納得して、私は筆記用具を机の上に並べていった。
始まったのは現代魔術の授業。眠くなる内容に耐えながら低く響く男性教師の声を書き取っていく。
「では改めて、我々貴族のみが使用できる魔術というものは――――――」
我々が現在使用している魔術は、人類種の一つである魔人や動物の突然変異である魔物が起こす非自然的・魔導的な現象、「魔法」を、
古の時代は呪文なども確立されておらず、魔術を使うたびに生贄を必要としていたり、常日頃猟奇的な文化で過ごすことによって魔術の難度を下げていたそうだ。
そんな非効率的なものから、安定・効率化に成功したのがこの聖王国の初代国王とその協力者たちで、乱立していた徒人の小国家群を一つに纏めたのだからその有用性は頷ける。
魔術についてはその後も研究・改良が続けられていて、現代までに様々な発見があった。
その一つが魂の色という分類方法。個人でこの世界に具現化させりことのできる魔術は、魂の色で決まっているというものであった。
魂の色は専用の魔道具か神官の祈祷によって判別される。人類種であれば赤・青・緑が基本とされており、それぞれ火・水・風を操るとされている。
そのうえで攻撃・防御・支援などの系統に分けられ、魔術師が名乗るときはこれを頭に付け、攻撃魔術師などと名乗ることが多い。
もちろんこれは単なる基本でしかなく、毒を操る紫や土を操る黄色、同じ黄色でも雷を操る場合もあった。
さらに稀なもので、赤と青など2色以上を持った「混じり」も存在し、最も適切な分類方法については現在も研究が進められている。
そして私は、その基本から外れる「黒」が魂の色となっている。護衛として攻撃手段は大事だというのに、そのせいで随分と苦労したものだ。
とある文献には重さを操るとも記されていたが、私にはそんな形のないものをどう想像すればいいかわからなかった。
もしこれが完全な黒ではなく赤黒かったりすれば、私も「混じり」として火が使えたかもしれないが、実際そうではなかったため、己の生まれを恨んだこともある。
ただまあそこは、実家が戦闘魔術の名家だったり、サミュエル殿下も似たような「白」とかいう色だったので、皆で協力してなんとか乗り越えることができた。強化魔術が得意なのもその影響だ。
私が殿下に好かれているのはこの頃のことが原因かもしれないが、今や思い出したくない黒歴史なので自ら記憶の片隅に封印してある。
その他、自己強化は自分の内に作用するものなので色は関係ないし、生活魔術も平民だろうと使えるよう調整・設計されたものなので、こちらも色は関係ない。
と、ここまで説明をした教師が、ちらりと意味深な視線をこちら、いや、私の隣で必死にノートを取っているセシリアに向ける。
更には周囲から、何やら不穏な呟きが聞こえてきた。
「どこかの家に入学させてもらった妾の子風情が分かるはずないわ」
「だな。学長に認められたとしても、俺たちが見逃すかよ」
そこでふと、この先生と呟いた生徒たちが親戚であったことを思い出した。明らかに嫌がらせだし、これは隣に座った意味があったかな。
あとで学長に報告しようと、心のメモに彼らの名前を書き取りながら、先生の次の言動に集中する。
その教師は私の視線に気づくことはなく、ニタリと奇妙な笑みを浮かべ、セシリアを指名し質問を投げた。
「では特待生のセシリアくん。今説明したのは現代魔術についてだが、そもそも魔術というものは誰が生み出したのか知っているかな?この程度、学園に在籍するものであれば答えられて当然だがね」
「……え、あ、はい!」
突然のことに驚いているセシリアの様子にその男はまた笑みを深め、私は溜息を吐いた。
教師として褒められたことではないが、セシリアが知識不足なのは間違いない。
それにこの学園に入った以上、彼女は貴族と同等の者として扱われる。貴族であるならば、油断している方が悪いと言われて当然の場面であった。
だが私は、その言い訳を弱者をいたぶるために使うのは違うと考える。
私はセシリアを助けるためにノートの切れ端を破り、答えを一文字書き上げて、その紙をセシリアへ差し出す。
それを見たセシリアは、私のことを欠片も疑わずにメモをそのまま読み上げた。
「えっと、神、様でしょうか?」
「なっ」
その答えに教師が間抜けな顔で驚く。
セシリアはそれに気づかないまま、私のメモの続きを読み上げていった。
「教会では、天地創造の際に神が使ったのが魔術の祖とされていて、それを人の身に授けてくださったとありましたので、その質問だと、神が魔術を生み出した、になると思います……」
誰も彼女を助けないと思ったのだろうが、私が助けると考えられなかったのが教師の油断で、貴族として彼に反論できる余地はない。
「っ!確かにその説もあるね。そもそもどの説も、しっかりとしたソースを用意できていない。どういう訳か魔人が作ったという説もあるし、他にも―――」
ここで難癖をつけてこないあたり学問に対しては真摯で、親戚からの告げ口で、不真面目な生徒を懲らしめろとでも言われただけなのだろうと想像できた。
もしこれが平民が許せない、というところまでいっているならもっと喚き散らしてくるだろうし。
「あの、ありがとうございます」
小声でそう話しかけてくるセシリアには目を合わせずに、気にするなという風に手だけを振って、教師が拳を握りしめて悔しがっている姿を眺める。
単純に私がこういうことを許せないってだけなんだから、何も気にせずにいるといいさ。
元々殿下の護衛なんて立場、感謝されなくて当然のものだし、あの男の近くに居れば否が応でも正義について考えさせられる。それに振り回されてお家の取り潰しにまで関わったこともあるんだから、この程度は本当に赤子の手をひねるようなものだ。
その後何度も先生や嫌味な生徒がかいたずらを仕掛けてくるものの、その度に私が助け、授業はセシリアが笑顔のまま終わった。
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