第109話 浄化の魔法
回復魔法の魔石を砕いてリアムの傷を癒やしながら、エルディアは神殿の中へと向かう。中では神殿に残った神官達と、魔術師団の魔術師達が既に負傷者の治療を始めていた。
フェイルがアーヴァインに状況を伝えている様だ。育ての親だけあって、二人が話をしている姿は親しげに見える。フェイルがエルディアに気付くと、アーヴァインも手をあげてエルディアを呼んだ。
「エルディア!」
「アーヴァイン様、リアムが毒に!」
「わかっている。その辺に寝かせろ」
アーヴァインの指示に従い、蒼白のリアムをゆっくりと床に横たえる。すぐにアーヴァインが寄って来て、リアムの容体を確認し始めた。
服をナイフで切り、上着を脱がせる。鍛えられた背中と、黒く変色した傷口が露わになった。まだ血が流れ続ける傷口を見て、横に座るエルディアに尋ねる。
「治癒魔法はかけたのか?」
「魔石を二つ使いました」
「ふむ…………」
覗き込むエルディアの背後に、白いローブの人物が現れた。
「アーヴァイン」
振り返るエルディアの前に、見知らぬ男が立っていた。
金糸の縫取りのある長衣の上に、腰まで真っ直ぐな淡い金の髪が流れている。女性の様に優美な整った顔に、青いオパール色の瞳が印象的だ。白いローブを着ているところを見ると神官なのだろう。人間離れした美貌と身に纏う清廉な空気が、神か精霊を思わせる。
「あちらの方の治療が終わりました。こちらの彼を先に治療させて下さい。他の方より彼の方が体内の毒が深い」
「ああ、頼みます」
立ち上がって交代する。
リアムのかたわらに膝をついた男は唇に指を当てて、聞き覚えのない言語の呪文を唱えた。するとシュルシュルと小さな音をたてて、右手の指先に青い光が巻き付く様に灯る。
彼はその指先でリアムの傷口にそっと触れた。
「!」
キラキラと輝く光の粉が傷に吸い込まれてゆき、代わりに黒い霧が糸の様に傷口から立ちのぼる。金髪の男は左手をその霧にかざし、更に歌う様に呪文を唱えた。その霧もまた、生み出された青い光に吸い込まれて消える。
「これで毒は浄化されました。後は傷を治療するだけです」
男はアーヴァインを振り返り、彼も頷いてリアムの背中に手を当て治癒魔法を使う。みるみる肉が盛り上がり、傷口がふさがってゆく。
完全に治癒した事を確認してアーヴァインは立ち上がった。
「もう溶けてくる事はあるまいが、体力は相当削られているはずだ。休ませておけ」
「はい」
まだぐったりとしているリアムの頭の下に、くるくると巻いた服を入れて枕にする。側にいた魔術師から布を貰ってリアムの肩に掛けてやった。
「大丈夫?」
「…………なんとか生きてる。身体痺れて動かねえけど」
「良かった。リアムが死んじゃったらどうしようかと思った」
安心した途端、ホロリと一筋涙が流れた。
それを見てリアムがギョッとして半身を起こす。
「お、おい、泣くなよ」
「泣いてない。ちょっと気が緩んだだけ」
「……そんなに俺が死ぬのが怖かった?」
「当たり前でしょ。大事な友達なんだから」
その返答にリアムは再びどさっと仰向けに倒れた。
「残念」
「何が?」
「何でもない……ちょっと期待しちまった」
「?」
なんとなく拗ねた様子のリアムに首を傾げながらも、治療の魔術師達に彼を任せてアーヴァインのもとへ行く。
「アーヴァイン様、先程のあの方は一体どなたですか?」
「アルファーディ。イスターラヤーナ王国の神官長だ」
イスターラヤーナ王国は西の大島ワルファラーンにある国だ。ワルファラーンは精霊達が棲むという土地。大陸とは異なり、魔力ではなく精霊との対話で魔法を操ると言われている。彼が唱えていた呪文は精霊の言葉といわれるルーンなのだろう。
「昔、医術を学びに行った教会で、たまたまエディーサを訪れていた彼に会ったのだ。しばらく船で渡ってあちらの王宮で世話になっていた」
「初耳です」
「言ってなかったからな」
「彼国で何をしていたのです?」
「ワルファラーンは精霊が守護する土地だ。彼の地の魔法と大陸の魔術の違いの研究をしていた。医術に関しては治癒魔法が発達していないぶん、ワルファラーンの方が進んでいたのでついでに学んでいた」
「ふーん」
この師匠の経歴を辿れば、今の彼の頭脳がどうやってつくられたのかがわかるかもしれない。天才と呼ばれるのは、ただの天賦の才能だけではないのだろう。
「イスターラヤーナはビスラの隣国だ。もしや魔物の毒に対処する方法を知っているかと思って連絡してみたら、ビスラ王国が魔物を召喚した時、彼もビスラの王に協力して魔物を払ったという。水の精霊の魔法なら毒に侵された人間の治療が出来ると言うので来てもらった。彼は私の師匠だからな。弟子のたっての願いは断れぬ」
「ちょっと待って。アーヴァイン様の師匠って、あの人アーヴァイン様より若く見えますよ」
「馬鹿を言うな。私がいたいけな子供だった頃、あいつは既にあの姿だった。もう四十はとうに過ぎているはずだぞ」
「嘘」
「もともと化け物みたいな奴だからな」
「化け物?」
「水の精霊を操る神官のくせに、水火風地全ての魔法を使う。普通は従えられる精霊はどれか一つだ。彼は四精霊の血をひいているらしい。半分は人間じゃない」
「アーヴァイン、私の悪口を言っていませんか?」
優美なテノールの声が聞こえて、アルファーディがこちらへ歩いて来ていた。
「毒に侵された方々の解毒が一通り終わりました。今は神獣達が魔物を抑えているので、これ以上の被害は出ないでしょう」
そう言ってエルディアの前まで来ると、優雅な微笑みを浮かべその手をとった。
「先程は挨拶もなく失礼しました。貴女がこの鬼畜魔術師の弟子の姫ですね。私はイスターラヤーナの神官長アルファーディと申します」
「おい!アルファ」
「恩ある師匠の陰口を叩く可愛くない弟子なぞほっといて、私はこの子を守りましょう」
眉を吊り上げるアーヴァインを無視して、アルファーディはその青いオパールの瞳でエルディアを覗き込む。そして、微笑みを消して伝えた。
「神々の血をひく姫、終焉の神が神殿に入り込みました」
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