第4話 試合

「試合を行う。呼ばれた者は前に出よ」


 見習い騎士達は広場の両サイドに整列した。中央には試合用に囲みの線が引かれている。



「首から上は狙うな。練習試合だ。どちらかの剣が当たった時点で終了だ。剣を落としたり、降参した場合も終了とする」



 皮の小手と胴当て、脛当てが持ってこられる。刃は潰してあるとはいえ、当たると相当に痛いだろう。

 


「リアムとディミトリス」


「はい!」

「はっ!」



 養成学校二年目の体格のしっかりした二人が呼ばれる。

 訓練中よくできる者に目星をつけていたようだ。

 平民出身者と貴族出身者の対戦にしたのはなんらかの意図があってか。



「始め!」



 剣を構えて向き合った二人は開始の合図と同時に互いに斬り込んだ。

 刃と刃がぶつかり火花をあげる。

 リアムの振るう剣はよく体重が乗っていて重そうだ。

 それを優雅な体捌きでディミトリスがかわし、鋭い突きを突き込む。

 リアムは素早く体勢を戻して突いた剣を跳ね上げた。


 二合、三合と斬り合う毎に火花が上がり、周囲の観客から声援が上がる。

 二人の実力は拮抗しているようで、鋭い攻撃は体に届く事なく、互いに跳ね返し反撃すること数十合。


 最終的に勝者となったのはディミトリスの方だった。

 無駄のない体捌きが疲労を抑え、徐々に息の上がるリアムの剣を跳ね上げ、主人の手を離れた剣が放物線を描いて落ちた。


ワッと歓声があがる。



「勝者、ディミトリス!」



 二人は固く握手をして離れ、ライネルに促されると、並んでヴィンセントとリュシエラ王女に一礼した。

 王女はキラキラした目で二人に労いの言葉をかける。



「騎士にも劣らぬ素晴らしい試合を見せて頂きました。よくやりましたね、ディミトリス。リアムも負けたとはいえ素晴らしかったですよ。二人ともこれからも励んで下さい」

 


 ディミトリスは落ち着いた様子で勿体ない、と頭をたれ、リアムは真っ赤になってそれに倣った。



 ライネルは次の対戦に、今年入った二人の名前を挙げる。



「ウィードとエルフェルム」

 

「はい!」

 


 二人の声が重なった。

 

 ウィードと呼ばれた少年は見習い騎士達の中でも長身で、体格もがっちりとよく筋肉がついている。

 それに対してエルフェルムは身長こそウィードより高いが、全体的にほっそりとして頼りない。

 二人が並ぶと一層その体格差が目立った。

 

(大丈夫だろうか)

 

 ロイゼルドは隣の王女をチラリと伺う。

 戦場では相手を選べないので誰も文句を言う者はいないが、王女の目にはあまりにエルフェルムに不利な試合だと映らないか。

 

 だが、そんな心配を他所に、王女は一層キラキラと期待を込めて二人を見ていた。

 


「始め!」

 


 試合開始の合図で二人は睨み合う。

 片手に剣を持ったエルフェルムは、剣先をウィードに向けてぴたりとつけている。

 ウィードは斬り込む隙を探しているようで、剣を構えてじっと見つめている。

 そのまま二人とも動かない。


 どうしたものだと周囲がざわざわし始めたが、ロイゼルドはウィードの剣先が僅かに震え始めたことに気がついた。

 

 エルフェルムは相変わらず動かない。

 人形のような整った顔には、なんの表情も浮かべていない。

 ただ剣で相手を静かに威圧している。

 

(これは………)

 

 ウィードは騎士見習いとはいえ、きっとかなりの腕を持っている。

 そうロイゼルドは悟った。

 相手の殺気と構えから強さが測れるくらいに。

 エルフェルムに隙が無いのだ。

 そして、動けば殺される、そんな殺気に飲まれている。

 

(どうして?)

 

 エルフェルムは王女の小姓だったはず。

 父である将軍に訓練されているだろうが、実戦経験は無いはずだ。

 なのにどうしてここまでの自信と殺気に満ちているのか。

 


「エルの勝ちかしらね」

 


 小さく呟く声が聞こえた。

 王女はつまらなさそうに溜息をついていた。

 


「あの子、結構強いのね。エルのことがわかるみたい。でも、剣は苦手な方なんだからやってみれば良いのに」

 

「殿下、失礼ですがエルには実戦の経験が?」

 


 ロイゼルドの質問に、さも当然と言った様子で頷く。

 


「わたくし、自慢ではありませんが、昔から暗殺・誘拐色々危険な目に遭いやすいんですの。ここ数年は騎士がいない時のわたくしの護衛が、エルの主な仕事ですわ」

 


 ちなみに血がかからず殺せるダガー(諸刃の短剣)投げが得意よ、と軽く言う。

 

 唖然とするロイゼルドを後目に、王女は愉しげな声をあげる。

 


「やっと動くわ」

 


 広場に向き直ると、覚悟を決めたウィードが沈黙を破り斬りかかったところだった。

ワッと歓声があがる。

 

 ガキン!

 

 ウィードの振り下ろす剣を、エルフェルムは下から斜めに斬り上げて止める。

 そのまま剣が滑るままにかわして、上から袈裟掛けに斬りつけた。

 大きく後ろへ飛んでウィードがかわす。

 間髪を置かず続けてエルフェルムの剣がウィードの腹部を狙って突き込まれる。

 それをウィードは身体を捩って避けざまに、その剣を横から弾くようにして止めた。

 そしてウィードの剣先が突き込まれた剣の上を這うようにして、エルフェルムの腕へ伸びる。

 今度はエルフェルムが後ろへ飛んで間合いをとった。

 

 少年達とは思えぬ一瞬の剣技に場内がどよめく。

 

 表情を変えず涼しげに立つエルフェルムと、肩で息をしているウィードと、数秒見合ったのち再び重い金属音と火花が散った。

 

 二人が同時に斬り込み打ち合った次の瞬間、

 

 キィン

 

 甲高い金属音がして、ウィードの剣が折れた。その折れた切先がエルフェルムに向かって飛ぶ。

 

 ザクッ

 

 エルフェルムの防具のない二の腕を傷つけて飛んでいった。

 


「止め!」

 


 ライネルの声に二人は離れて一礼し、ウィードが慌ててエルフェルムの腕の具合を確かめようと駆け寄る。

 エルフェルムは心配いらない、と首を振った。

 


「大丈夫、刃が無いから大したことない」

 


 ライネルも傷口を確かめてホッとした顔を見せた。

 


「剣が折れた為、引き分けとする!」

 


 そう声を張り上げたが、エルフェルムがライネルを制した。

 


「ウィードの剣が僕に当たったので、ウィードの勝ちです。僕は避けねばならなかった」

 


 実戦では当たり前のこと。そう言い切るエルフェルムの頭をクシャっと撫でて、ライネルは声を張り上げた。

 


「勝者、ウィード!」

 


 ワッと歓声があがり取り囲んだ見習い騎士達が、口々に二人を褒め称えた。

 


「皆待て待て、挨拶が先だ」

 


 ライネルが二人を王女の前まで連れてくる。

 礼をとる二人に王女は微笑む。

 


「とても見応えのある試合でした。また見せていただきたいですわ」

 

「エル、すぐ腕の手当てをしてこい。ロイ、連れて行け」

 


 ヴィンセントがエルフェルムを医務室に連れて行くよう指示すると、王女がちょっとお待ちになって、と制止した。

 


「わたくしも付き添います。ちょうど良いのでアーヴァイン様のところで治療してもらいましょう」

 

 

 

 近衛騎士を引き連れて、王女とロイゼルドとエルフェルムは王宮魔術師の研究所へ向かった。

 


「エル、傷はどんな感じだ?」

 


 肩から肘までのちょうど真ん中あたりの服が破れて、かなり血が滲んでいる。

 


「本当にかすり傷です。刃がついていたら腕が危なかったでしょうけど」

 


 痛いはずだがエルフェルムはなんでも無いことのように平然としている。

 我慢しているのかもしれないが、基本的に無表情なのでよくわからない。

 


「痛く無いのか?」

 

「え?痛いと言えば痛いですけど……」

  


 こういうわかりにくい者は側に置いていて困る。

 特に戦場では状態が把握しにくい。

 東方へ出立するまでになんとかしないと。

 


「見せてみろ」

 


 細い左腕をとり傷口を確認しようと見るが、破れた袖が血で張り付いてきている。

 


「ちょっと破るぞ。我慢しろ」

 


 そう告げて腰からナイフを取り出すと、破れたところからビッと袖を破り取る。

 

 鈍い刃に付けられた傷口は、皮と肉が少し抉り取られたようになっていた。

 骨には異常はなさそうだが、まだ血は止まっていない。

 これは縫わねばならないかも。

 


「アーヴァイン様なら跡形もなく治してくださいますわよ」

 


 あの偏屈魔術師の気が向けば、と毒づいたのが聞かれてしまったようだ。

 王女がウフフと面白そうに笑う。

 


「アーヴァイン様はエルを大層気に入っていらっしゃるので大丈夫ですわ。まあ、研究材料としてですけど」

 

「僕は苦手です」

 


 エルフェルムが初めて心底嫌そうな声を返した。



「あの人、魔術の師匠としては一流ですが、イタズラで僕を驚かせたりワザと怒らせたりするから大変なんです」



 そんなふざけた人物には見えなかったが………

 ロイゼルドは唖然としたが、エルフェルムはよっぽど嫌なのか、いつも無表情の顔に渋面を浮かべている。

 

(しかし、この傷が跡形も無く治るとは、確かに一流だ)


 ロイゼルドは掴んでいた腕を離そうとして、傷のもう少し上の方にあるものに気がついた。

 服に隠された肩のすぐ下のあたりに、炎の様に赤い紋様がぐるりと腕を一周している。

 植物を模した幾何学模様の様な形で、幅は五センチ程ある。

 そして、それを半分覆う様にして白金のシンプルな腕輪がはめられていた。

 

(刺青いれずみ?)

 

 旅の傭兵ならともかく、貴族の子息が刺青を入れることはまず無い。

 だが、あざにしてははっきりと模様になっている。


 どうしてこんなものを入れたのか疑問に思ったが、エルフェルムについては散々驚かされたので、今更刺青くらい何でもない気がして聞くのをやめた。

 そのうち聞くこともあるだろう。

 

 なんだかとんでもない子供を従騎士にしてしまった、と今更ながらにロイゼルドは嘆息した。

 

 

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