第3話 王女

 ロイゼルドとヴィンセントが騎士団の訓練場としている広場に着くと、黒竜騎士団の数名が五十人程の見習いの騎士達を並ばせていた。


 騎士になるには二つの方法がある。


 一つはエルフェルムのように、既に騎士である主の従騎士となり数年間ついて学ぶ方法である。

 ほぼ確実に騎士になれるが、これは上位貴族出身で伝手つてがないと難しい。


 もう一つは王宮の騎士養成学校に入学する方法がある。

 これは貴族も平民も、各地の教会が営む学校から推薦を受けた者が試験を受けて入ることができる。

 そこで三年程訓練を受けて、更に試験を受けた後に各騎士団に振り分けられる。

 ロイゼルドもこの養成学校出身だ。



「ヴィンセント団長、ロイゼルド副団長、揃いました!」



 赤毛の騎士が報告する。



「ライネル、今日は剣の訓練だったな」


「はい、団長」



 ライネルと呼ばれた赤毛の騎士が本日の教官だ。


 エディーサの剣は片手で扱うのが基本の細身の作りをしている。

 斬ることもできるが、突き技が多い形を基本としているので、諸刃でしのぎが高くりがない。

 騎士の中には両手剣が得意な者や双刀が得意な者など色々いるが、見習いには基本の形が教えられる。

 ライネルは黒竜騎士団の中で最も美しい形の剣を振るう。



「全員剣を抜け!」



 ライネルの号令に十人ずつ組となって広場に広がり、それぞれ二人の騎士が付いて形を教える。

 ヴィンセントとロイゼルドは、少し高くなった場所からその全体を眺めていた。



「新しい顔はどのくらいいる?」



 毎年入ってくるのは二十人足らず。今年もそのくらいと聞いている。

 そのうち従騎士をしているのはエルフェルムを入れて三人。どれもまだ十代前半の年若い者ばかりだ。


 ロイゼルドはエルフェルムを目で探す。銀糸の頭は遠目にもすぐに見つけられた。

 同年代の若者の中でもスラリと背が高い。

 だが、やはり騎士見習い達の中に混じると、腕も脚も身体もかなり細い。


 剣は細身とはいえ厚みのある作りをしており、訓練用の剣は刃を潰しているだけで重さはそこそこある。

 ライネルはひたすら振らしているので、力の少ない者はそろそろきつくなってきているのではないだろうか。

 そう思って見てみたが、エルフェルムは常に表情が変わらないのでわかりにくい。



「十七、いえエルを入れて十八人ですね。皆さすがに剣を使い慣れているようです」



 各地から推薦を受けて来ているだけあって、粗削りな所もあるが剣を振る手に迷いがない。

 特に従騎士達はその動きに無駄がなく美しい。エルフェルムも細い割にしっかり力はあるようだった。

 あの将軍の子供だ。かなり仕込まれている。ロイゼルドの心配は全く杞憂だったようだ。


 なんとなくほっとしたところで急に背後がざわざわしはじめた。

 ヴィンセントと二人、後ろを振り返ってロイゼルドは慌ててライネルを呼ぶ。



「ライネル!集合だ!」

 

「全員、やめ!」



 散っていた騎士と見習い達はサッと集まり、膝をつき首を垂れて礼を取る。


 二人の近衛騎士を連れてゆったりと現れたのは、王国の華と呼ばれるリュシエラ王女だった。

 どうやら騎士達が制止するのを押し切って、強引にやってきた様子である。


 ヴィンセントとロイゼルドの視線に、背後の騎士達は困った表情で返してきた。

 そんな様子に気付いているのかどうか、王女は二人の前までやって来てにこやかな笑顔を見せた。



「お邪魔してしまったわ。止めてしまってごめんなさい、続けてくださいな。少し皆様の様子を見たかったの」



 咲き誇る薔薇のような優雅な微笑みに魅了され、赤面する者や呆然となる者をちらほら片目で見ながら、ヴィンセントが儀礼的な微笑みを返す。



「殿下に御覧いただける程にはまだ仕上がっておりません。まだまだ未熟な訓練生ばかりですので」


「まあ、謙遜しなくても良くてよ。将来有望な方々がどのように腕を磨いていらっしゃるのか、わたくしにも見せて下さい」


「殿下………」



 背後の近衛騎士達が王女に去るように耳打ちしているが、眉をひそめて首を横に振っている。

 ヴィンセントは仕方ないと言った様子で、ライネルに訓練を再開するよう指示を出した。

 ロイゼルドは近衛騎士に椅子を持ってくるように頼む。

 再び練習を始めた見習い騎士達を眺めながら、ヴィンセントは小声で王女に話しかけた。



「殿下、エルを見にきたのでは?」



 王女はその水色の瞳に剣呑な光を浮かべ、文句があるのかと言った風に小首を傾げてヴィンセントを見やる。



「あら、大事な従兄弟ですもの」



 当たり前でしょ、と返す。

 かなり気安いやりとりだが、王女は結構気さくな性格をしているようだ。

 ヴィンセントは以前金獅子騎士団にいた時、しばしば王女の護衛をしていたからこそでもある。

 王女もヴィンセントの裏表のない性格を気に入っているようだった。


 王女はエルフェルムを溺愛しているというが、この様子では相当のようだ。

 婚約者がいないというのも、まさかエルフェルムのせいか?ロイゼルドは嘆息した。

 いくら本人が望んだとはいえ、ロイゼルドは王女からエルフェルムを奪った形になる。

 この美しくも怖そうな王女の怨みを買うのはご遠慮したい。



「ロイゼルド様」



 鈴の転がるような麗しい声に呼ばれて、ロイゼルドは冷や汗を垂らす。



「は、なんでしょうか、殿下」


「エルはどう?貴方の役にたっているかしら?」



 なんとも答えにくい質問をしてくる。きっとわざとだろう。



「彼は非常に有能ですので助かっています」


「そう……」



 王女は少し悲しそうに溜息をついた。



「仕方ないわね。黒竜騎士団に入る為に王宮に入ったのですもの。わたくしには止められませんわ。ロイゼルド様、エルをよろしく頼みます。それと、一度王宮の魔術師団の部屋に寄るように伝えてくれませんこと?アーヴァイン様がエルに用事があると言っていますの」



 王宮には魔術師団が存在する。その団長がアーヴァインだ。


 神々が姿を消して以来、世界から魔力のほとんどが失われたが、多少はまだ残っている。

 非常に数は少ないのだが時折、魔力を持った子供が生まれ、魔法を使えるようになる。

 当然、使いこなすには訓練が必要なので、魔力を持つものは騎士と同じように教会から推薦されて魔術師団に入る。

 魔術師は研究所で魔法の他にも薬や治療方法を研究しており、王宮魔術師団は医師団も兼ねている。

 希望すれば医術を学ぶ為に、魔力を持たない者でも研究所に入ることが可能だ。


 しかし、昔から魔術研究所にはいわゆるサイコパス的な変人が多く、アーヴァインはその筆頭である。

 度々研究所の壁を何かの実験で吹き飛ばし、騎士団が救助に駆り出された事もあるほどだ。

 瓦礫から救出した魔術師に治療魔法を施し、すぐ治るから良いだろうと冷酷な顔付きで曰ったアーヴァインは、ロイゼルドが苦手な人物の一人と言える。

 いや、治ると言っても怪我すれば痛いから。潰れた脚を瞬時に治せるのは貴方ぐらいだから。

 あまりお近づきにはなりたくない性格をしている人物である。


 そのアーヴァインがエルフェルムと繋がりがあるとは知らなかった。

 長い黒髪にいつも黒の魔術師用マントを羽織った彼の、暗いグレーの瞳を思い出す。

 誰に対しても尊大な態度で、非常に頭が回るせいか、常に全てを見透かしているかのように見える。

 普通に仲良くできるような気がしない。いや、彼の部下達は皆とても優しい治療師達なのだが。


 ロイゼルドの思った事が顔に出ていたのだろう、王女がふふふ、と苦笑した。



「貴方もアーヴァイン様が苦手?」


「いえ、そういうわけでは………」


「心配いらないわ。エルも魔力持ちなの」


「え?」


「エルが使いたがらない、というかあんまりコントロール出来ないから、アーヴァイン様が手助けしてますの。彼は研究対象にはとても優しいのよ」



 魔力持ちとは聞いていない。

 それも団長であるアーヴァインが自ら手を掛けるとは、かなりの才能があるということだろう。

 なんだか段々とエルフェルムのスキルの高さに眩暈がしてきた。

 自分が教えることがあるのか?いや、剣術は辛うじて教えられるかもしれないが。



「エルを一人で養成学校に入れるわけにはいけないし、陛下も叔父様も困っていましたの。ロイゼルド様が引き受けて下さって助かりました」



 陛下?何故陛下が出てくるのか引っ掛かった。

 聞き返そうとした時、ライネルがやってきて膝をついた。



「少し試合をさせてみようと思います。御覧になられますか?」



 リュシエラ王女は華のほころぶような笑顔を見せて頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る